端にも居場所は無い
周りはうっそうと生い茂る木々に囲まれ、日の光がほとんど差し込まないためか、とてもジメジメしていた。足場は木の根が飛び出ていたり、ぬかるんでいたりする所が多々あり、安定しているとは言い難い。
そんな場所を布1枚で、とても場違いな格好をした華奢な男が走っていた。
男は、髪の毛はボサボサで所々白髪が混ざっていて、布に隠しきれていない腕や足、脇腹には痣や切り傷、特に腕には注射の跡が目立っていた。しかし顔は綺麗で、中性的な顔立ちの美男子だった。
彼は何かから追われているのか、必死に走り続けている。
「やっと、外に、出れたんだ。こんな、チャンス、二度とない。逃げる、助かる」
自分に言い聞かせながら、力を振り絞る。息は絶え絶え、足場が安定していないせいで、思うように足が前に進まない。足には容赦なく、乳酸が重しとなって溜まっていく。
一刻も早く、ここから離れなければいけないのに、という焦りが精神的にも追い詰める。たった1度の幸運なのに、たった1度のチャンスなのに、このままでは、振り出しに戻ってしまう。
そういった考えが、心の乱れとして現れ、歩調の乱れとしても現れたのか、木の根につまづきその場に倒れてしまう。
まだ、追いつかれていない。まだ、間に合う。まだ、希望はあるはず。まだ、まだ、まだ、まだ、へいき。
しかし彼の体は限界を迎えていた。立ち上がることが精一杯で、走ることなど到底出来なかった。右足を引きずり、木に手をかけながらも1歩づつ、歩みを進めていった。
助かるんだ。自由になるために。歩みを止めるな。たすかる たすかるさ これまでをおもえば なんでも でき
突如、後頭部に鈍痛。意識が遠のいていく。
ああ たすかるとおもったのに だめだったんだね
意識が途切れる瞬間そう思い、倒れた。
たった1度の幸運で人生は変わらない。たった1度の不運で人生は変わらない。やがて、収束する。人生に運が関わることがあるとすれば、それは命が宿る瞬間、その時だけなのだろう。