9話
『休養中わるいね』
我孫子からの電話を取ると、一言目がそれだった。
「まさかとは思うが」
『おっと、予想ごっこはやめようじゃないか八神君。僕が今からいう場所に来てくれ』
場所を告げると我孫子はそれで通話を切ってしまう。幸い告げられた場所は徒歩で十分もかからない近場だが、もし予想が当たっていればそれはそれで困る。
急ぎ足に指定された場所へと向かう。徒歩でも十分掛からないとはいえ、その時間すらも惜しい俺は、自転車を全速力でこいだ。
「やっときたか、私は待ちくたびれたぞ」
「ぼ、ボス?」
いつぞやのように仁王立ちでボスは俺を待っていた。
しかし、街中、それもコンビにも前ではあまりにこの人目立ちすぎる。短髪で黒髪で巨乳、ちょっとよくわからないですね。
しかし幸いなことにやたらと人が少ない。というかここに来るまでに一人も見ていない。良かった、こんな目立つ人と一緒は正直遠慮願いたいからな。
「ボスが俺に用ですか?」
「まあ、そうだな。そんなところだ」
とっとと刀抜きやがれ腰抜け、と直々に言われる日が来たと言うことだろうか。
「調子はどうだ」
「平常運行です」
「そうか、良かった」
ここで会話は途絶えた。
とても何かを話し出さないといけない雰囲気ではあるのだが、しかし切り出していく話題が思い当たらない。いきなり本題は? なんて聞くのは正直やりたくない。もし、タケミカヅチ返せとか言われたら俺が力を失うことと直結している。そうなると俺はゴーストに対する復讐のチャンスを失うということだ。
「はぁ、私は人と話すのが苦手でな。今だけは我孫子が羨ましいよ」
息苦しい空気を吐き出すような、大きなため息を零すとボスはそう言った。
しかしそれで少し肩の力が抜けたのか、自然な笑顔でボスは近くにあった公園を指差す。つまりは移動しようということだろう。
俺も真似るように言葉を出さず頷くと、二人して無言のまま公園のベンチへと移った。
「少年、君はまだ若い。極々普通の少年に――少なくとも私にはそう見える」
腕組みをして、青々とした清々しい空をボスは見上げている。
「そんな君がどうやってタケミカヅチを手にしたのかは分からないが、きっと君が手にするなりの、意味があったんだろう」
意味、確かゆずもそんなことを言っていた。いや、ゆずは理由と言っていたっけな――戦う理由があったほうがいい。そう言っていたはずだ。当回しに死ぬ理由はあるか? とも聞かれたと思う。
「繰り返しになるが、君はまだ若い。多少のやんちゃはやっておくべきだと思うんだ。そこで君に話がある」
「話、ですか」
ボスは小さく頷いた。
嫌な予感がしなかったと言えば大嘘になるだろう。ボスがニヤリと口角を上げている表情は、大して関わりのない俺にだってなにか危険なものを感じさせるには十分だ。
「大型ゴーストが現れると、釣られるようにしてゴーストが発生しやすくなる。ゴーストはゴーストを呼ぶというわけだ」
初めて聞く情報だが、しかし十年前突如現れたゴーストが連鎖的に各地で次々と発生していったことを考えるとあながち嘘とは思えない。
「つい一時間前、丁度この公園付近で大型ゴーストの物と思われる信号が確認された」
「一時間前!?」
そんなに早くゴーストの出現に時間が掛かっただろうか? 昔ニュースで聞いた話じゃ十分前が限界で、場合によっちゃ気付けないこともあると聞いた記憶がある。
「まあ、落ち着け。大型だと小一時間ほど出現との間に時間があるんだ」
小一時間ほど、つまりそろそろ来るという事じゃないか?
焦って辺りを見回すが、ゴーストらしき影も、人間の姿も確認できない。
「もう一般人は退避させた」
「いや、俺そんな警告聞いてないですよ」
「当たり前だ。お前の家にはニセのテレビ映像、ラジオ音源を流した上で電話もこちらの決めた人間からしか入らないようにしたし、お前からは誰にも電話をかけられないようにしてある。それにお前の携帯にも緊急速報を入れないようにしていたからな」
ボスの話を聞き流しながら俺は携帯電話を取り出し、適当な場所――すぐに掛けられる警察――へと電話を掛けた。
何度やっても相手には繋がらない。
「うっそだろ」
やはりこの組織は尋常ではない。それだけのことをさらっと出来てしまうとは……。日本の権力図に変化を及ばせているんじゃないかとさえ思えてくる。いや、実際に多少は歪めているのだろう。日本に限らずゴースト被害を受けている全地域で。
「俺に何をさせる気ですか?」
さきほどから立ったままの俺に視線の高さを合わせるためか、ボスも立ち上がり、そして威厳有る口調と、絶対的な強さで、しかしなおニヤリと笑ったまま、ボスは言う。
「死んで来い」
と。
それだけ言うとボスは公園の奥へと消えていった。
俺はボスの背中をただただ唖然としながら眺めているしかなかった。
死んで来い? ふざけてるな、こりゃ。
「くっ……」
背後に嫌な気配を感じる。
俺は抜けないタケミカヅチを瞬間的に出現させ、手にすると、鞘から抜くことなく構え、振り向いた。
「……お前かよ」
巨大ナメクジ、その一言に尽きる。
刀を握る手につい力が入ってしまう。
十年間一度だって忘れることのなかったその姿をこうして実際に目にすると、ただの雑魚でないことがよく分かる。
軽自動車ほどもある体躯もそうだが、普段なら重力に負けて地べたを這いつくばって進んで見えるその動きも、今はありとあらゆるものをなぎ倒し押しつぶし進む化物だ。
ドンッ!
久々に聞く銃声に思わず体が緊張してしまう。しかし俺の緊張はすぐに驚愕へと変貌を遂げた。
「止められた……」
弾丸はゴーストの体に五センチほどめり込み、小さなくぼみを生み出したのだが、ゆっくりとではあるがそのくぼみが元に戻ろうとしているのが見えた。
「突っ立たない!」
唖然とその現象を眺めていた俺をゆずは叱咤した。
その声に我を取り戻した俺は咄嗟に飛び退き、いつの間にかやってきていた二人と並ぶ。
「ふふん、腕がなるねぇ」
「ゆず、あいつは強い気を抜くな」
「分かってるって」
間に俺を挟み言葉を交わした二人は、駆け出し巨体へと駆けた。
遥の発射する弾丸は、軒並み弾かれていく。目と思しき場所に当たれば多少ひるむような素振りを見せてはいるが、しかしすぐに体勢を立て直す。
ゆずの振り回すトンファーも肉厚な体にはダメージを与えることが出来ずにいるようで、ゴーストは時折ゆずに鬱陶しそうに体を揺らしゆずを弾き返している。
攻撃手段を潰す、食う、の二種類しかないであろうナメクジに二人がやられるとは想像しがたいが、その逆で二人の攻撃でこのナメクジを殺すことも出来ないように思える。
二人が巨大ナメクジを相手している中俺は一人思う。
良く似ている。琴音を殺したゴーストそっくりだ。しかし、似て非なるものであることは間違いなさそうだった。まずサイズが違うし、何よりも、俺の恨むゴーストは俺ではない、どこか別にいるゴーストハンターによって消されている。少なくとも、そう聞いている。
だからだろうか? こして平穏な精神が維持できているのは。
「キャ」
ゆずが可愛らしく上げた声にはっとする。
「ちょっと、何これキモい!」
ゆずの体には、恐らくナメクジの体の一部と思われる白く粘着質なものが張り付いていた。それが糊かなにかのように、ゆずと地面をくっ付けている。
ゆずは必死に体をよじりながら抜け出そうとしているが、その粘着質な物質は頑なにゆずを逃すことを拒んでいるようだ。
「ゆ、ゆず!」
遥が叫びゆずへと駆け寄ろうと一歩、踏み込んだとき、
「遥、焦るな!」
ゴーストの口からゆずを拘束しているのと同じものが、スイカ玉ほどの弾丸として吐き出され、それは遥目掛け一直線に猛スピードで飛んでいった。着弾まで僅か一秒足らず。遥が銃を構えるのよりも僅かに早かった。
「くっそ、おい! ボーっとしてないで増援を呼んで来い!」
しかし遥は即座に俺に叫んだ。
遥は現状最も全員の生存率が高いであろう選択をした。しかし、それはどうしたって二人が死んでしまうのではないだろうか?
「何をしている! 早くしろ!」
「死ぬなよ!」
俺は言い二人に背を向ける。
俺の携帯は変なことになっていて使えない。近くに人はいない。小銭を持ってないから公衆電話もダメ。どこかの店で電話でも借りるか?
俺はすぐ近くのコンビニへと走る。
というわけで、9話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。