8話
今回は遥視点です。
ゆずは生まれたときからそうだった。
ボクらは同じ病院で、同じ日に生まれて、同じマンションに住んでいた。どこに行くのも一緒で、何をするのも一緒で。いつだってボクはゆずの後ろを付いて回っていた。ゆずはそんなボクに嫌な顔一つせず、いつも一緒にいてくれた。けれど、ある日ボクが変わろうと誓う出来事が起こる。
それはまだゴーストが現れる前、まだボクがわたしと自分を呼んでいた頃。
学校でもクラスの中心で、誰にも優しくてよく笑って、人にとても好かれているゆずの後ろをいつもくっついているボクを快く思わなかった人たちがいた。そんな人たちが、そんな小学生が思いたことといえばボクをいじめること。
初めのうちは物がなくなったりする程度だった。だからゆずにも最近はドジっ娘さんだね、と言われる程度だった。けれど、次第にエスカレートしていって、気が付いたころにはランドセルに落書きをされ、靴に画鋲を仕込まれ、そろそろごまかしが利かなくなってきていた。けれどボクはゆずにだけは口を割らなかった。もし言ってしまえばボクを快く思わない人たちがどうなるか知っていたから。
ある日、学校に朝早くに行ったら教室の中で三人の女の子が気を失って発見された、という噂を耳にした。
ボクはすぐに犯人がゆずだと気付いた。犯人、と言ってもゆずからしてみれば警察が悪人を捕まえるのと同じ感覚で、悪人をこの世から消そうとしていただけなのだ。
ボクはすぐに会議室に走っていった。
案の定、そこではゆずと、ゆずのお母さんと、担任の先生と、校長先生と、それから被害者の親が集まっていた。
大人たちはみんなそれぞれの表情でボクを見たのを覚えている。その中一人だけゆずが平常運行の笑顔だったことも。
ボクはすぐにゆずが大人に怒られているのを理解した。頬が赤く腫れていたのは叩かれたのだろう。そしてゆずがボクに向かって口パクで『大丈夫』と言ったことから、きっとボクがいじめられていたのを黙っていてくれたことも理解できた。
いつもゆずの背中に隠れてきたボクが、今日もまたゆずの背中に隠れてしまいそうになったとき、ボクはふと思った。
――ヒーローは弱い人を守ってくれる。
――けどヒーローは誰が守ってくれるんだろう?
――いつも誰かを助けようと思っているゆずちゃんを、だれが助けてくれるんだろう?
そのとき、ボクの中で何かが崩れ落ちていく音が聞こえた。
「ゆずは悪くない。悪いのは何もせずにいたボクだ」
「おーい、遥? どうしたの」
手を後ろで組み、上目遣いにゆずはボクの顔を覗き込んだ。
「いや、なんでもない」
「別に謝るくらいわたしだって出来るんだよ?」
「これくらいボクにやらせてくれ」
あいつは何も言わなかったが、たまにゆずの善意をボロクソに言う人たちがいる。もちろん、ゆずはやりすぎな面もある。実際にそれで人を殺したことまであるんだから、それを否定はしない。しかし、そこにあるのは結局のところ誰かを守ろうとする善意で、その善意を最低限認めることもせずに罵詈雑言を浴びせることはさせたくない、だからせめてそれを聞くのは僕だけでいいとこうしてボクが謝りに回っている。
こんな事でゆずを守れるとはとても思えないが、少しでもナイトとして役割を果たせていることを信じたい。
「ねぇねぇ、こんばんは昨日の肉じゃがの残りをカレーにしたやつでいい?」
「何でもいい」
「何でもいいは困っちゃうな」
言葉とは裏腹に笑顔でゆずは言っている。
「あんまり辛くないやつならそれでいい」
「遥は子供舌だもんねー、可愛い可愛い」
「……激辛だって食べれるに決まってるだろ」
「あらま、無理しちゃって」
「無理じゃない」
「無理しちゃって」
というわけで、8話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。