4話
学校サボれる特権付きのはずだったが、こうして学校に来てしまうのは習慣だからだろうか。退屈な授業を聞き流しながらぼんやりと校庭を眺める。
今の時間は一年生が体育をしているようだ。秋とはいえ、暑い日が続く中走り回らなきゃ生らないというのは、なかなかの苦行だろう。これから俺は体育の時間のたびに特権を使って休んでやろうか。
『八神冥利今すぐ会議室に来い。三分で来い、こなかったら殺す』
突然流れた放送に、クラスの全員が、教師を含めた全員が口を大きく開けて唖然としている。恐らくクラスに限らず学校全体の人間が同じようにしているのだろう。
『し、失礼しましたぁー』
先ほどとは別の声が聞こえ、すぐに放送は終わった。
「……おい、八神。なんだいまのは?」
「さ、さぁ?」
曖昧な返事をしながら俺は席を立つと、あくまで平静を装い教室を出る。会議室までは近いので、ゆっくり歩いても殺される心配はないが、無意識のうちに早足で向かっていく。
何であいつらがこの学校にいる? 何しにきた? というかなんで知ってるんだよ。情報源はどこだ。考えるまでもなく我孫子な気がするけど、まあそれは今日帰りに寄って聞き出せばいい。
ノックする必要性を一瞬考えたが、必要は無いだろうと判断し、勢いに任せて扉を開いた。
「遅刻しないとはいい心がけだ」
壁に背中を預け、腕時計に目を落とす少年風の少女は、遥で間違いなかった。
「ごめんねーいきなりあんな呼び出しかけちゃって」
口では謝りながら、実際は俺が始めて我孫子にあったときと同じ、パイプ椅子の背もたれに顎を預けるという謝罪をする気が微塵も感じ取れない姿のゆずだ。
「何の用ですか」
「まあまあ、怒らないでよ。今日は一日わたし達に付き合ってもらいたくて」
「付き合う?」
「くれば分かる」
「じゃあ、いこっか」
「いや、まだ授業が残ってるし」
「大丈夫校長から許可は取ってるよ」
笑顔で親指を立て言うゆずだが、一体何をすれば堅物で有名な校長から許可を取れるのだろうか。俺は暴力行為がなかったことを切実に祈るしかあるまい。
「じゃあ行くよ」
ゆずは俺と遥の手を取り、部屋を飛び出した。
連れて行かれた場所は都市部から少し離れた山だった。山としては小さいが、それでも頂上からならば都市部を一望するには十分といえるだろう。
「ここに何があるんだよ」
小学校以来と思われる山登りに普段使われない筋肉が早くも悲鳴を上げだしていた。
「あれだ」
そう言って俺とゆずを先導していた遥が指差したのは、慰霊碑のようなもの――というか慰霊碑そのものだろう。しかし、慰霊碑ならばあるであろう碑文がなく、そこにはただ名前が刻まれているだけ。中には最近彫られたようなものまである。
「そこに彫られてる名前は全部ゴーストハンターだった人たちだよ」
だった、ということはやはりもうこの世にはいない人たちなのだろう。
「それね、全部ボスが彫ってるんだよ」
ゆずが俺の正面に回りこみ、遥とゆず二人は横並びになった。
「ボスってあのボス?」
「ほかにどのボスがいるんだ」
相変わらずきつい言い方だが、そろそろ慣れてきている。いやいや、人間の適応力とは凄いもんだ。
何が面白いのか、ゆずは優しく微笑んだままの表情で、
「これはお墓なんだって。お墓って言ってもここに骨が埋まってるわけじゃないんだけど、何かのために戦ってた人たちが、自分達の守ったものとかを見ながら眠って欲しいからここに建てたんだってさ」
確かにこの山なら色々な場所が見渡せる。
「ゴーストにやられたら残るのは零石くらいなものだからな。骨なんて埋めようがない」
遥の言葉に苦笑いを浮かべる俺とゆず。
しかしゆずはすぐに真面目な顔になると、強い意思のようなものを感じる言葉で言う。
「わたし達も、君もいつかはここに名前が刻まれると思う」
心なしか遥も厳しい顔つき(普段以上に)をしている。
「それでも構わないと思える理由がある?」
三人共一言も口にしないままに時間は過ぎていく。
自分の目的のために死ねるか? そんな問いに対してすぐに答えを出せる人間が世の中にどれだけいるだろうか。そう多くはないだろう。それも高校生に的を絞れば、馬鹿じゃないの? なんていう人がほとんどだろう。むしろそう答えるのが普通だとさえ思える。
俺はどうなのだろう。死ねるのだろうか? いざというときに、笑って死んでやると言えるだけの理由をもっているのだろうか?
「まあ、今すぐに答えなくたって良いし、わたし達に言わなくたって良いけど、戦う理由はあるべきだと、わたしは思うよ」
重くなった空気はそう簡単に変わったりはしない。
「なんかごめんね、重くなっちゃったかな? 次は先輩のにも――」
「お前は、お前たち二人は、どんな理由があるんだ?」
果たしてせっかく空気を変えようとしていたゆずの言葉を遮ってまで聞くことだったのだろうか。口にしてしまった後で何を考えようと既に後の祭りもいいところなのだが、それを言い出せば答えが返ってくるまで俺の発言が良い物である可能性も消えるわけではない。
「ボクがお前に教えると思ったか? あとお前って言うな、ボクには名前がある」
少しやわらかくなったようにも感じる無表情で遥は言った。
「君が教えてくれなきゃ教えないよーだ」
ぐっ、と鼻先が触れそうなほどにゆずは身を乗り出してあっかんべーをした。女子特有の良い匂いに胸が激しく揺さぶられるが、すぐに別のものにとって変わられる。
いつの間にか取り出していた携帯を耳に当てる遥の表情に俺は少しばかり気を引き締めた。
「ゴーストが来る。すぐ近くだ、行くぞ」
三人で顔を見合わせ同じタイミングで頷くと、登ってきた道を転ばない限界の速度で走りぬけていく。
行った先に居たのは、四体の人型ゴーストだった。
ゆずはやつらを見るや否や、
「ちぇ、またこいつらかー。もう飽きちゃったよ」
と口にした。
しかし、そんなことを口にしていながらもすぐに両手にトンファーを出現させた。
「二人ともそこで待ってて、ちゃちゃっとやってくるから」
笑顔で、それこそちょっとコンビニ行ってくるくらいの気楽さで、ゆずは言い駆け出す。
そうは言われたものの、男達が後ろで見てるだけというのは気分がいい物ではないのは考えるまでもなかった。俺はゆずに続こうと右足を踏み込み、一気に加速。そして追いつこうと思ったのだが、しかし突然目の前に手が出された。
「余計なことはするな」
「いや、でもだな」
「ゆずに任せておけばいい」
冷たい表情で遥は言う。
もし言うことを聞かなければ軽く殺されそうなくらいの威圧感を放つ遥の言葉をむげにするわけにもいかず、おとなしく俺はゆずを見守ることにする。
ゆずはと言えば、トンファーという見慣れない武器を両手に持ち、軽く跳躍していた。
空中で回転を加えながら両手に構えたトンファーを、ゆずは空中から繰り出す。ゆずの真下にいたゴーストの頭を直撃し、一瞬のうちに零石へとゴーストを変え、着地。勢いそのままにゆずは次々とゴーストを殴り倒していく。
全滅まで僅か三秒。
「いやぁ、肩慣らしにもならないね」
笑顔で言うゆずに、俺は狂気のようなものを感じずにはいられなかった。
一週間ほどが経過し、ゴーストを屠ることに慣れてきていた――というのも変ではあるが、やはり人間は適応する生き物らしく、最初ほど嫌な緊張をしなくなっていた――そんな今日。
「いくよ」
いつものようにゆずの一言で三者三様に武器を構えた。
大型犬ほどのサイズの獣型ゴーストの集団から、一体が弾丸のような速度で駆けてくる。
「ふぅ」
俺は短く息を吐き、出現させたタケミカヅチに手を掛ける。一気に鞘から抜き、まずはその一斬で一体屠る――
「あれ?」
目の前で両断されるはずだったゴーストが未だ両断される様子がない。
タケミカヅチが、鞘から抜けない?
「ちょ、早く刀抜きなよ!」
「お前、ふざけてるのか?」
二人の少し焦ったような声が、これが現実であることを強く意識させる。
柄に手を添える。
手に力を込める。
鞘から滑らせるようにして刀身を抜く。
抜く。
抜く。
抜く。
「くっそ、抜けろっ!」
俺の意思に反し、ピクリとも動くことはない。そんな気配すら見せてはくれない。元からそうであったとでも言うつもりなのだろうか。全て俺の妄想に過ぎなかったと、そう言うつもりなのか?
なぁ、答えてくれよ、タケミカヅチ――
目の前のゴーストが、ゆずのトンファーによって消し炭にされた。
というわけで、4話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。