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3話



 もう、三日俺は放置されている。もちろん、飯は出されるし、我孫子は頻繁にサボりにやって来ているが、ここから出れるとか、そんな話は一切聞いていない。

 かつかつかつ、一定のリズムで足音が近づいてきた。

「おめでとう、一旦ここから出れるよ」

 我孫子だ。

 我孫子は今までと違い、牢を開け、一つ一つ俺の身体に巻きついている鎖を乱雑に外していく。

 俺は一旦という言葉に不安を感じながらも、一時の自由に少しほっとしていた。

「早速で悪いけど、付いてきてもらおうか」

「は、はい」

 牢から出ると十メートルほど道が左右に続いていて、他にもいくつか牢があるようだった。他の牢に人がいる気配はない。

「いやー、君が始めてだよこの牢に入ったの。よかったね、一番乗りだ」

「全然嬉しくない一番乗りですね」

「一番に変わりはないんだ。喜びな。きっと大工さんも喜んでるよ」

「こんな部屋を作らされた大工が可哀想で仕方ないです」

「張り切って作ってたんじゃないかな? 滅多に作ることないだろうし」

「滅多に作らなくても別に嬉しいものじゃないでしょ、牢屋なんて」

「うーん、どうだろう?」

 牢屋が続く道を突き当りまで進むと、エレベーターが設置されていた。

「このエレベーターから降りたら、あくまで僕が君を別の部屋まで運んでいる体でよろしくね」

「仕事している体を装うんですね」

「僕のことが分かってきたみたいだね」

 我孫子は嬉しそうに笑いながらエレベーターに乗り込み、『11F』と書かれたボタンを押した。どうや俺は今から最上階に向かうらしい。

 エレベーターは途中で止まることなく、一気に俺たちを十一階まで運んだ。

 エレベーターの動きが停止すると、我孫子は手錠を俺の手首に当て言った。

「僕が君を移送する、的な雰囲気出るでしょ」

 へらへら笑いを浮かべたまま俺は手錠によって自由を奪われる。

 エレベーターがゆっくりと扉を開く。

「ボス、連れてきましたよ」

「我孫子、お前は本当に首を落として欲しいのか?」

「やだなー、ボスもう十年の付き合いの友人を殺すんですか?」

 エレベーターの前で仁王立ちをした女性がいた。ショートヘアー、ではなく短髪と言うほうが正しいと思われる短い髪は黒髪で、鋭い視線と相まって男のように見える。しかし、体つきが男のそれではない。巨、という文字をつけざるを得ないだろう。

「手錠をして仕事してる振りしたって全部カメラに映ってるんだ」

「ボス、盗撮ですか? 趣味が悪いなー」

 ボス、と呼ばれる女性は我孫子に握りこぶしを一発プレゼントすると、今までの呆れ顔と打って変わって空気をも引き締めるような厳しい顔で心の底からの言葉と思われる言葉を発した。

「君がここで始めてあったこの男を基準に世の大人を見ないでくれることを願っている」

「もちろんです」

「えー、二人とも僕に冷たくない? 僕はちゃんとした大人だよ」

 目の前で未だに仁王立ちのままの女性は我孫子の存在を忘れているとしか思えない完全なスルーを決め込み、閉まりかけたエレベーターの扉に足を挟み、少し厳しさの緩んだ表情で、

「場所を移してもいいかな」

「構いませんよ」

 そう言うと一人先に歩き出してしまう。

「八神君、うちのボスは若干何かが足りていないけど気にしないであげてくれ、あれで凄い人なんだ」

「我孫子、言い忘れてたがお前ここの社員じゃなくて明日からアルバイトとして働けよ」

「ちょ、ボス。そりゃ酷いっすよ」

 我孫子は大分焦った様子でボスの下へと駆け寄っていった。俺もこんなところに置いていかれるわけには行かないので、二人の後を控えめに追っていく。



 連れてこられたのは、小さな休憩スペースだった。

「すまない、今日はどこの部屋もいっぱいでな」

 机がいくつか並んでいて、端には観葉植物と自販機が設置されている。ガラス戸で仕切られているが、喫煙所もあるようだ。

「ボス、僕はこの部屋でよかったですよ。やっぱり慣れ――いや、ほんと、部屋くらいようできたでしょ。ボスはそれなりに偉いんだから」

 我孫子は青ざめた顔で手振り身振りで前半分の言葉を打ち消そうと必死だが、しかしそんな簡単に人の記憶が塗り替えられるとは思えない。

「我孫子、お前がここでさっぼってるのはもう分かってる。隠さなくてもいい」

「ねぇ八神君、どう思う? ボス性格悪くない?」

「おい、我孫子お前いい度胸してるな」

 ボスは、首や手の指をこきこきと鳴らし我孫子を威嚇する。

 この人たちは本当に何がしたいのだろうか。俺をここに連れてきてしたかったことは、日常のやり取りと思われるこの風景を俺に見せ付けることではないだろうに。

「こほん、ボス。本題を」

「ん、そうだな」

 ボスは一度目を瞑り、深く息を吸った。

「八神冥利君。君はタケミカヅチ、君が手にした刀をどうした?」

「武器として使って、その後は……」

「私が聞いた話だと、君が気を失うのと共に消えたと聞いている」

「消えた? そんな馬鹿な――」

 馬鹿なことと言い切れるだろうか? 俺が手にしたときも突然現れている。というとはその逆が起こっていても不思議はないんじゃないか。だとするとどこにあの刀、タケミカヅチは消えたんだ?

「私たちが厳重に管理していたはずのタケミカヅチは突然消えた。そして君の元に現れている。それからの行方が分かっていないんだ」

「俺が隠し持っているとでも?」

 円形のテーブルに正三角形を描くようにして座っている俺たちの中で、黙っていた一人があくまで補佐をするような形で発言する。

「ボスは、君が隠し持っている、っていいたわけじゃないんだ。ただ、君ならタケミカヅチをまた……なんていうのかな、呼べるって言うか、召喚? うーん、まあ、とにかく君ならまた同じことが出来るんじゃないかって思っているんだよ」

 ボスは静かに首を縦に振った。

「そんなこと言われても」

「もちろん、出来なくたって構わない。そのときは我々が責任を持って君を家まで送り届けよう」

「軽い気持ちでやってくれないかな?」

「出来なくても許してくださいよ」

「ああ、構わない」

 しぶしぶながら俺は立ち上がり、入り口と二人に背を向けるような形になりながら目を瞑り意識を集中させていく。

 真っ黒な刃を持った刀。

 俺に語りかけてきた刀。

 タケミカヅチという名前を持った刀。

 お前は今どこにいる?

 直後、全身が痺れるような途方もない威圧感が俺を襲った。

「我孫子、間違いないな」

「ええ、ボス。こいつは本物だ」

 震え声の二人の言葉に俺は閉じていた目を開く。

 一振りの刀が手を伸ばせば届く距離に浮いていた。

 外見はいわゆる日本刀。子供のいたずら書きにでも出てきそうなくらいにありきたりなフォルムをしている。しかし、今は見えない刃は黒いなんて言葉じゃ押さえが利かないほどに真っ黒で、見た者の意識を吸い込んでしまいそうにも思えるほどに黒かったはずだ。

 思わず俺の手はタケミカヅチの柄へと伸びてゆく、指先が僅かに触れようとしたとき、

 ドンッ!

 体の芯にまで響く低音が響いた。

「動くな」

 聞き覚えのある凛とした涼やかな声が低音と共に響いた。

「遥、よすんだ」

「な、なんだぁ、遥君か。びっくりさせないでくれよ、僕の心臓止まるかと思ったよ」

 二人の言葉に返事はない。しかし、足音が徐々に近づいてくるのが分かった。

「遥! 急に発砲しないでよ! びっくりするでしょ」

「ボクは悪くない。そこの男が武器を取ろうとしたのがいけない」

「ボス、その人って例の?」

 背後で行なわれている会話についていくことが出来ないまま、俺は言われた通りに動かずにいた。というより体が硬直して動けずにいた。

「ああ、今日からお前たちの後輩だ」

「ボクらだけで十分足りてる」

「遥君、素直じゃないなぁ」

「殺すよ?」

 涼やかな声ではなく、冷ややかな声が我孫子を襲った。そしてその流れ弾は俺の動きをより抑制する。

「ご、ごめん」

「ボス、後輩は嬉しいけど、いきなりここで大丈夫なの?」

「私のほうで手を回しておくから問題ない」

「そんなやつをここに置くぐらいなら人手不足の地方に送るべき」

「遥君の言うことも分かるけどね、そういう意味じゃここにいる下級の誰か五人を地方に送って、彼をここに置けばそれだけで地方に人が回り、東京の戦力は増強される。経験を積めばもう十人地方に送っても平気さ」

 なにやら俺は期待されている半面、毛嫌いされているようだ。というかそもそも戦力うんぬんって何の話だろうか。一先ず内輪もめは一旦止めてもらって俺に現在の状況説明を頼みたいんだけど。そしてそれと同時に俺もそろそろ片腕を伸ばしたままでいるのに疲れたから、腕を動かしたいんだけど。

「あ、あのー」

 ゆっくりと首を後ろに回して四人の姿を捉える。

「動くな。ボクに殺されたいのか?」

 三度目の『動くな』を発したのは、黒い髪を肩の辺りまで伸ばした男子だった。男、と呼ぶにはいささか美系過ぎてためらわれてしまう。それこそ女装が良く似合いそうな中世的な顔立ちだ。しかし、その瞳は冷ややかに俺を睨みつけている。

「遥、もうやめなよ。別に危険人物って感じじゃないよ? むしろ今のままじゃ遥が危険人物だよ」

 同じ学校のものと思われる制服(女子用)を着たもう一人の女子は、猫かなにかのように大きな瞳が目を引く。さらに栗毛色の鮮やかな長髪が俺の中で猫のイメージを強めた。

「そうそう、ゆずちゃんの言う通りだよ。遥君、そろそろやめようよ、指が滑ったら八神君死んじゃうから」

「安心しろ、ボクは指を滑らせたりしない」

 そう言って僕っ娘遥が俺に向ける拳銃――確かあの銃はガバメントと言ったはずだ――も闇そのみたいな色をしている。恐らくあれも零石を使って作られているんだろう。

「もし滑っても大した影響はない」

「遥、命令だ。直ちに武器を下ろせ」

 ボスが今までになく威厳ある声色で遥に命じた。

 遥は、今までの頑固さが嘘のように黙って拳銃をジャケットの下に隠れていたホルスターにしまう。

「はぁ、まったく」

 心底疲れきった表情でボスはため息を零した。その他二人もやれやれと言いたげな表情である。

 もしやここではこんなことが日常なんじゃなかろうな?

「さて、やっと本題だ。八神冥利。今日から君はゴーストハンターとして働いてもらう」

「残念だけど拒否権はないから。まあ、学校サボれる特権付きだし頑張ってよ」

「今日からわたしの後輩、だね。わたしは四之宮ゆず、よろしく」

「ふん、変なことしたら殺す」

というわけで、3話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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