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20話

 どうやらまたやってきたらしい。それも今回は俺の意思など問わず、問答無用で、それも一瞬のうちに。これによってますますここが現実でないことが確定的な情報となったわけだが。しかし、

「突然なんだ」

「もうっ! こっちの台詞だよ。突然危ないとは思わないの?」

 頬を膨らませ子供っぽく琴音は怒る。

「いや、なにがだよ」

「タケミカヅチ。みんながそう呼んでる物のことだよ。期待してるとは言ったけど、そういう回答方法はブーだからね!」

 俺の中に生まれつつある一つの回答を見えないところへと押しやり、あくまで何も理解できていない。そんな俺で琴音に接する。

「言っている意味が分からないんだが」

「えっ……いやー、なんでもないよ。うん、全然、ぜーんぜんなんでもないからね」

 そっぽ向いて音の出ない口笛を吹く姿は、何でもあると言っているとほぼ同じ意味を持っていると考えても問題ないだろう。

「なあ、ちゃんと話してくれ」

「ちゃんと?」

 本当にいいの、と言いたげだが、一向に構わない。むしろ早く話してもらいたいくらいだ。

「ああ、ちゃんと」

 しっかりとした言葉で俺は琴音に返した。

 琴音は悩むような素振りを見せ、それから悪戯っぽく笑ってみせる。

「びっくりしちゃうかもよ?」

「俺は今驚きたい気分だから問題ないぞ」

 それは本当にちょっとした悪戯のつもりだったのだろう。くすくすと笑ってから琴音は静かに語りだす。

「ここは心が生み出した世界。わたしが、みょーくんが、そしていろんな人のかけら達が生み出した世界。その中でわたしは、いろんな人の感情と記憶に触れてこうして自分を創り上げていった」

 バレリーナがやるように、琴音はくるりと一回転した。ふわりと浮かぶ長い黒髪とワンピースが微かな風を俺に送ってくる。

「他の人たちじゃなくて、わたしだったのはみょーくんが助けてって言ったのを聞いたのがわたしだったからだと思う。そうやってわたしは生まれた」

 ここはどこなのか、未だその疑問に対する回答は得られていない。しかし、徐々に俺の空想が膨らんでいく。もしかしたらここは、タケミカヅチの素材になった零石たちが生み出した世界なのではないか、という空想が。

「最初は助けてあげようって思ったの。けど、だんだんと良く分からなくなってきちゃったんだ。みょーくんも、だよね?」

 いつだったろうか。確かにそんなことがあったかもしれない。自分の戦う理由に不安を感じたとき、そのときが初めじゃないだろうか。

「それからね、呼ばれてるのは分かってたんだけど、なかなかいけなかったんだ。良く分からなくてもやもやして、怖かったの」

 タケミカヅチが鞘から出てこなかったとき、のことだろうか。だとしたら次は、あのときの話が来るに違いない。

「でもね、わたしにすっごい力がね、ぶわーって流れ込んできてね、やらなきゃ! って思ったんだ」

 ぶわーとか言いながら、自分の両手をいっぱいに広げてそのときのことを表現しようとしているのは、やっぱりまだ子供だからなのだろうか。

 そんなことを思いながら聞いていた話は俺が思っていた通りで、恐らくゆずを助けたあのときのことだろう。

「でもね、力が凄すぎて、みんなの心がどんどん大きくなっちゃったの。それからはあんまりみょーくんに触れさせる機会を減らすために頑張って抵抗してたんだけど、だめだった」

 何も知らずに俺は適当なことばかり言っていた気がする。そのことを思い出すと、当時の俺をぶん殴ってやりたい。こうして人が影で頑張っていたのを知りもせず、のうのうとやっていたことが腹立たしく思えて仕方が無い。

 ここに黒いひまわりが咲き出したのもその影響だったのだろう。

「そしたらみんな、殺せって、そうやって呟きだしてね。怖かったんだよ? でもしばらくしたら収まってみんなどこかに隠れちゃったんだ」

 収まった、というのは俺が自分を殺そうとしたときだろう。つまり原理は知らないが、我孫子の言う通りしっかりと俺にはダメージを与えず、ゴーストにはダメージを与えたわけだ。

「そしたらさき、みょーくんがわたし達のこと呼んだでしょ?」

 ほぼ自分語りみたいになっていたが、それでも俺の知りたいことは必要以上に知ることが出来た。もうここから先のことはわざわざ言われなくとも分かる。

「だからまた大変なことになる前にここに俺を呼んだ」

「正解、パチパチパチ」

 そう言って琴音は手を叩いた。

 俺はここに呼ばれた理由を知った上で、琴音がなにを恐れているのかを理解した上で言う。

「力を貸してくれないか?」

「えっ」

 琴音は困惑している様子だ。そして俺をアホな子でも見るかのような目で見る。しかし、俺は至って真面目。

「力を貸してくれ」

 念を押すように、聞き零しがないように、しっかり、ゆっくり、はっきりと言った。

「次はどうなるかわかんないよ?」

 俺が必要としていることは伝わったようだ。しかし、今度は不安なのだろう。すごく心配そうな顔で小首を傾げている。

「大丈夫」

「本当に?」

「本当に」

 強く肯定の意思を乗せて俺は頷いた。

「知らないからね、どうなっても」

「分かってるよ、どうなっても俺の責任だ」

 やはり琴音は俺に力を貸すことに躊躇いがあるらしい。とても嫌そうな顔でさっきから俺をにらんでいる。

「ホントのホントにどうなるか分からないんだよ」

「俺ならどうにもならないよ」

「どうにもなってたくせに」

 触れ腐れたように言う琴音に俺は苦笑いしか返せなかった。

 だが、そこはさすがの幼馴染である。幼馴染と呼べるはずだった相手である。伊達に子供時代の俺と過ごしていたわけではないようで、

「危ないと思ったら何が何でも止めるからね」

「ありがとう」

 などと、結果的に俺に力を貸してくれる。

「一応わたしがここの長的な、総意的な感じだけど、絶対にどうにか出来るわけじゃないから、あんまり期待しないでね」

「期待してるぜ――相棒」

「むぅ、バカ」

 そう言って琴音は俺の背中に回って、ぽこぽこと可愛らしく俺の背中を殴っている。痛みなんて物は皆無で精々くすぐったいくらいなのだが、ここは琴音にとっての現実で、俺にとっての現実が別にあると思うと少し背中ではないどこかが痛む。

「いい? わたしが力を貸してあげたのは、生きたいって願う君で、助けたいって望む君だからね」

 背中を殴るのをやめた琴音は、俺の背中にしがみつくようにして小さな声で呟いていた。

「ああ、分かってる。俺に人を助ける力を貸してくれ」

 また、目には見えないどこかで、けれど確実に俺の知っている人たちが俺の後始末不足によって危険な目に遭っている。遭わせてしまっている。きっと遥あたりはすごく嫌そうな顔をするだろう。もしかしたら不意打ちで攻撃されてしまうかも知れない。いつかみたいに俺を守ってくれた何か――きっとタケミカヅチ、つまり琴音達なんだろうなと思う――はないだろう。そしたら俺は死ぬ。ただ、そのときはそのときだ。構わないなんてことは言いたくないけど、でも覚悟は出来ているつもりだ。

「行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 最後は向き合って、お互いに笑顔のまま内に秘めたものなどちらりとも覗かせずに別れた。

というわけで、○話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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