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2話



 ゴーストは唐突にやってくる。

 十年で、どうにか前兆のようなものを観測できてはいるが、どこから、どうして、どうやって、奴らがやってきているのかはわからない。

 やつらには銃器や刀、爆弾を使用したところで得られるのはせいぜい足止め程度のもので、ダメージとしては期待できない。零石と呼ばれるゴーストが死んだときに生成される鉱石だけがゴーストにダメージを与えること。それらはゴーストハンターにしか所有できないこと。

「くっそ」

 十年を費やして手に入れた情報はたったそれだけ。

 この情報をどう使おうと俺が今陥っている現状を打開するほどのものにはなりそうもない。

「人型、一番メジャーだけど、逃げるのはちと面倒だな」

 十年の間、俺は情報収集の傍らで格闘技や剣術、それらの戦闘技術を磨いてきたわけだが、素手で触れば恐らく食われてしまうためにそれらのほとんどがこういう場面で役に立たない。武器の携帯も考えたが、そうすると警察にお世話になる破目になる。

 よって、結局こんなときは逃げるしかない。

「これからは隠し武器の携帯必須だな」

 しかし、全て無駄というわけではなく、無駄についた体力がこういう時は少し便利だ。

 俺は自分の正面に見えるゴーストに背を向け全速力で走り出す。

 後ろで俺を追う気配を感じる。

 学生服のままでどこまでも走るのは大変に厳しいかもしれないが、命が掛かっている。そう簡単に諦めるわけにはいかない。俺にはやることがあるのだから。

 ブゥゥゥ!!

 車道に飛び出した瞬間俺はそんな音を聞き、その直後には宙を舞っていた。

「は?」

 眼下ではフロントガラスに大きく蜘蛛の巣状に亀裂が入ったセダンが、ブレーキなんて知らない暴れ馬の如く走り去っていくのが見えた。宙で次第に体勢が変わっていき、次に見えたのはゴースト。

 早く逃げないと、そう思い足を動かそうにも足は動かず、前にも進んでいかない。ただ、ゆっくりと時間が過ぎていく。

「ぐはっ」

 勢いなんて一切無いように感じたのに、俺の体が感じ取ったのはとてつもない衝撃だった。強く頭を打った影響なのか、視界がぐらぐらと歪んでいる。しかしそんな中でもゴーストが距離を詰めてきているのを感じ取る。

「に、逃げないと……」

 俺にはまだやりたいことがある。やっていないことがある。俺はまだ何もしていない。一人生き残った俺が死ぬわけにはいかない。まだ復讐が終わっていないんだ。そもそも始まってすらいない。まだ何もかもこれからなんだよ。それまで待ってくれ、それまで生かしてくれ。

 まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、まだ、

「死にたくない」

 直感的に理解していた。いや、昔のことでも思い出していたのだろうか? 逃げようとしているのに逃げられなくて、死を運んでくるやつらが俺に、俺たちに向かって歩いてくる。迫ってくる。

 惨めでいい。

 情けなくていい。

 みっともなくていい。

 俺はまだ何もしていないんだ。

「こっちに、来るな」

 俺の言葉を聞いてか、やつはあのときのように笑った。俺にとって死と直結する顔。

 ――死にたくない?

 懐かしくって、温かい声が聞こえた。

「死にたくない」

 ――生きていたい?

「もちろんだ」

 黒い影がまた一歩俺に近づいてきた。

 ――ほら、ちゃんと前を見て。

 ――君は死んじゃダメだからね。

 ぼんやりとした意識をどうにか前方へと向けると、そこには一本の刀が浮いていた。鞘に収まった状態の日本刀が、俺とゴーストの丁度中間、俺が一歩前に出れば手に取れる位置に一つの希望が浮いていた。

「らぁぁぁ!」

 大声をあげ、体を無理やりに起こし一歩足を出して掴み取った。しっかりと重量があり、それでいて手に馴染むほどよい重さ。

 お互いに手を伸ばせば届くような距離にいるゴーストを捉えると、手にした勢いを乗せて刀を抜刀する。抜刀の勢いそのままに、俺は気力をありったけ振り絞って振りぬいた。一瞬押し返してくるような抵抗を感じたが、すぐに抵抗感は消え失せ、そこからは空気を切っているように感じるほどに簡単だった。

 刃はゴーストを両断した。ゴーストは霧のようにそよ風にかき消され、小さな零石だけを残して消える。残されたのは、もう一歩も動けそうに無い俺と、ゴーストの口を思いこさせるような絶対的な闇色の刃を持つ刀のみ。

「動くな」

 凛とした涼やかな声が何もない、道路の上に響く。

 後頭部に何かが突きつけられたが、それが拳銃であることは考えるまでも無かった。警告を無視すればお前を殺す、と宣言しているであろうが、残念なことに俺の体ではそんな警告を聞き入れることは叶いそうに無かった。

 次に何が起きたのかは、俺の記憶には一切残っていない。



 がしゃ、鉄のぶつかり合う冷たい音が狭い部屋に木霊する。

 狭い部屋、というか狭い牢屋というのがこのコンクリートで周りを囲まれ、正面だけ鉄格子のこの部屋の本来の呼び名であることは、色々なことが頭の中に渦巻いている俺にもすぐに理解できた。

「やぁ、おはよう。八神冥利君」

 パイプ椅子の背もたれに顎を乗せて、気の抜けた表情で若い男が言った。

「不便だろうけど少しの間我慢していておくれ、その間僕が話し相手になるからさ」

 スーツを着崩し、退屈そうにパイプ椅子に持たれかかる若い男は袋菓子を何の遠慮もなく開けた。ホコリ臭い狭いこの空間に、ポテチの匂いが充満する。

 俺の胃が意図を返すことなく、小さく鳴いた。

「いる?」

 口元に運んでいたポテチを俺に差し出しながら若い男は言う。

 一度感じてしまった空腹は、押さえることが出来そうもなく、今度は空腹で気を失いそうなほどだ。もちろん、俺は首を大きく縦に振る。

「我孫子さーん、お菓子とかあげちゃ駄目ですからね」

「やだなー、僕がそんなことするわけ無いじゃない」

 入り口でもあるのか、俺から見て、右から声が聞こえる。そして、我孫子と呼ばれた若い男も、右を向きながらさらりと嘘を口にした。

 大きく手を振り我孫子に釘を刺した何者かを送り返すと、

「ごめんねぇ、あげられなくなっちゃった」

 手に持っているポテチを口の放り込むと、残りには手を付けずにスーツの内側に収納した。どうやっても収納できるとはとても思えないが、なぜか綺麗にポテチはスーツの内側にしまわれた。

「僕は我孫子愁。よろしく、八神冥利君」

 俺は軽く頭を下げ、一応よろしくという気持ちがあることを示した。本当ならば、声を出したいが、残念なことに口にマスクのようなものが装着されていて、声が出せない。出そうとしても、空気が抜けるだけで音にならないのだ。というか、この人はどうやってこの状態の俺にポテチを与えようとしたんだろうか。

「まあ、まずは一応仕事をさせてもらうよ」

 俺は小首をかしげる。

「安心してくれ、別に拷問とかじゃないからさ」

 ははは、ととても笑えない冗談を言いながら我孫子は少しも真面目な顔なんてせずにその仕事とやらを始めた。

「君はいま、ゴーストハンターの巣に拘束されている。ここはゴーストハンター日本支部」

 ゴーストハンター。

 ゴーストを倒すことを生業とする人たちで、今比較的平和に暮らしていられるのはこの人たちのおかげというところが大きいのだが、そんな人たちが一体俺に何のようだというのか。しかもこんなに手洗い歓迎で。

「君は、僕らが金と権力と技術をありったけつぎ込んで作り出された武器をどうやって、あの場に持ち出したのか知りたいんだ」

 我孫子は握りこぶしの中に納まるような小さなサイズのリモコンをズボンのポケットから取り出した。

「いいかい? 今からそのマスクを外す。くれぐれも余計なことは考えないでくれよ? 君に手荒なまねをする破目になる」

 五秒ほど沈黙のときが流れた。我孫子は沈黙に何を思ったのか、僅かに笑んでからリモコンのボタンを押した。

「さあ、教えてくれ」

「……」

「ん? どうした。声はもうだせるだろ」

 あの時あったことは覚えている。しかし、信じてもらう自信がないし、そもそもあれは現実だったんだろうか?

「……声が聞こえて、そしたら突然あの刀が現れたんです」

 我孫子は眉を寄せて、なにやら難しい顔を見せている。

 俺の説明が嘘だとでも思っているのだろうか。もしそうだとしたら、俺としては非常に困る。あれがどうしようもない事実だ。しかし、その事実を証明する物は何一つとしてない。

「もっとフランクでいいんだよ?」

 非常にどうでもいいことを、真面目な顔で我孫子はいいながら、そのテンションのまま本題へと移行した。

「まあそうだね、うん。君の話は本当だろう。声が聞こえたというのはビックリだけど、大量の零石を使っているからね。あ、零石って知ってる?」

「知ってますよ」

「零石って特別でね、ゴーストには必殺の攻撃になるんだけど、人間には大したダメージにならないんだよ」

「へぇ」

 初めて聞く話ではあったが、正直その知識が役立つときが来るとは思えない。

「ちょっと待っててね」

 携帯でも鳴ったのか、我孫子は俺の返事も待たずに席を立つとそのままどこかへと消えてしまう。

 カビ臭さとホコリ臭さとほんのりとポテチの香りとが気持ち悪く混ざり、異臭と呼ぶに相応しい匂いが充満していた。それだけでなく、若干湿っている。

 何が起きたのかも分からず、なぜ拘束されているのかも分からずこんなところに一体どれだけの間こうして縛り付けられなければならないのだろうか。

というわけで、2話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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