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18話

 我孫子は困ったように笑っていた。つまりアイツが動くことはないということだろう。もちろんだ、あんなやつがのうのうと外を出歩くなんてことがあっていいはずがない。そもそも、あんなやつがいなくともボクとゆずで、いやボクだけで十分すぎるくらいだ。

「ボス、そっちはどうっすか?」

「うん、こっちもなかなか厳しそうだ」

 ボスまでもが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 ボスは強い力を持つ者をどうにか集めようと各地に連絡を入れていたようだが、援軍として呼べそうなのは、戦力になるものだけで三人、それ以外も含めれば約千人。しかし、協力を取り付けただけで、実際に間に合うかどうかは別だ。恐らく間に合うのは十分の一程度だろう。

「ボス、ボクだけでも」

「遥、お前一人でどうにかなる相手じゃない」

「ボスはボクを信用できないというんですか!?」

 突然頭芯の部分が熱くなり、つい口から漏れてしまう。すかさずゆずが、

「落ち着いて、ボスは別にそんなこと言ってないよ」

 と落ち着くよう言ってくれる。

「あ、ああ」

 短く言いながら、ボクはここ最近の自分の変化に腹を立てた。昔ならこんな事はなかった。もっと落ち着いて、クールに、静かに物事を捉え考えることが出来たはずなのに、何かがおかしい。

「全てあいつのせいか」

 ボクは四人で囲んでいたテーブルに手を付き、立ち上がる。三人の視線が一気に集まるがそんな物は気に留める必要がない。

「ちょ、どこ行くの」

 三人に背を向け出入り口に一歩踏み出したところでゆずがボクの手を掴むが、そこには人の暖かさのようなものがない。これも全部全部アイツがやったことだ。

「邪魔しないでくれ」

 ゆずの手を振り解き、ボクはずんずんと進んでいく。歩いているのもじれったく感じるほどにイライラする。あれもこれもそれもどれもアイツのせい死ねばいい、死ねばいい、死ねばいいのに。

 エレベーターという文明の力はこの場合ボクのストレスを加速させるだけだ。あんなちんたらと目的地に向かってなどいられない。もっと早く、全力ダッシュで階段を駆け下りようともなお早さが足りない。

「お前のせいだ。何もかも」

 ボクは少し荒い呼吸のままで八神に言い放つ。当の八神はといえば一瞬ボクに視線を向けるだけで、後は興味なさそうに目を閉じてしまう。

「聞いているのか? おいっ!」

 大声で叫ぶが一切反応を示さない。

 くっそ澄ました顔しやがってっ!

 ボクはすぐにホルスターから銃を抜き、乱射する。乱射だ、もとより命中精度など期待していない。しかし、それにしたって、どうして一発もまともに当たらないんだ。

「死にたいんじゃ、死にたいんじゃないのか……?」

 答えはない。

「ならどうしてお前は死なない」

 痛々しく刺さる刀が更にその疑問を加速させる。

「ボクがこうして何度も殺そうとしているのに、どうしてそのたびにお前は俺を阻むんだ」

 最後のほうはほとんど呟くように言っていた。それでも八神は目を閉じたまま、じっとしている。いつかのひび割れなど一つも残さないその顔にボクは更に問う。

「死のうとしていながら死なず、生きようとしながら死にたがる。お前はなにがしたいんだ」

 答えてはくれない。もう何でも良かった。何でもいいから誰かに、この日々積もっていくストレスたちをぶつけたかった。

「お前にボクはどう見えているんだ?」

 命を狙う殺人鬼か、命を狙う救世主か、敵か、仲間か、友人か。それ以外のなんだっていい、ボクは一体何者なんだ? どんな風に見えているんだ? 教えてくれ、助けてくれ、一度入り込んでしまったこの感覚からは抜け出せそうにない。

「なぁ、お前を許さないと誓ったボクは、なにに見える?」

 もちろん答えは返ってこない。興味なさ気に目を瞑るだけ。ゆずもこんな気持ちで、こんな気持ちのやり場を求めてここに来ていたのだろうか? もしそうなら、ゆずには酷いことを言ったのかも知れない。

 いつだかボクはここから出てくるゆずを見かけて――あんなクズに何の用があったんだ? あいつじゃなんの役にも立たないだろう、そう言った。ただ、ボクに言えないことを見られなくないものを吐き出すにはここが良かったのかもしれない。

 けれど、やはりボクは、

「お前を許さない」

 ボクが捨て台詞を吐くように言って、去ろうと八神のいる牢の前から離れようとしたときだった。

「俺には――」

 掠れていて聞き取るのが実に困難な声で、八神がポツリと呟いた。

「苦しんでいるように見えるぞ。誰かに助けを求めてるような、そんな感じだ」

 なぜかその言葉に緩む頬を強引に押さえつけ、ボクはエレベーターに乗り込む。そして腕時計を確認した。

「あと、五時間きっかり」

 確実にボク等の最後の時間が迫ってきていた。

というわけで、18話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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