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16話

 結果から話すとすれば俺は死ねなかった。生きてしまっている。

 今いる場所は始めてコイツとあった牢の中、しかし待遇は前よりも悪い。指一本ですら動かすことが出来そうにないほどの待遇だ。ただ、俺としてはもっときつくしてもらいたい。でないと、もしあいつが出てきたらすぐにここから逃げ出してしまう。

「おはよう」

「我孫子、俺はどうして死んでないんだ」

 目が覚めたらそこにいた我孫子におれは問う。

「零石はゴーストにはってやつだよ。たぶんね」

 零石はゴーストには必殺でも、それ以外にはたいしたことがない。なるほど、こういうことだったのか。ただ出来ることなら死んでいたかった。俺から完全に危険性が排除されたわけではないのだから。

 しばらくの沈黙が訪れる。

「君はなにを望む?」

 いつものようにふざけた笑顔で我孫子は沈黙を破った。

「時間の巻き戻し」

「面白いことを言うね、そんなことは不可能だよ? 夢見る少女ですらそんなことを口にはしないだろうに」

「じゃあ今すぐここで死にたいね」

「そんなことはさせないよ。君はまだ死ぬべきじゃあない」

 死ぬならせめて二人に謝ってから死にたいところではあるが、どうやらその機会は与えられないようだ。ならばせめて、

「二人に謝りたい」

「それくらいなら協力しよう」

 立ち上がり、パイプ椅子はそのままで我孫子は去っていく。

 我孫子は口調こそ真面目を装っているが、表情は常に笑みを浮かべていた。どうしてあんな風に笑っていられるんだ? 俺もコツが知りたい。

 それから程なくして二人は連れられてきた。

「何の用だ」

 やはり遥が俺に向けるのは殺意の滲む、憎しみの篭った、怒りの塊とも言えるような鋭い視線だ。

「まず、こんな体勢ですまん」

 遥は歯軋りの音が聞こえるほどに強く歯を噛み締めていた。ゆずは本当にいるのか怪しいくらい静かに佇んでいる。

「ごめんなさい」

 まともに下げることの出来ない頭を、それでも無理やりに可能な限り下げた。

 たった六文字の言葉をこれほどまでに重く感じたのは今日が初めてだ。

「ごめんなさい? 何のまねだ。それで許して貰おうとでも思っているのか? ふざけてるのか? お前ほどの馬鹿をボクは他に知らないな。いくぞ、ゆず」

 遥はゆずの手を取った。

「え、あ、うん」

 少し困惑している様子のゆずをよそに、靴底を地面に叩きつけて大きな音を立て、遥は立ち去る。もしかしたらもう二度と会うことは出来ないかもしれない。俺はだんだん遠くなる足音を聞きながら思った。

「まあ、上出来だったんじゃないかな? まさか八神君だって二つ返事で許してくれるとは思ってないだろう」

 影から足音もなく静かに我孫子は現れた。

「まあ、な」

 そりゃそうだ。特に遥はゆずに対して並々ならぬ思いを抱いていると思われ、そのゆずを傷つけてしまったとあれば遥は易々と俺を許そうとしないことは分かっていた。しかし、まあ気持ちよくはない。

 しばし訪れる静寂に、我孫子が空気の読めないおちゃらけた声を吐き出す。

「八神君、他に何かあるかな? 僕はもう帰ろうかと思っているから何かあったら今のうちに言ってくれると助かるよ」

「いや、ない」

「そうか。じゃあまた明日」

 軽く手を振り我孫子は帰っていく。どうやら今は夜だったらしい。

 また明日、明日――明日ねぇ。明日俺はどんな顔で、どんな気持ちで、どんな思いを抱いて目覚めるのだろうか? 喜怒哀楽のどれかか、それら全てか、はたまたそのどれでもないか。

 思いながら俺はウトウトと夢と現実の境をさまよっているときだった。

「次は、ここなのか」

 俺の視界いっぱいを埋め尽くす漆黒の花。一般的にひまわりと呼ばれるそれは、目に見える部分全て、そして恐らくは根までを黒く染めている。そしてひまわりたちが太陽と崇めその顔を向ける先には、一つの後姿があった。

 純白と初めは思っていたワンピースがいまや、漆黒へと変わっていた。この世界に残る白は、背景と彼女の肌くらいだろう。

「あの――」

 俺の声は俺が現実の側に引き戻されることによってかき消されてしまった。

 現実に意識を復帰させた俺を向かえるのは、ゆずだ。

「ごめん、起こしちゃった?」

 膝を抱えて座るゆずは、椅子に縛り付けられた俺を上目がちに見てそう言った。しかし、膝を抱える手は一本だけ。

「いや、別にいいよ。それよりも遥はいいのか? 怒るぞ」

「たぶん大丈夫」

「たぶんかよ」

 お互いに穏やかな声のやり取りだった。静かで、落ち着いた、とても心地のいい会話。しかし、まあゆずも俺もずっと穏やかというわけにはいかない。

 ゆずの手は何かに怯えるように小刻みに震えていた。無理もない、自分の腕を切り飛ばした男の前で少しの恐怖も抱かないほうがおかしい。

「あのさ、本当にご」

「あのね! すごいんだよ、明日には義手が出来るんだけどね、それがもうすごいの、本物の人間の腕みたいでね……」

 俺の言葉を遮ってゆずが次々に口にしていく言葉達は、後半にいくにつれ減速していくのが分かる。

「わたし帰るね」

「ああ」

「バイバイ」

 ゆずは立ち上がり何かを言いたそうに口元を模るが、結局口にしない。そして小さく手を振った。

「気をつけろよ」

「うん」

 ゆずは笑って答えてくれる。その笑みの裏側には一体どんな感情が隠れているんだろうか? 想像しそうになるが、すぐに俺は妄想を追い払った。きっと俺に対する怒りや憎しみ、恐怖が眠っているのだろう。それならば見たくはない。

 再び目を閉じ、俺は夢の中へと逃げていく。



 ――ドン!

 そんなどこか懐かしくさえある銃声で俺は目を覚ます。

「くっそ、寝ていてもだめなのか」

 悔しそうに顔を歪める遥は、俺と目を合わせると気が狂ったかのように次々と両手に握られた銃の引き金を引いていく。しかし、その弾丸は全てなぜか次々に弾かれていく。時折弾丸が俺の頬をかすめることはあっても、俺にダメージを負わすような物は全て弾かれていく。

「チッ――八神冥利、お前はなぜ生きている? お前だけどうして平気な顔をしている? お前も苦しめばいいんだ」

 遥の言葉が俺の心の奥底にまで深々と突き刺さる。次々に心の中で生まれていく刃が俺に歯を向けだす。そして、

「お前のことは生涯掛けて呪ってやる」

 一瞬にして俺に向けられた刃が俺を突いていた。

「がはっ」

 どうやったのかは分からない。しかし気が付けばタケミカヅチのような形をした、色をした刀が体の随所に突きたてられていた。

 一瞬、俺は混乱しかけたが、そんな混乱はすぐに理解に変わった。これは俺に対する報いのようなものだ。二人を傷つけた挙句ゆずのことを記憶の断片すらも記憶に留めていない俺への報い、そう思えば納得するのは難しくない。

 全身を電流が走っているんじゃないかと錯覚するほどの痛みが全身を襲っているが、目の前で俺を睨む遥を見ていれば痛み程度で声を上げることは出来ない。唇を噛み締めて痛みに耐えることで精一杯だ。

「……お前は、ボクを馬鹿にしているのか?」

 今にも泣き出してしまいそうな、それでいて今にも怒りを爆発させてしまいそうな複雑な表情を浮かべた遥は、すぐに立ち去ってしまう。

 遠ざかっていく足音に俺は一声掛ける。

「なんにせよ、もう一度会えてよかった」

 聞こえたかはわからない。むしろ聞こえていないで欲しい。そんな風に思いながら俺はしっかりと足音が聞こえなくなるのを待って、喉が潰れるほどの大声を上げる。

「あ――



――ッ」

 もう痛みという感覚が麻痺している。喉もしばらくは声を出せないほどに枯れただろう。しかし、叫び続けることで多少なりとも痛みに気を取られずに済んだのは幸いだった。

「はー」

 叫び続けて酸欠にでもなったのか、それとも血を流しすぎたのか、意識がはっきりとしない。それどころかだんだんと現実から遠ざかっているように感じる。死ぬんだろうか? そういえばいつかもこんな風に思ったことがあったような気がする。いつだっけ? あぁ、思い出そうとしてんだけどなあ、全然記憶を思い出せない。昨日のことを思い出すのも億劫だ。休めということか?

というわけで、16話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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