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13話

 俺はタケミカヅチを扱えるようになってからは、しっかりと犬になっていた。行く理由や意味は無かったが、その逆に行かない理由や意味も無かったからだ。それに理由や意味はやってりゃ見つかるんじゃないかという思いもあったりする。

 しかしそんな俺のぼんやりとした、希望というか何といかが叶えられることは無く、日に日にタケミカヅチが抜きにくくなるのを感じるだけだった。

 あれから出現したゴーストはおよそ五十で、一週間でこれだけの数のゴーストが現れるというのは異常な事だと言える。ただ、ボス曰くこれは大型ゴーストが出現した影響で、十日もすれば元通りの一週間で多くとも十体程度に落ち着くとのことだ。

「もしかしてまた言うこと聞いてくれなくなっちゃった?」

 仕事終わりの帰り道、二人の夕飯の買出しの荷物持ちをしていたところ、ゆずがそんなことを言ってきた。

 傍から見ても異変を感じ取れるようになってきてるのか、いかんな。

「うーん、そんなことは無いんだけど、なんていうのか怖がってる感じでさ。少し切れ味も落ちてる気がするし」

「切れ味は使う人間の腕が悪いだけじゃないのか?」

「ちげぇよ……たぶん」

「まあまあ、研いでみたら? 切れ味は戻るかもよ」

 ゆず、遥邸(どうやら二人は一緒に暮らしているらしい)の包丁の切れ味も落ちてきたらしく、買い物籠に入れられていた包丁研ぎ機のようなものをゆずは俺に差し出した。

「さすがにこれじゃ無理だろ」

「我孫子に見てもらえばいいだろう。一応武器を作るのはあいつの仕事だしな」

「えぇ! 我孫子仕事とかしてんのか」

「冥利君、驚くところはそこじゃないよ」

 苦笑いを浮かべながらゆずは言った。浮かべた苦笑いが消えきる前に取り出した携帯で、ゆずはどこかへと電話をかける。

「今暇ですか?」

 店内BGMに邪魔されて相手の声が聞こえないが、この話の流れだと、我孫子に間違いないだろう。

「よし、じゃあ今から行ってみよう」

「ボク行くのか?」

「当たり前じゃん」

「別に俺だけでいいぞ」

「いいのいいの、さぁ行こう」

 両手を大きく振りながらレジへと歩いていくゆずの姿はどこか子供っぽく見えて、可愛らしい。

 そんなことを思いながらほっこりとしている俺を強烈な痛みが襲った。

「おい、何ニヤニヤしているんだ。死にたいのか?」

「す、すいません」

 一体遥はゆずにとっての何ポジションを狙っているんだろうか?



 我孫子による診断は、異常なし。タケミカヅチ刃に切れ味が落ちると感じさせるようなことは一切無く、我孫子からしてみればむしろビックリするくらいだそうだ。

「やっぱりお前の腕の問題だ」

 などと遥には言われたが、それは違うような気がしていた。自分に実力や経験が足りないことは認めるが、今回のことは実力や経験といったもので切れ味を悪く感じているとは不思議と思えないからだ。

 ぼんやりと自室の天井を眺め思い起こしていた俺だが、ベッドの上でのそのそと起き上がり電気を付けると、タケミカヅチを出現させた。俺はタケミカヅチゆっくりと抜いていく。鞘から抜く瞬間に、強い抵抗を感じたが、無理に押し切って抜いた。

「なんか違うんだよな」

 思わず口から漏れた言葉通り、始めてみた頃とは確実に違って見えた。なにか、の中で恐らく確実なもので言うと、刃の色が少しくすんで見える。はじめてみた身の毛もよだつような闇色が、いまやただの黒色だ。

 じっくりと時間をかけタケミカヅチを観察したが、やはりこれじゃない感を強く感じる程度で、それ以上のことは分かりそうに無いと判断すると、鞘に戻し見えぬどこかへと消した。



 そして俺は夢を見る。

 そこは白が永遠と続くだけの世界だったはずが、足元からは黒いひまわりによってほとんどを埋め尽くされていた。その様子はただ一言気味が悪いという言葉に集約されると言っていいだろう。

 それだけでなく、空模様もどこか淀んで見えた。初めに感じた開放的な空間などでは最早無く、とても居心地の悪い空間だ。

「あの人はいないのか」

 俺はしばらく歩いて回ったが、どこにも見たいと願う姿はなく、ただただ同じ風景が続いているだけだった。



 日が経てば経つほどに反抗の度合いを強めていく、反抗期真っ只中のタケミカヅチを手に、今日も戦っていた。

「ゆず、後ろから行ってるぞ!」

「はーい」

「ボクが殺った、問題ない」

「サンキュー」

 最近ではそれとなく連携も取れるようになってきたのだが、しかし、というかやはり鞘に収めた状態からだとワンテンポ行動が遅れてしまうのがもどかしい。そんなもどかしさに追撃を掛けるように、夢で見る世界は徐々に黒くなっていっていた。そしてあの夢を見る頻度も上がっている。誰もいない世界が黒く染まっていくのを見ていると、焦燥感のようなものが積もっていく。

 俺の目の前に残る一体を残し、他のゴーストは殲滅された。

「よしっ」

 抜けかけた気合を入れ直し、俺は全体重を乗せた渾身の突きでラスト一体を沈める。

 どこかで花が咲くイメージが唐突に頭の中に流れ込んできた。どこで、なにが、花開いたのかは知らないが、一輪の花が咲くのを俺は見た。

「これで終わりだな」

「そうだね」

「上にはボクから連絡を入れておく」

 背を向けた状態で二人の言葉を聞く。俺はいつものように本日の役目の終わったタケミカヅチを、しばらく使わずに済むことを祈りながら手放す。

「じゃあ、今日は解散だな」

 言いながら俺は振り向き二人に同意を求めた。

「ん、どうした?」

 二人は振り返った俺を見るなり体を強張らせた。俺に気取られないようにするためか、武器を構えるまでには至っていないが、ただ妙に鋭い眼光や少し腰を落としているだけで警戒されているのは十分に分かる。

「お前こそどうした」

「いや、どうもしないけど」

「体に異変を感じたりしない?」

「至って普通だぞ」

 二人の目が俺を疑うようなものへと変貌していく。

「俺は敵じゃないんだ、構えないでくれよ」

 しばしの沈黙が訪れる。

 沈黙を破ったのは遥だった。

「いや、お前は敵かもしれない」

 その言葉は俺の心を射抜いた。

というわけで、13話でした。

至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。

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