10話
俺は我孫子へと短く用件を伝え、すぐに二人のいる公園へと帰ってきた。とんぼ返りなんてもんじゃない。コンビニがすぐ近くにあったから一分ちょっとで済んだが、しかし一分であれ二人の命が持っているかは非常に怪しかった。なぜなら二人して拘束されている。動けないのだ。踏み潰してしまえばそれでお仕舞い。一瞬で死んでしまう。
「無事か!?」
「無事に見えるか?」
「無事じゃあないかな?」
二人ともそんなことを言って俺に答えた。どうやって二人はあの時間を防いだのか分からないが、問題はここからだ。増援が来るまでの間どうやって時間を稼ぐか。
無言で俺は手にタケミカヅチを持つ。
鞘から抜くことは出来なくとも、興味を引く程度のことなら可能だろう。
「少しなら、少しなら時間を稼げるはずだ」
自分に言い聞かせるように言い、駆け出す。
「ちょっと、無理しないで逃げなって」
ゆずの声が聞こえるが、視線を向けることすらせずに無視をする。
ダメージなんて物は期待するほうが間違っている。打撃用の武器として作られたトンファーに怯みすらしなかったんだ。本来刀を納めるための鞘で殴ったってたかがしている。しかし、うざったいハエ位に思ってくれれば、俺に気が向いてくれるだろう。それだけで十分だ。
軽く跳躍し、ポッカリとあいた目を思いっきり鞘で殴る。声も無く僅かに身をよじると、すぐに俺を見て、口を大きく開けた。二人を行動不能に追いやったあの体液のようなものを吐き出してくるのだろう。
まともに食らってしまっては完全にお仕舞いなそれを、未だ空中にいる俺は避けることを諦め、口に思いっきり刀を突き立てた。もちろん鞘である以上突き刺さったりはしないが、俺が着地するまでの時間稼ぎになればそれで十分だと言えた。
案の定、吐き出される予定だった粘着弾は発射されることなく、俺は地上に降り立った。
「案外いけるじゃねぇか」
心に僅かばかり余裕が生まれた。
「もういっちょ!」
言いながら俺は跳躍、そして目に目掛け刀を振る体勢を作った。僅かに笑っているような、そんな風に見える顔の歪め方をゴーストはした。俺はそれを知っている。それを見た直後、俺は必ず危機が訪れる。
本能的に振りかざしていた刀を体の前まで引き寄せ、体を丸め防御体制をとった。
直後、ゴーストの口から白いものが覗いたのを見た。次の瞬間には体全身の骨が悲鳴を上げるほどの強烈な力が襲い、ゴーストから数メートル離れた場所に叩き付けられ、そして体を貼り付けられていた。
やってしまった。もっと慎重にやればよかったのに。もっと時間をかけてやればよかったのに。所詮は時間稼ぎにしかならないのに。どうせ俺にゴーストを倒す手段なんて無いのに。出しゃばったからだ。粋がったからだ。調子に乗ったからだ。みんな死ぬ。俺のせいで死ぬ。骨すら残さず消えてしまう。
「ゆず!」
遥が叫んだ。
遥の顔は真っ青で、生きた人間とは思えないほどに血の気が失せていた。
ゆずに大きな口を開けてゴーストが迫っているのが見える。必死に逃げようとしているが、白い粘膜により捕らえられたゆずは逃げ出せずにいた。そこへと真っ黒な、光なんて一パーセントも反射しているようには見えない体をしたゴーストの口が近づいていく。
黒いゴースト、白いゆず。
黒い、白い。
黒、白。
黒白。
黒白。
黒白。
さっきからやたらと時の流れが遅いこの空間で、チカチカするほど俺の目にはその二色だけが繰り返し映っていた。
あの時と同じ。
また俺は見ているだけ?
また俺は何も出来ない?
また俺は助けられない?
頭の中心のほうが焼き切れてしまいそうなほどに熱くなっていくのを俺は感じた。
溶けろ、焼けろ、消えろ、解けろ、無くなれ、邪魔をするな。
心の中で俺は叫びながら必死に体を拘束するこの粘液のようなものの中で暴れる。
俺の目に、ゆずの頭ほどまでがゴーストの口に消えているのが見えた。
さっきまで異常なほどに熱くなっていた脳みその中心で、何かが弾けるような音が脳内で木霊する。
何かを感じた俺は、体中に張り付く粘膜のようなものが焼ききれることを願いつつ体中に力を込めた。
「ぁぁぁぁぁぁああああ!!」
びりっ。
空気が痺れるほどの、身を焦がすほどの電流のような何かが体中を駆け巡った。次の瞬間には焦げ臭さを感じる。体中を巡ったように思われた電流のような何かは、体に張り付いていた謎の粘液を焼き焦がし、俺の体を自由にしたようだ。
すっと立ち上がった俺は無言で構えた。
短くとも五メートルはある距離を思えば絶対に届かないだろう。
俺が構えている間に、また数ミリゆずの頭が深くゴーストの口の中に沈んだ。
タケミカヅチを持つ手に力が入る。お前は俺の力だ。力をよこせ、この一瞬で俺の体が壊れてしまおうと構わない。お前の持つ最大限の力を、俺にっ――
「届けぇぇぇ!」
叫びながら踏み込んだ足は地面を蹴り、一気に距離を詰めていく。そして腰に添えたタケミカヅチを一気に抜いた。
タケミカヅチは装いを替え、漆黒の刃に雷を纏っていた。タケミカヅチはゴーストの体に触れた瞬間に刃が肉を切り裂き、すぐさま雷が焼き焦がしていく。僅かに肉の焦げる匂いを感じながら一気に振りぬいた。
どこからどこまでが首なのかとても分かりにくいコイツの、恐らくは首を切り落とすと、体を小さな粒子状のものへと変換させ空気中を舞っていく。
跡に残されたのは零石と、涙を流す遥、何が起こったのか分からないといった様子のゆず、そして体中の力が抜け、脱力感と達成感との間にいる俺の三人だけだった。
というわけで、10話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。




