1話
ハッピーニューイヤー!
20話くらいで完結予定です。
お付き合いいただける方、そうでない方もよろしくお願いします。
「うっぐ――ことねちゃん。頑張って」
涙で前すら見えていないんじゃないかと思えるほどに大粒の涙を、声を殺しながら零し続ける目の細かい雪を思わせる白い肌の女の子の手を引いている男の子は言った。
二人は闇へと包まれつつある住宅街を、とにかく走り続けていた。
「秘密基地まで行けば見つからないよ、ね?」
いいながらも男の子は足を止めない。
男の子が秘密基地と呼んだのは、近所の公園の木陰のことだ。周りを低木に囲われた、子供三人も入れば狭くなってしまうほどのスペースしかないが、当人らにとって見ればそこは自分達だけの憩いの場である。
「おとう、さんが……おかあさんも――うっ」
小さな体の中にある水分全てを絞り出す勢いで女の子は大粒の涙を零し続けた。純白のワンピースの大部分が涙に濡れていることを見れば、どれだけ休むことなく涙を流し続けているのかが分かる。
「キャァァァ!」
女性の鳴き声につられて二人は足を止めてしまった。いや、たとえ声など聞かずとも足は止まっていただろう。
二人の進行路、次の街灯を右に曲がればすぐに公園が見えるというところまで来て、奴らは現れた。僅か十メートル先に。
巨大なナメクジのようなフォルムで、全身陽炎のように輪郭がはっきりとしていないだけでなく、距離感が掴みにくく感じるほどの黒だ。
「ひっ」
男の子の背後で、女の子がしりもちをつくような形でこけてしまう。
その姿を見て『何か』は顔らしき部分に一つ開いたあの世にでも繋がっていそうな穴を、歪めた。人間なら微笑顔と呼ぶその表情はなぜだろうか、獲物を見つけて喜ぶ獣の顔にしか見ることが出来ない。
「い、いこう!」
震えて動き出しそうにない男の子の足を動かさせたのは女の子の存在が大きいだろう。
へたり込んで放心状態の女の子の背中に回りこんで腕を必死に男の子は引こうとするが、地面に固定されているかのようにびくともしなかった。
「ことねちゃん、ことねちゃん!」
男の子が必死に叫んでいる間に『何か』は実にゆっくりとではあったが距離を三メートルほどまでに縮めていた。
「早く立ってっ!」
ヒステリックに男の子が叫ぶと、ようやく女の子は肩をビクンと震わせて現実に帰ってきた。しかし、女の子が顔を男の子に向ける様は壊れかけの人形が首を無理にねじっているように見える。
そしてあまり残されていない時間をたっぷりと使い、男の子と視線を交差させると、女の子は乾いた唇を小さく動かした。
「みんな死んじゃった」
絶望だけを除かせるその瞳に男の子は怯んだ。そして思わず一歩女の子から引いてしまったその瞬間――
女の子の上半身は闇の中へと消えていた。
吸い込まれそうなほどの黒、そして目が痛いほどの白だけが男の子の目に、脳裏に、脳内の細胞一つ一つに焼き付けられた。
というわけで、○話でした。
至らぬ点が多々あるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけていれば幸いです。