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爆砕と平和賞  作者: じむ
プロローグ
2/12

1:名誉階層都市のカーストセーバー

男は戦慄していた。

嘗て、これほどまでに恐怖を感じたことはあっただろうか。

走る。走る。

熟知した自分の庭の如きこの町を、ひたすらに走る。

地元の人間でも知らないような裏路地を走り、逃げ道が多い道を瞬時に選び、走る。

この道ならば見つからない。この道ならば絶対に撒ける。

そんな道を、走る。走る。

しかし。

その先に、どの道の先にも。

"彼"は、いた。

男は戦慄していた。


男は捨て子だった。

生まれたときから親がいなかった。

だから当然、戸籍がなかった。

最低限の"名誉"が、なかった。

だから下級階層の人間に利用されるために生かされ、何も知らないのを良い事にこき遣われて育ち、学がない頭で学んだことは下級階層の汚い言葉と、人間の顔と、嫌悪だけだった。

しかし、下級階層の、そんな人生故に腕っぷしに自信がついた。

それが唯一、男に身に付いた"力"だった。

その"力"で今まで己を虐げていた者を叩き伏せ、金銭を巻き上げ、支配し、食い繋いできた。

そうして、いつしか男は下級階層を統べる王となっていた。

しかしその功績が"名誉"になるはずもなく、男の階層は変わらない。

だからそれを続けてきた。

男は戦慄していた。

そうして泥水を啜るような支配生活を続け、生きるために手に入れ誇示してきた鋼の肉体と自慢の豪腕をもつこの自分が、


「──逮捕」


目の前の青年にあっさりと熨された事に。


───────────────────────────―――――――


――名誉階層都市・カースト。

下級階層の支配者だなんだとほざいていた男は、独房入りとなった。


「あーぁ。逃げまくりやがって……お陰様で爆遠かったじゃねぇか、くそったれ。一生そこでテメーの部屋の隅っこでも支配してろ」


口悪く言い放ち、独房に中指を立てる青年に、見張り兵の少年はいつになく緊張していた。

それは長いこと組んで来た相棒の見張り兵も同じようで、普段は気の抜けた彼がすっくと背筋を伸ばして立っている。しゃんとすれば自分よりも背が高く、くやしいな、とどうでもいい思考が一瞬緊張の隙間をよぎった。


チラリと、青年を見やる。

今回の事件……下級階層といえど、凶悪犯の犯行故に上から担当の人間が派遣されるという話は聞いていた。

聞いていたのだが。

まさか、自分があこがれる、否、この都市の誰もがあこがれるような人が来るとは……

独房に背を向けてこちらに歩いてきた青年にハッとし、見張り兵達は大慌てで思考を中断し視線を戻すと、おそらくここ数日では一番の敬礼をした。


「お疲れ様であります!」


「ん、おー、お疲れさん」


自分の腹から出した声とは対照的な気の抜けた声に、しかし彼は青年に対しより一層の緊張を示して返す。

と同時に、盗み見するまでもなく目の前にいる青年を見る機会を獲得した。


年は自分よりは上だろうか。

赤が混じった黒髪に、袖の短いジャケットを羽織っている。

そして手の甲から肘、足の甲から膝にかけて、スチームパンクというのだろうか、機械仕掛けの手甲脚甲を付けている。


……と。

そこまで観察したところで、上の階層の人の前で堂々と下を向いてよそ見をしていることに気がつき、焦って顔を上げる。

目が合い、さらに焦った。

青年がこちらを、訝しげに見ていた。


(拙い……)


冷や汗を伝わせて、緊張のあまり乾いた口を開いて弁明しようとした。

しかし。


「あー、いいから」


「え?」


手をひらひらと振る青年に、とっさのことで中途半端な声をあげてしまう。

そんな自分の声にさらにしまったと思い、次の言葉を必死に模索する。

だがその前に、手がつき付けられた。


「その、かしこまった感じ。いらねぇよ」


青年は気だるく言い放った。


「俺たちは同じ飼い主に尻尾ふる犬だ。かしこまる必要なんざどこにもねぇ」


「……は、はぁ」


目上の人間に言い返せず、またもあいまいな返答を余儀なくされた見張り兵は、困ったように敬礼を歪めることしかできなかった。

青年はそんな見張り兵を一瞥すると、また怪訝な表情をするものの、

「んじゃあな」と一言残して、くるりと背を向けて出口へと向かって行った。

その姿を呆然と見送り……ほどなくして、少年は漸く緊張が解けた。

死ぬかと思った。

自分の短い警備兵生活に終止符が打たれると、本気で思った瞬間である。


「お前、バカだろ」


しゃがみ込みそうな脱力感に襲われていると、頭上から声がかかった。

ムッとして立ち上がる。

お前に言われたくない。


「……変わってるな」


そちらを見ても気付きもせずに、相棒の見張り兵が青年を見ながら続けた。

彼もまた緊張が解けたようで、先ほどの模範のような姿勢はどこへやら、いつもの気の抜けた間抜け面に戻っている。

そんな彼をお返しに視線で叱咤して、少年は青年の背中を見やる。


「――"カーストセーバー"ってのは、みんなあれが普通なのかね」


カーストセーバー。

この都市の中央にそびえたつ巨大な柱の上に広がる中級階層。

そしてそのさらに上、柱の頂にある城、上級階層。

それらを守る、最高の兵士たち。

この都市に暮らす者ならだれもが知っている存在だ。


「……どうなのかな。」


彼のさして考えもせずに放った疑問に、しかし少年は疑問の言葉を返した。

カーストセーバーはみんなあれが「普通」なのか。

本当に彼の言っている事がその通りであったとして、はたして少年には1つの疑問が生まれることになった。

本当に青年が相棒の言う「普通」なのであればなぜ。


「……なんであんなに、悔しそうなんだろう」


その背中が背負う何かを、少年はそう形容した。

はじめましての方ははじめまして、じむと申します。

どうぞよろしくお願いします

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