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第二体育館2

 ちくしょう、体育館から戻ってきたら覚えておけよ。

 カメラの起動を確認しながら、先へ進む。

ここに長く留まって、ノボルとココネが妥協して扉を開けてくれるのを待つよりも、作業を早く終わらせて、出してもらう方がよっぽど早い。

 額から噴き出る冷たい汗を拭いながら、一歩ずつ踏みしめる。

 真っ暗な中を歩かされるものだと思っていたが、薄暗い照明がついていて、ライトなどを使う必要性はなさそうだった。

 男子、女子更衣室が並ぶ廊下を進んでいくとさらに階段があり、そこを降りて、体育館前の扉へ辿りつく。後は一番奥、舞台の上から写真を数枚撮ればいいだけだ。

 すぐ終わる。何も起こらない。

 ……なのにどうして、体育館の中から音が聞こえるんだ。

 ボールが弾む音だろうか。

 まさか、ポルターガイスト?

 一人になった時に出てしまう悪い癖だ。周りに誰もいないと、妄想が膨らんでいく。


――悪い子の写真にはこういうのが映っちゃうんだぞぉ?

――う、うつっちゃうと、どうなるの?

――一人のときに、どこからともなくグワっと手が伸びて、地獄の底へ引きずりこんじゃうんだってさ。


……幼い頃、母がしつけのために言い放った冗談が体現されたかのように。

「もう、勘弁してくれよ」

 自然と弱音がでてしまう。否、声を出さないと妄想に歯止めをかけることができなかった。声を出さないと今、自分が現実の世界に生きていることを忘れてしまいそうになった。

「現実なんだ。そうそう、おかしな出来事になんて会うわけがない!」

ようやく絞りだすように出した声がまさか震え声になるなんて思わなかった。あまりにも、弱弱しくて、情けない気持ちになる。

 ……ココネの小説を読んで、物語を創ることから逃げた自分がフラッシュバックする。

 ノボルに手渡されたカメラを強く握り締めながら、息を深く吐く。

 ここまで来たらヤケクソだ。もう、なりふり構わずやってやるしかない。自暴自棄かもしれないけれど、後は身を任せる。

 カメラを握り締めて、体育館の扉を開けて、突撃した。

「うぉりゃあああああああ!」

 だけど、体育館に入ってカメラをすぐに構えた瞬間、足が止まった。ディスプレイには、長身の女の子が映っていた。

 彼女は、その長身からは想像できないような低いドリブルをして、ゴールへ走る。そして、宙でボールを片手掴みにして、一歩、二歩のステップで、大きく飛び上がる。

 その姿はまるで、宙を歩いているようだった。大きく飛び上がった彼女は、風に乗って飛んでいるかのように気持ちよさそうな表情をしながら、ゴールにボールを直接叩きこむ。

 クラスメイトのミヤビだった。

 まるで、優雅に羽ばたく鶴のようだった。

 ミヤビは、ゴールリングから手を話し、フワっと柔らかく着地して、ようやくこちらの視線に気付くと怪訝の表情を浮かべた。

「ソウマ、こんなところで何してんの?」

「そ、それはこっちの台詞だ」

「見ればわかるでしょ? バスケの練習してたのよ」

「んなこと言っても、最終下校時刻はもう過ぎてるだろ?」

「だから、隠れて練習してるの」

 ミヤビは指の上にバスケットボールを乗せながら、叩いて、クルクルとボールを回転させる。平然とそれをやってのけているから、簡単なように見えるが、実際にやってみると難しいことがわかる。バスケットボールに触り慣れてない人は、まず、回転するボールを指に乗せることができない。大抵、ボールが暴れて、指の上から逃げてしまうからだ。

 ミヤビは、ボールを受け止めると、下から放り投げるようにボールをこちらに投げてきた。

 ソウマは慌ててカメラをしまいながら、片手でボールを受けた。女子の割に力強く、危うく手首を痛めるところだった。

「何すんだよ!」

「これくらいで不機嫌にならないでよ、男なんでしょ?」

 呆れたように肩を竦めた後、ミヤビは静かに膝を曲げて、守りの姿勢を取った。その背後には、バスケットゴールがある。

 その様子を見れば、ミヤビが『攻めてきなさい』と誘ってきているのは明白だった。ここで、返事をするのは野暮だ。

 ボールを両手でもって、ぶら下げる。

 途端に、ミヤビは女性とは思えない反射神経と速さで、ソウマとの距離を詰めた。動こうとする前には、すでにミヤビが、手が届く距離に立っていた。しかも、こちらが身構える前にすでボールに向かって手を伸ばしている。ソウマはとっさに半身になって、肩幅でミヤビからボールを離した。

「アンタ、バスケの経験は?」

「本格的にやったことはない」

「それにしては、うまいじゃん。私からボールを守るなんてさ。軟弱にしては上出来よ」

「褒めてるの? けなしてるの?」

 ミヤビが喋っているスキをついて、ソウマは彼女の脇へ切り込む。バスケを本格的にやったことはないが、中学時代のとき、美少女だったココネと、何度も一ON一をしていたから、全くの素人よりは上手い自信がある。

長身のミヤビの脇を抜けて、すぐそこにリングがある。後は勢いに任せて、飛び上がり、リングに向かって手を伸ばそうとした。そのとき、背後から細くしなやかな指先で、バスケットボールを弾かれる。背後ではミヤビが涼しい表情をしながら、フフンと鼻を鳴らした。

「男って、本当に弱いわね」

 皮肉たっぷりに、言い返してボールを拾う。口調にも棘があり、心に容赦なくチクチクと突き刺さる。生身の肉体に刺さっていたら、きっと悶え苦しみながら死んでいたかもしれない痛みだった。

 それにも関わらず、ミヤビを怒ることができなかったのは、彼女が今朝のような軽蔑の混じった笑みではなく、見惚れてしまうほど綺麗な笑みを浮かべていたからだ。

「ミヤビってそういう笑い方もできるんだな。もっとムスっとしている奴だと思ってた」

「アンタは私をどういう人間だと思ってるのよ」

「お前、今日の朝だって、怒ってただろ? オレのせいだとは思うけどさ」

「と、当然でしょ!? だ、だって、わ、私をバカにしたんでしょ!?」

「なんでそうなるんだよ!?」

「だって、私、男みたいでしょ? 身長高いし、筋肉あるし……だから、女の子っぽいサエカ先生の写真投げつけられたん……でしょ?」

 彼女が怒られた時の子どものように上目遣いでこちらの様子を伺った。そこにある無邪気さというか、純心さにめまいを起こしそうになった。

「あれは、ちょっとした事故だったんだ。からかうつもりなんてなかったんだよ」

「……本当?」

「当たり前だ。バスケを本気でやっている奴をバカになんてしない……するもんか」

 ……そもそも、バカにするような立ち場じゃないんだ。

「わ、私のオフェンス!」

「そうだったな」

彼女にボールを投げたと同時に姿勢を低くして、抜かれないようにする。

「オレは、お前に軽蔑されたくなかったんだ」

「い、いきなり何?」

「オレは打ち込めるものがないから、お前に笑われると、すごい惨めな気持ちになるんだ」

「好きなこととかはないの?」

「……挫折したんだ。どんなにがんばっても、ダメになるばっかりだったから」

「今も、それは好き?」

「好きだ」

 ミヤビはクスっと笑った。

「だったら、軽蔑しない。好きなものがあるなら、ダメになっても続ければいいのよ」

ミヤビは、ボールを守りながらジリジリとゴールへ詰め寄っていく戦略をとった。

こうされてしまうと、身長さがあるから反撃することができない。

「自分が好きで続けているとことを失敗している自分も含めて、誇りを持てばいいと思う」

彼女に背中で押された。抜かれないように守っているはずなのに、瞬きをした頃にはゴールリングの近くまで、押しこまれていた。

「私は自分に誇りを持っているだけよ。この身長も、筋肉も、技術もみんな私の誇りよ」

ミヤビはボールを持って、シュートの体制に入った。これも男顔負けの綺麗なワンハンドジャンプショット。慌てて、飛び上がってブロックに入ろうとしてもミヤビの身長のせいで届かない。それだけじゃなく彼女は後ろに傾斜するように飛んで、ブロックを外すように飛んでいた。筋力とバランス感覚、距離感がより重要になる、フェイダウェイシュートだった。

だから、悪あがきに彼女の顔を隠すように手を伸ばした。

大きな山なりの軌道を描くボールは、オレが伸ばす手の遥か上を通過する。ミヤビの体が落下するのに合わせて、オレの体も落下する。

ところが、着地のことを考えずにミヤビのシュートをブロックしようとしていたため、後ろに飛んだ彼女に付いて行くように、身体が前のめりになっていた。

 身体は、ミヤビを覆いかぶさるように落下した。

 二人で一緒に床に崩れて行くとき、背後で、ゴールリングがガコン、と鈍い音を立てるのが聞こえた。

 奇跡的にシュートは外れた……が、背筋に悪寒が走った。大きく弾かれるはずのボールがこちらに向かって落下してきたからだ。

 ボールの軌道は、まるで磁石に吸い寄せられるように歪だった。

「危ない!」

「え? 何、え? ぁ、やっ――」

 とっさにミヤビの頭を保護するように、彼女の上に乗って抱き締める。

ドン、という音と同時に、オレの肩に衝撃が走った。

ゴールリングに弾かれたボールが、落ちてきたからだ。

 でも、落ちてくると表現するには、あまりにもボールの勢いが強かった。まるで、誰かが高いところからボールを叩きつけてきたかのようだった。

 ――ジャマヲスルナ。

 どこからか、唸り声のような震える声が聞こえたような気がした。


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