東雲ナオト2
「東雲ナオト、創生高校二年。学校からちょっと歩いたところにある神社の跡継ぎだ。気になるのは、春休み母親を亡くしている。どうやらそこからおかしくなったらしい」
「おかしくなったって?」
「悪口のつもりで言うんじゃないけどちょっと、中二病が入っているみたいなんだ」
「……中二病? ごっこ遊びの延長みたいなものか?」
「厳密に言うと違う。ここでは自分の世界に浸ってると考えてくれ。中二病はいいぞ?」
ノボルは情報を読み上げると、手帳を閉じた。どうやら手帳にはいろいろな生徒の情報が入っているらしく、覗きこもうとすると、とっさに彼は手帳を閉じた。
ため息を漏らしながら、自分の首に手を伸ばす。そこにはつるつるした首輪がついていた。糸が伸びていて、ノボルが手に握り締める糸につながっている。
「オレは犬かよ! 早くこれを外せ!」
「安心しろ、やることすべてやったら、ちゃんと解放してやるから」
「その台詞、女子に言ってみな? ドンビキされるか、反応が腐ってるから」
悪あがきに悪態をついてはみるものの、ノボルはニコニコ笑って受け流すだけ。結局、ペットのように首輪をつながれながら、神社へ向かうことになった。
人が通りかかるたびに、危ない物をみるような眼差しを向けられ、ときに、小学生が面白いものを見つけたように群がる。十分程度の距離なのに、一時間歩かされているようだった。
神社前の石階段に辿りつく頃には空は薄暗くなりつつあった。このまま、学校へ戻らなければならないのかと思うと、憂鬱な気持ちになる。だけど、憂鬱にさせるのはそれだけではなかった。神社から、「きぇえええええええ」と、奇声が漏れ聞こえてくるのだ。
危険なものが上にいるのではないだろうか、と心底心配になってくる。そんな気持ちを察したのか、ノボルはこっちを向いて「大丈夫だ」と微笑みかけてくれた。
もし、女の子として生まれていたなら、一発で恋に落ちてしまうところだった。
……一体オレは何を考えているのだろう。
我に返り、自分の顔を思いきり叩いた後、率先して階段を上る。先延ばししたい気分もあるが、ナオトを学校へ連れてくることができれば、サエカとデートをすることができる。多少イヤなことだって我慢できるはずだ。
階段を上りきり、目の前にある鳥居をくぐり抜けた。
そこで目に飛び込んできたのは、やはり巫女服の女の子、ナオトだった。
「きぃぃぃぇぁぁぁあああああ!」
あまりにも大きな声で叫ばれたので、思わず悲鳴をあげて尻もちをついてしまった。女の子の奇声に劣らない気味の悪い声だと、我ながら思ってしまったのが悲しい。
涙目になりながらもゆっくりと起き上がり、尻についた砂利を払う。
それでも、ナオトはこちらに興味を示すことなく、一心に奇声をあげながら、踊っていた。
突然脚を広げたかと思うと、粗ぶる鷹のポーズをとったり。
あまりにも珍妙で見栄えの悪い踊りだった。
「見ろ、もうすぐスクープショットが取れるぞ。その目をかっぽじっとよく見ておけ」
オレは、彼女の様子を観察する。最初は違和感しか感じられなかったダンスも、少し時間が経過すると見慣れてくるもので、精神てきな余裕ができる。
ナオトは額に汗を伝わせ、奇声をあげながら、ある物の周りをグルグルと周る。
小さな女の子の憧れ、ミカちゃん人形。
彼女はその人形とにらめっこし、そっと手を翳す。
そのとき、ふと視界の隅にもう一人、学校の制服を着た女の子が目に入った。彼女はナオトを見つめながら、狗神の像に背を預けてしゃがみ込んでいた。
「わあああああすごおおおおい!」
制服姿の女の子は、ナオトの珍妙な踊りと奇声に楽しそうに拍手をした。
というか、ココネだった。
「お前、こんなところで何してんの?」
声をかけると、彼女はピクンと肩を飛び上がらせて、頭を背もたれにしていた狗神像にぶつけた。軽く涙目になりながら、彼女は驚いたようにこちらを見つめる。
「ソウちゃん!? なんで、こんなところにいるの?」
驚いたにしてはあまりにも棒読みな台詞。
「お前こそ、原稿の締め切り間近だろ? なんでこんなところにいるんだ?」
「え、えっと……な、なんとなく?」
ウソだ、ココネの左右に泳ぐ目がそう言っている。
「さては、お前、オレがサエカ先生と会話してたとき、タヌキ寝入りしていたな」
ココネは「テヘペロ」といいながら、小さな舌を出す。その下をつまんで引っ張ってやろうとして、手を伸ばすと、ココネは動物的な直感で、さっと回避してみせた。
「だって、面白そうだったんだもん。ノケものにするのよくない!」
「そうだぞ、ノケものよくない……ほら、きたああああ!」
カメラを構えた、ノボルは声を張り上げると同時にカメラのシャッターボタンを連打した。向き直ると、ヘトヘトになって、その場に女の子座りするナオトの姿があった。精根尽きたような彼女の服ははだけにはだけ、真っ白な首筋から肩、胸は上乳まで、男としては見逃せない絶景が広がっていた。
ノボルは、興奮気味に、浅い呼吸を繰り返すと、今度は高笑いを初めてこちらにカメラを向けた。そこには、実物でみたよりも、艶めかしく見える、ノボルの撮影技術の妙があった。
「な、ソウマ、オレが言ったこと、理解できただろ?」
「……あぁ、なるほど、これが中二病って奴なのか。全く。最高だぜ」
「ソウちゃん、鼻の穴が大きくなってるよ?」
ココネを無視して、ノボルのカメラのメモリーを抜き取ろうと目論んだが、失敗した。
とはいえども、片手間に喜ぶことはできない。こういう傾向のキャラクターをした女の子を現実で見るのは全く以て初めてだ。正直どう、話しを持っていけばいいのかわからない。普段なら、きっと目を合わせないようにそそくさと通り過ぎているだろう。
それなのに、その怪しい動きを見つめてしまうのは、彼女が必死な表情をしていたからだ。
彼女の踊りにどんな意味があるかわからないが、がんばっていることだけは伝わった。
数年前の自分も同じように、必死になって物語を書いていたのだから。
ぼんやりと見つめていると、脇からひょっこりとココネが顔を出した。
「悩んでもしょうがないよソウちゃん! 適当に話しかけて、早くご飯食べよう!」
「お前の都合に合わさせようとするな」
でも、確かに、ココネの言う通りだ。ここで、動かなかったら、サエカとのデートは夢のまた夢。もしかしたら、元々の約束であるムギューすらできなくなるかもしれない。
声をかけるという意味なら、チャンスは今だ。どう話しを運ぶかは、流れに任せればいい。
「ソウマ、別に、今日だけで説得しなくちゃいけないわけじゃないんだろ? 今日はお前のイケメン度をアピールする程度でいいんじゃね?」
「イケメン度って? どうすりゃぁいいんだ?」
「そうだな……サエカ先生を口説くつもりでやれ!」
「なるほど、了解した」
ためになるアドバイスを貰ったところで、ヘトヘトになっているナオトに声をかけた。
「……お前が東雲ナオトだな?」
「は、はぁい~私が東雲ナオトですぅ」
ナオトは目を回しながらも、なんとかこちらの言葉に返事をした。
「大丈夫か? とりあえず、スポーツドリンクあるけど、飲む?」
「く、くだひゃい」
やれやれと思いながら、スポーツドリンクの蓋をあける。
「で、どうする? 口移しする?」
「は、はぁい~ふぇ?」
首を傾げるナオトの様子が次第に落ちついたものになる。彼女の視点の照準はゆっくりとオレに合わさった。呆然とこちらを見つめた後、ナオトは自分の乱れた服装を確認する。
彼女の目が大きく見開かれ、茜空でも、わかるくらい顔が赤く染まった。
「や、やぁああああああああああああああ!」
ナオトの甲高い悲鳴と同時に、勢いよく突き飛ばされた。その力は女性らしかなぬ凄まじいもので、鳥居の柱に叩きつけられた。
泣きごと一つ言うことができないほどに痛かった。
当の加害者である、ナオトは人見知りの激しい子どものように物がけに隠れながらじっとこちらを見つめていた。どうやら、恥ずかしい行為をしていたという自覚はあるらしい。
後ろを振り返る。
ナオトとのやりとりを見守っていた、ココネとノボルが肩をすくませたり、額に手を当ててうなだれていた。
……なんで、やらかしちゃったな、お前? みたいな表情されてるの?
小首を傾げてると、そこでようやく二人がこちらへ歩み寄って、ヒソヒソと言った。
『どんびきだぜ(よ)お前』
「なんでだよ、イケメン度マックスだったろ!?」
ココネとノボルが一度顔を合わせた後、珍妙な面持ちで、再度こちらに視線を向けた。
「お前、マジで言ってるのか?」
「オエオエだったよ、ソウちゃん。サエカ先生も、裸足で逃げちゃうよ!」
「ソウマ、ショックだからって近くの小石を積み上げるのはやめろ。ナオトちゃんが、幽霊でも見ているかのように怯えているぞ」
「もう、しょうがないなぁ。私が声をかけてくるよぉ。お腹すいたし」
ココネが溜息を漏らしながら、前にでた。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは……」
ナオトは、ココネの元気な声に押されて、挨拶を返した。やはり、女性がいると少しだけ警戒が解けるらしい。
「私、ココネっていうの」
「わ、私はナオトですぅ……」
「ナオトちゃんか、良かったら一緒にお話ししない?」
ナオトは、訝しげな表情でココネを見つめた。否、その視線の焦点はココネを超えて、ソウマに合わさっていた。
「なんで、オレが変な目で見られなくちゃいけないんだよ」
「ソウちゃんが、口移しとか言うからでしょ?」
ココネが頬を膨らませると、物陰に隠れているナオトがクスクスと笑った、ココネがナオトに向き直ると、ナオトは息を殺すように物陰に隠れてしまった。
「ナオトちゃん大丈夫よ、怒ってないから!」
ナオトは再び物陰から出る。
この小動物、可愛い過ぎる
「みなさんは、その……見てしまいましたか、私がさっきやってたものを」
「まぁ、途中からだけどな」
ソウマが答えると、やっぱりぃ、と言わんばかりにナオトは肩を落とす。
「私のこと、変な奴って思ったでしょ?」
「オレは別に、そんなこと思ってないよ」
「ウソです! だって、鳥居に隠れて、あなたの仲間がカメラ構えてるじゃないですか! そうやって写真にとって、ネタにしようとしてるじゃないですか!」
ナオトの視線を追いかけた先でノボルが満面の笑みで、カメラを構えていた。なおさら、こちらの印象が悪くなっていく。
だけど、ココネは全然気にする様子もなく、一歩ずつナオトと距離を詰めて行く。
「別に、変な奴なんて思ってないよ! むしろ、かっこよかったよ!」
「へ?」
「本当だよ? それに、ナオトちゃんだって何か理由や目的があって踊ってたんでしょ?」
「へ、へへ。そうかなぁ?」
少しずつ頬が緩むナオトにココネは何度も頷いてみせる。
「そうだよぉ、だからさ、お話ししよ?」
ココネは、「タッチ!」といいながら、ナオトの体に抱きついた。それに気付いた、ナオトは「あ」と声を漏らして、振り払おうとした。だけど、ココネは一度くっつくと簡単には離れない。ついには、ニコニコと笑いながらナオトを物陰から引きずり出してしまった。乱れた服はそのままに、ナオトはクスンクスンと啜り泣きながら、地面にペタンと座り込む。
「で、さっきは何をやってたんだ?」
ソウマが尋ねた途端、ナオトのお腹がぎゅうううううとなった。
「……お腹がすいて喋れないです」
「今、喋ってるじゃねえか!」
「ソウちゃん! ナオトちゃんは私と違っていじめられ慣れてないんだからね!」
身を縮めたナオトを庇うように、ココネが頬を膨らませた。
それにしても、虐められ慣れてないとはなんだ。まるで、毎日のように、ココネを虐めているみたいな口ぶりだ。ココネの裸を見て、欲情しなかったり。とりあえず、黙らせるために、口の中にパンをぎゅうぎゅう押しこんだり。拳骨で、床に沈没させたり。
ココネが楽しみと言ってくれる物語の続きを書く努力すらしていなかったり。
……虐めていたのか。
身に覚えがあることが多すぎて、恥ずかしい気持ちになる。
ごまかすために鞄からコッペパンと、スポーツドリンクを取り出した。ナオトは涎を垂らしながら、コッペパンとスポーツドリンクを物欲しげに、見つめていた。
だから、なんとなく、オレはスポーツドリンクを飲む素振りをした。
ナオトは切ない表情を見せた。
可愛い。
そんなことを思った瞬間、脳天にココネの拳骨が降りてきた。すっかり忘れていたが、ココネは今ではただの干物だがもとは、文武両道の美少女だ。拳骨だってとても強い。
頬を剥れさせたココネにスポーツドリンクと、コッペパンを取られた。
「どうぞ、ナオトちゃん」
ココネに差し出されたスポーツドリンクに飛びついたナオトは水のようにがぼがぼ飲むと、コッペパンの袋を開けて、かぶりついた。猛獣のような激しい食べっぷりだ。
完食して、満足げな彼女はお腹をさすった後、「ごちそうさま」と手を合わせる。
そして会釈をした彼女は何事も無かったかのように、家に向かって走り出した。
言うまでもなく全力で追いかけ、ナオトの首根っこを掴み上げた。
あまりに自然な流れで、危うく彼女を逃がしてしまうところだった。
ナオトは足をばたつかせていたが、しばらくすると、息があがって、無抵抗になった。
試しにナオトを放してみたが、彼女はくたびれきって、ペタンと石畳の上に座り込むことしかできなかった。観念したのか、彼女は呼吸を整えた後も、逃げ出すことはなかった。
「……煮るなり、焼くなり、砂糖を振りかけるなり、舐めるなり、食べるなり好きにしてくだしゃい。あ、でもまだ寒いから全裸だけは勘弁してください」
「オレ達を変態のように扱うな。オレ達はただ、キミと話をしたいだけなんだ」
変態のように扱われているのはお前だけだ、とココネとノボルに横やりを入れられたが、それは無視だ。
「お話しですか?」
小首を傾げるナオトに、オレは事情を説明した。
オレ達と、ナオトはクラスメイトの関係であること。担任のサエカが、ナオトの出席日数が危ないと言っていたから、ナオトに声をかけにきたということ。
ナオトは、その話しに静かに耳を傾けながら頷いたが、その表情は次第に曇っていく。わかってはいたが、やはり学校への登校には難色を示していた。
「声をかけてくれて、ありがとうございます。でも、まだちょっといけそうにありません。あの娘を眠らせて上げなくちゃいけないから」
「あの娘?」
ココネが尋ねると、彼女は石畳に置かれた、人形に視線を向ける。さっきもみたミカちゃん人形だ。小さい頃、サエカに家に遊びにいったとき見せてもらったのを覚えている。今はどうかわからないが、当時は小さな女の子には、憧れのような存在だったらしい。
ナオトはミカちゃん人形を抱きあげると、人形の頬を一度撫でる。そのとき、ほんの一瞬だけだけど、人形の髪が風に吹かれたように靡いたような気がした。
「このミカちゃん人形には、亡くなった女の子の残留思念、『穢れ』が入っています。その魂を浄化してあげなくちゃいけないんです」
「じょ、浄化って、テレビとかでやってる、お祓いみたいなものか?」
「……やっぱり、頭おかしい子に見えますよね。すみません、今のは忘れてください!」
ナオトは、顔を真っ赤に染めると、瞼をキュッと閉じながら家に向かって全力疾走する。
言うまでも無く、ソウマは全力で追いかけて、彼女の首根っこを掴んだ。そしてじたばたする彼女を引きずりながら、元の位置に戻す。
「放してくださあああああああああい! 私なんて変な奴にしか見えないんでしょ?」
「だからって逃げていいとは言ってないぞ?」
あう、とあざとく唸りながらナオトは再びその場に女の子座りをする。今度こそ、本当に観念したらしい。彼女は腫れぼったい眼をこすりながら、言い訳をするように語った。
「私、小さい頃からその『穢れ』が視えて、友達とかに変な奴って視られてるんです。だから、みなさんも、私のことを変な奴って思ってるんです!」
「まぁ、正直、あの踊りはないなと思ったわ」
目に涙を溜めるナオトを見た、ココネにたしなめられた。
「ちょっとソウちゃん、いくらモテない君でも、その言い方はあんまりだよ!」
「オレは、ウソをつかないんだよ」
ココネが訝しげな表情でこちらを見つめた。
……悪かったよ、今の発言がウソだったよ。
気持ち改め、ナオトの前に胡坐を掻いて座った。
人と真面目な話をするときは目線を合わせろ、と小さい頃にサエカに言われ続けたのが染みついたのかもしれない。
「確かに、お前は正直言って変な奴だ。でも、オレは変な奴だって思わない」
「矛盾じゃないですか……それ。無理に元気づけないで」
溢れそうになった涙を服で拭いながら、ナオトがこちらを見つめた。だけど、彼女の目からまた涙が溢れそうになっていた。
とても泣き虫な女の子。
ふと、そんな彼女の姿が、中学生のとき、一緒に過ごした女の子と重なった。
「お前の踊りはわけわかんないし。『穢れ』とか言われても、やっぱりわからない。でもさ、お前がふざけたり、迷惑かけたり、しているわけじゃないってのはわかるんだ! どんな理由であれ、一生懸命になっている奴をオレは変な奴なんて思わない!」
中学生のとき、家に籠った女の子に接した時と同じように、ナオトのはだけた肩を掴んだ。
「もし、お前が変な奴だと視られていることが不安なら、オレのところに来い! 少なくとも、ここにいるメンツはお前のことを避けたりはしない!」
ナオトの目に溜まった涙が雫のように頬をつたった。それがシミのような模様を描き、彼女の微笑む姿を際立てる。
「嬉しい……一生懸命やってるって、言われたの、初めてです」
「こんな言葉で、喜んでくれるならいくらだって言ってやるさ。学校でな」
「私、早く学校に行きたくなりました」
「うんうん、じゃぁ――」
「でも、ごめんさい、私、まだ学校に行くわけにはいかないんです」
コケてしまいそうなるのをかろうじて堪えた。
……え、今って、ナオトが頬を赤らめて、「う、うん」と言う場面じゃないの?
それで、ヒロインと肩を並べる嫁候補になるんじゃないの?
なぁ? と、小説書きのココネに視線を送ると、彼女はよくやった、と言わんばかりに目を輝かせながら、メモ帳に色々書きこんでいた。ココネが書く物語のギャグパートに起用されるのは間違いないだろう。きっと。
気を取り直して、ナオトの話に耳を傾ける。
「この神社は家族代々巫女の家系で。人や物、場所に生まれた『穢れ』を払うことを生業にしているんです。その血が私にも流れているから……」
「ミカちゃん人形に入っている、穢れとやらを浄化しないといけない?」
ナオトがコクコクと頷く。
「でも、私は、巫女の力が弱いから、浄化するのに時間がかかるんです。だからもうしばらく、学校には行けそうにありません。失礼させていただきます」
ナオトは人形を抱えながら立ち上がると、ゆっくりと歩きながら自宅へ向かった。
……と、思ったら、足を止めて一度こちらに戻ってきた。そして、懐から一枚のお札を取り出して、ソウマに差し出す。
「これ、亡くなった母が書いたお札です。お礼の代わりですが、どうぞ」
勢いに押されて受け取ると、彼女は再び家に向かって歩き出した。
思わず腕を組んで考え込んでしまった。
ナオトはきっと真剣に、『穢れ』という存在の浄化を一人のプロとして努めている。
とはいえども、話しの内容が突飛すぎてとても信じがたい。
テレビ番組でも、夏や冬の季節になると恐怖映像や、心霊写真公開の特番をやっていることがある。でも、そのほとんどに作り物臭さがある。特に恐怖映像なんかは、あくまで『映像』と称しているだけというところがミソで、映像の内容がやけに芝居がかっている。ボロボロの廃墟を探索しているときに、「床が抜けているぞ」とか言って、その映像の最後で床の下から幽霊がでてきたりとか。
それは置いておいても、信じる気にはなれなかった……というより、信じたくない。
小さい頃の、トラウマが蘇る。
三歳になった頃の話だ。
心霊写真や、ホラー映画、都市伝説などが好きだったオレの母は、半分ふざけて、当時のオレに心霊写真の番組を見せたのだ。それは、背後に誰もいないはずなのに、男の子の肩に手が掛っているという心霊写真で、当時、戦慄した恐怖を植え付けるものだった。
「悪い子の写真にはこういうのが映っちゃうんだぞぉ?」
「う、うつっちゃうと、どうなるの?」
「一人のときに、どこからともなくグワっと手が伸びて、地獄の底へ引きずりこんじゃうんだってさ」
その一言は、三歳児にさまざまな妄想をさせた。身体を掴まれて、どんどん沈められていくイメージ、助けを読んでも誰も来てくれないという恐怖。
目に涙を溜めるには十分だった。
「だから、良い子にしなくちゃだめなのよ?」
「うん、良い子になるよ!」
当時のオレは、母の教えを忠実に守った。それだけなら、良かった。
それなのに、母はとんでもないことをしでかした。
家族で写真を撮ったとき、何を血迷ったのか、母は自分の手をソウマの背後に伸ばし、心霊写真の真似をしたのである。
現像された写真を見た瞬間、三歳のソウマは大声を張り上げて泣いた。一人になったら、地獄へ引きずりこまれると思っていたから。いつでも、誰かの側にいないと不安で、誰もいなくなると泣いてしまったのだった。
改めて思い出すだけで、叫び声を上げたくなってしまう。
「ソウちゃん、どうしたの?」
「え? あ、いや何でもない」
咳払いをして気持ちを切り替える。
ナオトはどこまで、本気で言っているのだろう。穢れとか、浄化とかファンタジーな用語ばかりが出てくるから真意を測るのが難しい。
わかるのは、彼女が真剣に浄化という行為に取り組んでいることだけだった。
空を見上げる。
焼けるような茜空は藍色に染まり、神社の外に見える街灯がチカチカと点滅している。
「じゃぁ、オレ達もそろそろ帰るか。腹減ったし」
「ご飯だぁ! ソウちゃん、今日のご飯は決まってる?」
「なんで、お前に料理作ること前提なんだよ」
「私、パスタが食べたい!」
どうやら、ココネの料理を作らされるらしい。彼女の瞳は街灯に負けないくらいキラキラと輝いている。この眼差しを向けられると、どうしてだろう。断り切れなくなってしまう。
「……しょうがないなぁ、じゃぁ、スーパーで買い物だな……手伝えよ?」
「えぇ、だって、私食べる専門だもん」
ウソだ。ココネが美少女中学生だったとき、家庭科の授業で一級品の味付けの料理を男子にふるまっていたのを覚えている。それで、男子が密かにやっていた『オレの嫁ランキング冬』で、圧倒的得票率で一位を獲得していたのをよく覚えている。
「とにかく、買い物くらいは付き合えよ」
「はぁい」
そうして、ココネと並びながら、鳥居へ向かって歩き出す……が、これで今日の慌ただしい一日が終わるわけがなかった。
突然首を何かに引っ張られて、ソウマは仰向けに転ばされた。慌てて、首元を抑えると、つるつるとした感触がする。
首輪だった。
紐がつながっており、辿って行くと、不適な笑みを浮かべるノボルの姿があった。
「ソウマくん、キミは何か大事なことを忘れていないかな?」
心臓が飛び上がり、背中に悪寒が走るのがすぐにわかった。ノボルの言う通りだった。オレはとても大事なことを忘れていた。否、できれば忘れたままでいたかった。
「ん、ソウちゃん、何か忘れ物したの?」
ココネが首を傾げると、ノボルがさらに楽しそうに引き笑いをした。
「ソウマくんはね、これからオレと一緒に学校の心霊スポットを検証しにいくんだよねぇ」
「心霊スポット?」
……ココネに好奇心を持たせるのはまずい。
危機感を感じたオレは、彼女の気を引くために、パスタの味を何にしようか尋ねようとしたが、それを察知したノボルに紐を全力で引っ張られて阻止された。
ノボルは、ココネの好奇心という炎に、油を注ぐ。
「学校の第二体育館ってあるだろ? あそこには――」
ノボルの話を聞けば聞くほど、ココネの目の輝きの激しさが増していき、その表情も活き活きとしたものになる。
頼む、もうこれ以上ココネに余計なことを吹きこまないでくれ。
そう願ったときにはもう遅かった。ノボルによるココネの洗脳は完了していたのである。
「ソウちゃん、ご飯はコンビニでいいから、学校に行こう!」
「お前、原稿の締め切り近かったんじゃないのかよ!」
「そんなの後だよ、面白いものみて、次の物語の材料にしなくちゃ!」
「よし、じゃぁ、ココネちゃん、共に行こうではないか」
「おー!」
ココネはノボルの煽りに拳を付きたてながら応答する。
「やめろおおおおおおおおおおおおおお!」
悲鳴は虚しく、彼はノボルとココネに両腕を抱えられながら、学校まで引きずられた。