東雲ナオト1
「……それで、お前はサエカ先生の無茶ぶりに付き合わされているのか?」
放課後のカフェテリアにて、首にぶら下げたカメラを弄るノボルに嘲笑われた。
「別に無茶ぶりされたわけじゃない。不登校の生徒を説得するだけだ」
オレはパックのバナナオレをストローで吸い上げながら、一枚の写真をノボルに渡した。
巫女服に身を包んだ女の子だった。肩に掛るくらいの黒髪ストレートで、笑顔映えしそうな、しょうゆ顔をしている。
「へぇ、可愛いじゃん……ていうか、この娘って、神社のナオトちゃんじゃん」
「知ってるのか?」
「知ってるもなにも、クラスメイトだろうが。新学期始ってから、一週間以上経ってるのに覚えていないのかよ」
「新学期なってから、一度も来てないんだから、分からないよ」
「名簿に書いてあるだろうが」
ほら、とノボルがデジタルカメラのディスプレイを見せる。それは、このクラス、二年C組の名簿帳だった。一体どこから、名簿帳を盗み見てきたのかと思うと、恐ろしく感じられた。奴はきっと、こうした小さなことから、相手の情報を収集してくるのかもしれない。
やれやれと、ため息をもらしながら、ノボルは鞄からおにぎりを取り出した。
「ソウマ、半分食べるか?」
「腹は減ってない」
「こういうときは、黙って受け取るのがセオリーってものだろ?」
「……物語の世界ではな」
「いいか、ソウマ。誰かと一緒に飯を食べるって言うのはさ、別に食欲を満たしたいからするわけでも、味を楽しみたいからするわけでもないんだ。それだけなら、別に一人でだって楽しむことはできるだろ?」
「じゃぁ、何のために、誰かと一緒に飯を食べるんだ?」
「決まってるだろ、コミュニケーションのためさ。同じことをするっていうのは、それだけでコミュニケーションの意味があるんだ」
ノボルの好意に甘えて、おにぎりを半分受け取った。
塩が一振りされていて、具に到達する前から程良い塩味がする。ご飯も、固めだけど、弾力があって食べ応えがある。
食べ終わるまでの間、何も会話をせず、ぼんやりとカフェテリアを眺めていた。中に人の姿はなく、壁につけられた時計の針の音が聞こえる。時間は六時。しばらくすると、練習着姿の女の子達が、第二体育館から通り過ぎていく。ノボルは、おにぎりを四分の一サイズになったおにぎりを一遍に口に放り込んで、ようやく口を開いた。
「あの娘達、バスケ部だな。こんな時間までよくがんばるよ」
「まぁ、全国出場校だしな」
「でも、その練習場所が第二体育館なんて可哀想だな」
「第二体育館だと何かあるのか?」
尋ねるとノボルが鞄から一冊のアルバムを取り出し、こちらに見せて一枚の写真を差した。
映っていたのは、第二体育館。バドミントン部の練習風景で、容姿の整った女の子がラケットを振っている。これを学校の新聞誌の一面にでも大きく出せば見栄えがあるかもしれない。だけど、その写真に映り込んだ、不気味な存在が写真を使い物にならなくさせた。
黒いモヤのような禍々しいものがタコの脚のように伸びて、女の子の肘や、身体に巻きつこうしていたのだ。
「……合成じゃないよな」
「オレが撮った写真だ、間違いない。これは心霊写真っていう奴だ」
写真をアルバムの中に挟み、ノボルに突き返した。たかだか写真一枚を見ただけなのに、背中に寒気を感じてならない。思わず、誰もいないはずの背後や足もとを確認してしまう。
「ノボル、そろそろ学校出ようぜ。空が茜色に染まってきた」
手際よく荷物をまとめて、席を立つ。
珍妙なものを見るような訝しげな眼差しをノボルに向けられた。
額から噴き出す、冷たい汗をハンカチで拭いながら、ノボルの様子を伺う。
ノボルは目新しい玩具でも見つけたかのように微笑んだ。
「ソウマ、もしかして怖がり?」
「別にそういうわけじゃ――」
「怖がりなんだろ?」
「だから――」
「怖がりだ」
三段活用に呑みこまれ、もはや言い返す言葉は何もない。
そうですとも、怖がりですとも。
それが何か?
小さい頃も周りに人がいるときは、気が大きくなって冷静ぶったりしたけれど、周りに人がいなくなると、急に心細くなって、泣き出して、その度にサエカが顔を出してくれました。
それが何か?
中学生のとき、教科書を忘れて、宿題のために独りで取りに行こうとしたけれど夜の学校が怖かったから、適当な口実でココネを呼び出して一緒に歩いてもらいました。
それが何か?
怖いものは怖いのだからしょうがないじゃないか。
心の叫びも虚しく、ノボルに悟ったような表情で、肩をぽんぽんと叩かれた。
そして、奴は嬉しくてたまらないと言わんばかりに瞳を輝かせなら、こうおっしゃられた。
「少し時間を潰したら、行ってみない? 第二体育館」
「は? お前、何言ってるの? バカじゃないの?」
「バカ? あれ、お前そんな中身のない台詞言う奴だっけ?」
ニヤニヤと笑うノボルから視線を逸らすために、ソウマは彼に背を向けた。人間、余裕を無くすと、どうやら、精神年齢が後退してしまうらしい。本当ならもっと気の利いた台詞を言う事ができるはずなのに、今は単純で中身のない罵詈雑言しか、頭の中に思い浮かばない。
小説を書いていたときもこうだった。
中学のとき、書いた小説を読んでくれる女の子を喜ばせたくて、一生懸命物語を書いた。最初はとても喜んでくれた。だけど、ココネが小説を書き始めて、彼女がその原稿を読むようになってからは、水瀬ソウマ作品を読んでも、愛想笑いしか浮かべなくなってしまった。理由は単純だ、水瀬ソウマ作品を読んでも楽しくないからだ。
それが悔しかったからより面白い作品を書くように努力した。だけど、彼女が思わずクスっと笑うのは、いつもココネの物語を読むときだけだった。
気が付いたときには、書くことが義務のようになっていた。頭の中は枯れた井戸のようになり、しまいにはキーボードに指を乗せることすら苦痛になっていた。
嫌なことを思い出した……ごまかさないと。
「いいぜ、ノボル。行ってやろうじゃないか! その代わり、これから神社に向かうから付き合えよ」
「言ったな? 後悔しないな?」
……勢いで言ったのは良かったが、そう言われた途端、急に心細くなった。
「な、なぁ、やっぱり明日に――」
「さすが、ソウマくんだ。これなら、サエカ先生にもモテモテだな!」
「あ、ちょ、オレちょっと急用思い出したから帰らないと――すまん、また今度な!」
全力で、この場を立ち去ろうとした瞬間、ノボルの筋肉質な腕に掴まれた。
「さぁ、ソウマ、神社のナオトちゃんを訪問したら、学校に戻って第二体育館に入ろうぜ?」
「あ、だ、だから用事がっておい、ちょっと待て、その輪のようなものは何だ!? よ。よせ、いやあああああああああああ」
ノボルに問答無用で、引きずられて行った。