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四話 次の課題

「何でお前まで付いてくるんだよ」


 昼休み、昼食を抱えながら教室を出ると、後ろからひよこのようにココネがくっついてきた。これでは、サエカ先生と二人きりになることができない。こんなチャンスめったにこないというのに。


「だって、学校きてからサエカ先生に、ちゃんと挨拶してないんだもん」

「そんなの、学校終わってからでいいじゃん」

「ソウちゃんが私をノケ者にしようとしてる!」


 この様子だと、ココネの説得が終わる前に、生徒指導室へ辿りついてしまいそうだ。


 イライラする。いつもなら、こんなこと程度でさすがに不快な気分にはならなない。


 腹がたって仕方がないのは、きっとミヤビのせいだ。確かに、写真を見せてしまったのはまずいと思ったが、あのからかい方は酷い。それと、彼女の言動。男をかなり敵対視していた。


 その過剰な反応が少しだけ気になった。


 過剰……その言葉を使う資格が自分にあるのだろうか。

 小説を書くのを辞めたのは、ココネの小説に過剰に反応したからだ。

面白くて、実力の差や、読む人との距離の近さに嫉妬して、物語を書く力を失ったから。


 過剰なんて言葉を使う資格はない。


 そんなことを考えているうちに、生徒指導室へ辿りついた。


 生徒指導室は同じ階にある職員室の側にある。すぐに着くのは無理もない。

 結局、ココネも後ろを付いてきたまま、オレは生徒指導室の扉を開くことになった。中では、サエカ先生がパソコンのディスプレイを見ながら、マウスをカチカチと動かしている。彼女の前には、黒光りするソファーと、テーブルが並べられていた。


「ノックくらいしたら?」

「あ、すみません」

「好きなところに座って」


 オレが軽く頭を下げると、サエカ先生はこちらに視線をむける。やっぱり、色気がある。

 見惚れていると、背後にいたココネに思いっきり蹴られた。勢いに押されたソウマは、ソファの背中にぶつかって綺麗に一回転した後、テーブルに脚をぶつけながら着地した。ココネを睨みつけると、彼女は「ひゅーひゅるるうー」と擬音で口笛の真似をした。


 パソコン画面を見つめていた、サエカが小刻みに震えながらクスクスと笑う。


「なんていうダイナミックな着席してるの」


 サエカ先生の口調はさっきの平淡な雰囲気とはうって代わり、明るくて温かみがある。彼女はスカートを直しながら手を膝に置いて座る。


「約束、ちゃんと守ってくれたんだ」

「サエカに頼まれたんだ。約束はちゃんと守るさ」


 廊下の男子生徒達の喋り声に耳を澄ますと、背後から耳元で囁くような声がした。


「ソウちゃん、なんでサエカ先生と馴れ馴れしいの? ラブなの? 朝チュンなの?」

「その言葉、皆の前で絶対使うなよ?」

「うそ!? ソウちゃん朝チュンなの?」


 ココネを黙らせるために、彼女の脳天にチョップを喰らわせた。彼女は


「はう」と、子どもが使いそうな擬音を使いながら、目に涙を溜めた。


「……サエカは、オレの家の隣に住んでるんだ。昔から知ってるんだよ」


 サエカはうんうんと感慨深く頷く。


「ソウくんが生まれた頃から知ってるの。みんなの前だと全然泣かないんだけど、周りに人が見えなくなると、隣にも丸聞こえなくらい泣き出すの。それでね、裏庭からひょっこり顔を出すと、泣きやんでこっちに寄ってくるんだよ?」

「ソウちゃん可愛い!」

「それでね、お母さんに怒られると、家を飛び出して私の家に上がり込んでね――」

「頼むから、何でもかんでも話さないで!」


 ごまかすために急須に茶の葉を入れて、給湯口からお湯を注ぐ。

サエカはうんうん、とまたしても感慨深く頷いて、手元にある湯飲みを差し出した。


 小さい頃から、やってきたことだ。学校の制服に身を包んだ、サエカが家に顔をだしにきたとき、どうにか彼女の気を惹きたくて率先してお茶を淹れた覚えがある。その行動が積み重なり、自然とお茶を淹れるのが得意になっていた。サエカも気に入ってくれたようで、よく家に顔を出して、お茶を求めるようになった。


 お茶を淹れる様子をじっと眺めていたココネが「あぁ!」と声をあげる。


「先生、茶柱立ってるよ! 縁起いいね」

「フフフ、ソウくんが淹れるお茶はいつも縁起がいいの」


 ココネの訝しげな視線がオレに向けられた。


「ソウちゃん、なんで、私に淹れてくれるお茶には茶柱が立ってないの?」

「それで、サエカ先生。呼び出しはどんなご用件で?」

「ソウちゃんが無視した!?」


 当たり前だ、今はココネに構っている場合じゃない。

 鞄からホイップクリーム入りクロワッサンを取り出して、ココネの口に押し込んだ。最初は苦しそうにもがいていたが、数秒後には幸せそうな表情を浮かべながらクロワッサンをちみちみとかじっていた。

 呼び出されたのはきっと『ごほうび』のことだ。これで、ムギュウさせてもらえるんじゃないか? ムギュウって、ムギュウって……グヘヘ。


「えっとね、さっきのカメラのことなんだけど」

「……ですよねぇ」


 サエカにデジタルカメラを差し出され、思いきり肩を落とした。


「なに、もしかして、私に興味があるとか?」

「え、い、いや、そ、その――」

「この写真あげてもいいよ」

「ください!」


 突然背後から聞こえた声に思わず答えてしまった。向き直るとニヤニヤするココネがいた。


 頭の中が真っ白になったオレは、とっさにココネの頭を叩いて、彼女を床に沈没させた。

「サ、サエカ、その写真はね……サ、サエカが綺麗だったから……つい」

「え? なんだって?」

「なんでもないでふ!」


 舌を噛みながら、傍らにあるクッションに顔を押しけた。

 背後では、ココネとサエカが、クスクスと笑っている。恥ずかしくてたまらない。

 さっきのサエカの返事の仕方は、鈍感な主人公のテクニックであることに気付かされた。

 実は、はっきりと聞いているのに、あえて聞こえないふりをすることで、相手に気恥ずかしさを与え、沈黙させる技術。

まさか、現実で使われるとは思いもしなかった。だけど、サエカは一枚上手だった。


「あ、ソウくん。このデジカメの写真良かったらあげてもいいよ?」

「え、マジで!?」

「その、綺麗って言ってもらえたのはちょっと嬉しかったし。『約束』もまだ守ってないし」


 突然、サエカが身を乗り出して上目遣いでこちらを見つめる。その瞳は少し潤んでいるような気がして、見つめられるとかなりドキドキする。背後にいるココネは、床に沈没したままだ。余計なチャチャをいれられない。実質二人きりのムードだった。


「でもさ、ソウくん」


サエカの吐息が顔にかかる。お菓子のように甘い香りだった。おどろくほど近くに彼女の顔が、唇がある。そのまま、彼女の唇を吸ったら、やっぱり甘味がありそうな気がする。


「これで本当に満足なの?」

「……と言いますと?」


 サエカがさらに身を乗り出し、テーブルに膝を乗っける。そのとき、わずかにタイトスカートが捲れて、腿が露わになり、思わず生唾を飲み込んでしまった。


「いや、写真だって、突然撮られちゃった写真だし。『約束』だって、その……ムギュウってさせてあげるだけで、私、何もしてないでしょ?」


 サエカが妖艶な笑みを浮かべながら甘い香りの囁きをした。


「もっと、『ご褒美』らしいもの、欲しいと思わない?」

「!?」

「実は、もう一つ悩みごとがあってね。優秀で頼りがいのあるソウくんの力を借りたいの。だから、努力次第ではちゃんとした『ご褒美』を用意しようかなぁって」

「あ、わかった! オレをコキ使おうとしているだろう!? 不二子ちゃんのように!」


 今思えば、サエカの家に遊びに行った時も、サエカにお茶を淹れさせられていた。


「私と、ソウくんの仲でしょ? 信じてくれないの?」

「い、いや、そいういうわけじゃ……」

「じゃぁ、こうしない?」


 サエカがさらに一歩前にでて、彼女の唇が、頬のすれすれを滑って耳元へ向かう。吐息がかかって、むずむずする。


「がんばってくれたら、おいしい料理店に連れていってあげる」


 ……それって、デートじゃないですかああああああああああああああ。


「サエカさま、なんなりと御申しつけください!」


 サエカは不敵な笑みを零しながら、向かいのソファに腰を下ろす。サエカのタイトスカートは丈が少し短めだから中が見えるのではないかという、下心が働いたのだが、膝の上に重ねられた両手が巧妙に障害物と化している。


「それじゃぁ、ソウくん……本題に入るね」


 妖艶に微笑む彼女はもう一つの悩みを打ち明けた。


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