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三話 高田ミヤビ

 元々、物語を書いていたのはオレの方だった。


 ココネと出会ったきっかけは中学一年生の冬。クラスに彼女が転校してきたことだ。


 当時のココネは髪型も服装も綺麗に整え、バレない程度の薄い化粧をしていた。


 彼女を目にした男子達はその美貌に言葉を奪われ、他の女子をそっちのけでチヤホヤしていた。


 そのとき既に好きな異性がいたからココネに強い興味を持つことはなかった。

 好きな人は小説を読んだり書いたりするのが好きで、それに影響されて物語を書き始めた。


 嫌われる要因を作りたくなかったから、声をかけるココネから距離を置くようにしていた。


 ところが、ココネに関心を持たないという行為はむしろ彼女にソウマへの興味を持たせることになり、ココネに他の男子そっちのけで声をかけられるようになったのである。

何をしているの? という会話から始まり、一緒に昼を食べないかというお誘い。


言うまでもなく丁重にお断りした。


当時のココネは男子が自分に好意を示さないことがありえないことだと思っていたらしい。毎日ムキになって話しかけてきた。


 そんな彼女に趣味を嗅ぎ付けられるまで一週間もかからなかった。誰にも見られないようにコツコツと書いていたノートを強奪され、始めの一ページから書き終わっているところまで、十二話(二十四話予定)しっかりと目に焼き付けられてしまった。


 ノートを強奪された翌日。ココネは印刷用紙十枚程度の小説原稿を僕に突き出してきた。

読んでみたら最後のページに辿りつくまで何も言う事ができなくなった。


 小説を読み終えた後、ココネに小説を突き返す。


「続き、早く書けよ」


 そう言うことしかできなかった。

 ココネは満面の笑みを浮かべて礼儀正しい立ち振る舞でいつものように男子生徒の元へと向かった。

その日から、彼女は創作の世界へどっぷり浸かるようになった。


それに相反するように、オレは物語を書くのをやめた。


                     ☆


『ココネちゃんお帰り!』


 教室に入った瞬間、ココネが皆に取り囲まれながらもみくちゃにされた。


「お腹減っただろ? ほら、これをお食べ」


 男子が鞄からコンビニ袋に入ったコッペパンを咥えさせる。さらにモゴモゴと口を動かすココネの背後から「可愛いなぁ」といいながら他の男子生徒が抱きつく。


 普通なら男子生徒は女子達から社会的な制裁を加えられるところなのに、女子はそれを温かい眼差しで見つめている。


 ココネに抱きつくことが許されるのは、クラス全員がココネのことを『クラスのマスコット』として認識しているからだ。


 クラスメイト達はココネを女子としてではなく、子ネコやら子犬のように見ているのである。なにより、当の本人が、嫌な顔一つ見せずに、コッペパンを咥えているものだから。なおさら、『マスコット』という印象に拍車がかかっている。


「さぁ、それよりも、早く続きを出すんだ!」

「むぐぅ!」


 ココネは鞄の中から何部か作られた小説原稿を取り出し、天に突き上げた。教室の騒がしさはさらに拍車がかかる。生徒達が原稿に向かって手を伸ばす姿はまるで、バーゲンセールで争うおばちゃんのようだ。手を伸ばす彼らの手には百円玉が握られている。


「ちゃんと皆の分刷ってきたから慌てないでぇ!」


 ココネは一人一人丁寧に原稿を配る。最初はココネが小説家を目指すために何人かに読んでもらい、アドバイスしてもらうだけだった。文句を言われたり、突き放されたり。笑われたりもしたのだが。改善を重ねるごとに読者が増え、ついに百円の値打ちがついた。


 もみくちゃにされるココネを隅っ子で眺めていると、隣の席に誰かが腰かけた。


向き直ると、首に小さなカメラをぶら下げた、色黒の男がいる。


この高校に入学してから初めてできた友人、ノボルだった。

海でよくサーフィンをしているようなさわやかな容姿をした男で、じっとしていれば、女子の方から寄ってくる。一見体育会系にみえるけど、実は文系の部活動、写真部と新聞委員会に所属している。


 自称、フライデーの天才。


 彼は、隣の席で、一緒になってココネを一望すると、紙飛行機を飛ばすようにそっとカメラを構えてシャッターを押した。シャッター音はほとんど聞こえなかった。


 ノボルはニヤつきながらこちらに視線を向けると、カメラをひっくり返して、撮った写真の画像を見せる。そこには、制服が崩れたココネの姿があった。露わになった透き通った首筋や鎖骨。そして前のめりになった瞬間にできる服の隙間から見える胸の谷間。


 ノボルが撮った写真を通してみると、干物女のココネにも、色気が生まれる。


「今回もムラムラしたっしょ?」

「朝一番に会った友達への第一声に、その台詞使うのをやめろ。まるで、オレが毎日ムラムラしているみたいじゃないか」

「何、聖人ぶってるの。毎日ムラムラしてるだろ? ん? この前だって、サエカ先生が椅子に座ってるときの写真を見て、鼻の穴膨らませ――」


 慌ててノボルの口を塞いだ。彼はそれでもなお、塞がれた口の中で声を上げ続けるものだから、鼻も一緒に塞いでやった。それから数秒後、彼は何も言わなくなった。


「ノボル。オレは年上の女性の写真でムラムラなどしていない」


 ノボルのカメラの保存画像からサエカ先生の写真を選択しながら言った。


 ……オレはサエカの敏感そうなおみ足をみてムラムラしているだけだ。


このメモリーは紛失しないように、預かって置こう。


「ところでさ、ソウマ、今度、クラスの女子と合コンがあるんだけど、お前も参加しない?」


 我に返ったノボルにカメラを掴まれた。


「どうせ、お前の下敷きにされるんだろ? 嫌だよ。つうか、誰が来るんだよ」

「誰が来るかはわからない。話し持ちかけた女子はまぁまぁ可愛かったし期待はできるよ」


 ノボルに負けじと、対抗する。

サエカのミラクルショットのためにも、カメラのメモリーは頂かなければならない。カメラはまさに引っ張りダコの状態で、均衡状態が長く続いた。


 その瞬間、均衡した力がずれて、カメラが宙を舞い、三つ横の席にいる女子の前に落ちた。


 やばい、と素直に思った。


カメラのディスプレイには、サエカの画像が映ったままだし、それを拾ったクラスメイトの性別が女性だ。何よりも問題なのは人物だ。


 第一印象はとにかく『でかい』の三文字。


 ショートカットで、日焼けしていて、スカートの丈は今では珍しく、規則通りと言ったところ。髪型はショートカット。じっと見ると男のように見えてしまう。彼女はディスプレイに目を通すと、クリっとした目を鋭くさせた。


 高田ミヤビ。


 全国大会常連校の女子バスケ部のエースプレイヤーだ。


「ねぇ、あんた達、何観てるわけ? ていうか、何で私にこんな画像見せたの? セクハラ? キモイんだけど」

「い、いやぁ、べつにミヤビに見せようと思ったわけじゃ、ないんだぜ!」


 カメラを取り戻そうと手を伸ばした瞬間、視界からカメラが消えた。

 掴んだのはカメラの残像だった。本物はミヤビのもう片方の手に握られている。

 むきになって、無理矢理彼女に手を伸ばしたが、ギリギリのところで届かない。

 ミヤビが女の子らしからぬ、悪意に満ちた笑顔を零した。


「だっさ、男ってこんなもんなの?」

「いいから返せよ」

「自分で取り戻すこともできないの? 私、女なんだけど?」


 嘲笑うミヤビを睨みつけながらも、オレは拳を握り締めて怒りを抑えた。

 ミヤビはため息をつくと、カメラをこちらに向けてシャッターを推す。

彼女は笑う。


「情けない顔。こういうのが負け犬の顔っていのかな。どうしたの? 唇を震わせて。悔しかったら諦めないできなさいよ!」


 そのとき、教室の扉が開け放たれた。扉の先にはゴムで括った長い髪を肩に流した、サエカ先生がいる。


「ケンカ?」


 感情的な起伏はないけれど、平淡すぎる静かな声だった。そこに自分達では感じとることのできない感情があるような気がした。


「何か不満があるなら、聞くわ」


 サエカの平淡の口調に肩を跳びはねさせたミヤビは、軽く舌打ちをする。ひとまずこの場の収拾は――


「ソウマくんが、先生を盗撮した写真を見てニヤニヤしていました。このカメラが証拠です」


「……事情はわかった、ソウマ。昼休みになったら生徒指導室へ来きなさい」

 ――収拾は、全くつかなかった。


 ……とにもかくにも、サエカ先生とのイベント発生。おいしすぎです。

 お仕置きされたらどうしよう、怖いなぁという思い半分。ごほうびじゃないですか、という気持ちを半分を抱きしめながら。オレは昼休みが訪れるのを待った。


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