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二話 文学(?)少女の説得

 翌朝。

 オレは震える指でココネの家のインターホンを鳴らした。

 

 返事はない。

 

それなりに高そうなマンション手すりに頬杖をつきながら、近くの神社に生える桜の吹雪を見つめた。微風に巻きあげられた花弁の一枚が、ここ、六階で踊った。


 この風の強さなら女の子のスカート、視えそうじゃない? とか思いながらテスリの下を見下ろすが、早朝ということもあり女子高生が見あたらない。まだ寝ているかもしれない、と思ったが携帯電話で時間を確認したらすぐに違うとわかった。


 午前七時。


 ためしに、ココネの携帯電話にコールしてみた。

 

 扉越しから、激しいシャウトが響いたのがわかった。彼女が人に見られないようにひっそりと聞いているヘビメタだ。

 ゴト、ガタ、ガラガラ、と扉越しからさまざまな音が聞こえ、ココネの携帯につながった。


「……ふぇ?」


 電話越しに聞こえてきた声は眠たげなのに、アニメのキャラクターのように作られていた。


「よう、ココネ。ずいぶん遅いお目覚めじゃないか」

『う、うん、そうなの、今起きて……眠いの』

「ふぅん、今起きたのか」 


 よく耳を澄ませると部屋の中からハイテンションなロックが聞こえる。


「今からさ、お前の家に遊び行ってやるから、もてなせ」

『なんでそんなに偉そうなの!? そうやって私を学校へ拉致するんでしょ? 私ならそういうストーリー展開にするもん!』

「もうお前の家の前にいるんだよ。開けてくれない? とりあえず、話合おう」

『イヤ! 『作業』が終わるまではここからでないの!』

「だったら、実力行使しかあるまい」


 オレはご両親から預かっている合い鍵を取り出し、小さな鍵穴へ伸ばした。

 鍵をひねると、ロックが外れる音がした。


 部屋の中ではドタドタという足音と、ぎゅう、というココネの悲鳴が聞こえた。

 

 慌てて扉のチェーンを掛けにきたのが手にとるようにわかる。

 

 口笛混じりにロックのはずれた扉をあけはなった。

 

 目に飛び込んだのは、薄い綿の布。訳が分からないまま、ソウマは布を掴み部屋へ入る。風呂場のような独特な湿気。手に取る綿の布も湿っている。そして嗅覚をくすぐる甘い香り。


 玄関には長い髪を濡らした小柄な女の子、ココネが豊満な胸を床に押しつけていた。


 オレと目があった彼女は、目を堅く瞑り、細い手で、マンガにでてくるデフォルメされたヒロインのような顔を覆いながら体を丸めた。熱が籠もって火照ったが背中が強調された。


 ココネは全裸だった。


「うぅ、ソウちゃんに裸見られた」

「三日ぶりだな。ちゃんと飯食ってるか? 上がるぞ」

「なんで、女の子の裸をみたのに、平然としてるの? 異性に興味ないの?」

「干物に女としての価値を見出すのが難しいんだ」

「ひどぉい、私は干物なの? 食べ物なの? ソウちゃん、私を食べる気……食べる!? そういうレトリック!?」


 いやぁん、とか一人で盛り上がっているココネを放っておいて勝手に家の中にお邪魔することにした。四つの個室が並ぶ廊下を抜けてリビングへ向かう。


 顔を背けたくなるような光景が広がっていた。


 ボロボロになったノートや雪崩を起こしたファイルの山。床には小説やライトノベル。破かれた印刷用紙、小説の書き方に関する本が散乱し、机の上にはノートパソコンや印刷原稿、ココアの塊がこびりついたカップがある。


 小説家を目指す彼女らしい部屋だと思った。


 ……が、最後にココネに会った三日前もこのリビングで同じような光景を目の当たりにして、整理整頓を手伝って足の踏み場を作ってやった覚えがある。


 どうやったら、たったの三日で元通りにすることができるんだよ。


 頭を抱えていると、タオルを体に巻いたココネがエヘヘと笑いながら舌を出した。

 そういうごまかし方が通用するのは二次元のフィクションだけだ。

 ココネの額に両手がかりのデコピンを噛ましてやった後、座イスに置かれた穴開きクッションに腰を下ろした。


 家の中で、心を落ちつけられるのは、ドーナツ型の輪の中に収まったときだけだった。


「相変わらず汚い部屋だな」

「さっきまでは片づいてたもん。私がシャワー浴びたばかりなのにソウちゃんがいきなり部屋の鍵開けようとしたから慌てて、資料とか原稿とか崩しちゃっただけなの!」

「いつも対して変わらないじゃん、片付けろよ」

「そんな時間ないよぁ、原稿の締め切りがあと少しなんだもん……」


 ココネは涙をためながら、崩れた紙の山からクリップで止められた原稿を拾い上げる。

五十枚程度だろうか。三日前よりも二十枚は厚い。これだけ書ければ結構な速さだ。


「読んでも大丈夫か?」


 ココネがコクコクと頷いたから、原稿を受け取り物語に目を通した。

 ココネの文章が巧いわけでも物語が目新しいわけではないが、文章に難しい言葉がなく、数ページに一回はクスっと笑わされてしまう。

気が付くと、何ページも読み進まされてしまう。

 それなのに、物語に目を通すたびに心がヒリヒリと痛くなる。


 だけど決して嫌いなわけじゃない。

 ココネの物語はほのぼのとしているし、笑ってしまうし、元気が出る。


 ただ、そんな物語をココネのように書くことができなかった自分が嫌になるのだ。


 どうしてオレじゃなくて、ココネなんだと思わずにはいられなくなる。


「ココネ、スポーツドリンク持ってきたんだけど、飲むか?」

「本当? ソウちゃん、ありがとう。のどがカラカラだったの!」


 ココネは、両手でグラスを受け取ると、子ネコのようにちまちまとなめるように飲み始めた。


 サラサラとした髪に小さな顔。小柄なのに長く見える足。部屋に引きこもっているのに程々に引き締まっている身体。琥珀色の瞳に長い睫。


 シャワーを浴びた後だから、ココネはこうだが、普段家に顔を出しているときは執筆ばかりして髪はぼさぼさになっている。


 いつも今のような状態なら、ココネは男がほっとかないような美人だ。


 初めて出会ったときは、確かにドキッとさせられることがあった。


 しかし彼女は小説の執筆に打ち込むようになってからガサツになり、せっかくの魅力は半減。今は彼女に対してあまりドキドキしなくなった。干物女になってしまったのだ。


「ねぇ、ソウちゃん、お腹へってこない?」


 ココネはエサをもらって懐いたように目を輝かせる。執筆に打ち込むようになってから、ココの家事スキルはおそろしく減退している。それは料理スキルも然りで、普段のココネの食生活は、買いだめの食パンとミルク、あるいはミネラルウォーターというありさまだ。彼女の期待の眼差しの正体はつまりそういうことだ。


「ご飯は、話が終わってから!」

「ぶー!」


 子どものような反応をするココネにいろいろいってやりたいことはあったが、ひとまず彼女の前で正座した。


 さすがに最低限度の協調性は持ち合わせているらしい。ココネはソウマに倣って姿勢を正した。


 そんな彼女を見据えながら一枚の手紙を彼女に差し出す。


「つい最近、オレの家に届いたご両親からの手紙だ。」


 うんうん、とココネが頷く。


「大変ご丁寧な字で、こう書かれている」


 ココネはわざとらしく小首を傾げながら手紙を開いた。内容は分かりやすい。


『どうしようもない娘ですがどうか見捨てないであげてください』


「や、やだなぁ、ママったら、ま、まだ私達未成年なんだし、結婚なんて早すぎ」

「どうしてオレとココネが結婚するんだよ?」

「え?」

「ココネのご両親は、特にお父様はだな。大変心配しておられるのだ。お前がちゃんと学校に通っているかどうかを」


 う、とココネは言葉を詰まらせた。


「何よりも、サエカ先生様も大変心配なさっている!」

「ソウちゃんの本音はこれだよね?」


 ココネは警戒の眼差しを向ける。ようやく僕が言わんとしていることがわかったらしい。彼女は執筆以外のことに時間を割くのを嫌う。それは一刻も早く作品を完成させ賞へ応募することが目的だからだ。学校を休む原因はそこにある。


 スポーツドリンクで口を湿らせてから、再び口を開いた。


「いいかココネ。先生はお前がサボリつづけて出席日数が足りなくなることを心配しているんだ。お前はご両親に『ごめん、留年しちゃった。テヘ』なんて言えるのか?」


 ココネは首を大きく横に振った。


「だったら、学校に行かないとまずいだろう?」

「……で、でも、もう少しで締め切りなのに原稿が進まないし、学校行く時間がないよぉ」

「小説くらい、学校帰ってからでも書けるだろ? 僕達はまだ高校生だぜ? 結婚だって早すぎる年なんだ。もっとゆっくり書けばいい」

「だめ、パパとママが帰ってくる前に賞を取らなくちゃいけないんだから!」


 ココネは散乱するボツ原稿を集める。


 ココネが転勤する家族に付いて行かず、家に残った理由はこれにあった。


 彼女は中学生の頃に小説を書き始めた。それだけなら関心できる趣味を見つけたときっと父親も喜んだに違いない。


 問題なのは彼女の生活習慣がどんどんだらしなくなっていくことだった。


 それ以前まで、ココネはしっかりした女の子だった。


 生理整頓もやっていて、オシャレもする、そして学校にはたくさんの友達やかっこいい彼氏がいる。所謂リア充だったのだ。


 それが、創作にのめり込むうちに、部屋に籠るようになり、オシャレもあまりしなくなり、最終的には干物女になってしまったのだ。当然、その生活習慣の変わりぶりに父親は激怒。執筆をやめさせようとして、ココネと大げんかになった。

 さすがにまずいと思い、オレとココネの母が間に入った。

 そのとき提案したのが両親が帰るまでに賞を取るなら好きにしていいという約束だ。


 これは現実的な提案でもある。


 まずは自分の好きなことをお金がもらえるレベルまで昇華させること、好きなことで生きていければ好きにしていい。そうなれなかった場合、その他のことで遅れがでるから執筆することをやめてその遅れを取り戻さなければならない。


「私は遅れを取り戻さないといけないの。遅れを取り戻して早く投稿しなければいけないの」


「でもなぁ、オレ達は高校生なんだ。学業が本業だろ? 学費だってご両親が出してくれているじゃないか。義務教育ならまだしも高校はココネが行くって決めたんだろ?」


「そうしなきゃパパに連れていかれたんだもん。そうしたらソウちゃんの小説読めなくなっちゃうもん」


 また心の中がヒリヒリした。


「ねぇ、ソウちゃん、小説の続きまだぁ。私、すごい楽しみに――」

「ココネ……その話しはやめろ」

「だって、ソウちゃんの物語、とっても楽しみにしてるんだもん!」

「オレはもう書くのをやめたんだよ」


 無意識に、圧迫するような口調になっていた。

 コホンと咳払いをして、話しを元に戻す。


「とりあえず、だな、ココネ。お前は学生としての自覚を持て! 原稿だって、思いつかないから悩んでるんだろ? このままパソコンの前に座っても同じじゃないのか?」


 う、とココネは言葉を詰まらせ腕組を始めた。

良かった、いつもの調子に戻っている。


「ココネは頭の中にあるものが引き出せない状態なんだ。そこに座ったっていつまでたっても引きだすことなんかできない」


 ココネがはっとする。もう少しだ。


「よく言うだろ? 書を捨て町へ出ようと。きっと学校行けば刺激になって、頭の中からいっぱい引き出せるようになる」

「おぉ!」ココネが感性をあげる。純粋にその可能性を考えていなかったらしい。

「だからさ、早く学校に行く支度だ。朝ごはん用意してやるから」

「本当? ソウちゃんありがとう大好き!」


 オレは軽く顔を引きつらせながら料理の準備を始めた。

鼻歌混じりに支度をするココネの後ろ姿がとても羨ましかった。


 朝食を食べた後、我らが母校創生高校へ向かった。


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