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一話 説得をすることになったきっかけ。

 ――物語を書けるようになりたい?

 『穢れ』が囁きかけてくる。小さい頃から、恐れていたことがついに、現実になった。

 物語を駆けるようになることは、中学生の頃から望んでいたことだった。

 物語を書き始めて、読んでもらって、笑ってくれたあの時の光景がもう一度見たい。

 心の中で、気持ちが溢れだす。

 心の中で一番望んでいるもの。

 それが叶えばいいのかな……

 目の前に広がる『懐かしくて苦しい景色』の中でオレ、水瀬ソウマはそんなことを考えていた。


                 ☆


「ねぇ、ソウくん」

 

 甘い声と吐息に耳をくすぐられた。

 高校二年の春。生徒指導室で、オレの心臓がバクバクと音を立てた。腰かけた黒いソファは大人が三人程度座れる広さのはずなのに、隣に座るサエカ先生の華奢なからだが、ピッタリと密着していた。


 ……これ、どんなエロゲ?


 誰も答えてはくれないと分かってはいたが、心の中で問いかけずにはいられなかった。肩に流した、シルクのような黒髪サイドテール。それを超えた先にあるボタンがはち切れそうになっても、隠しきれない胸の谷間。嗅覚をくすぐる甘い香り。

 膝上丈の、タイトカートから覗く膝頭が、オレの腿を小突いた。

 六歳年上ともなると、それだけで色気を感じてしまう。


「何で堅くなってるの? 昔からの付き合いじゃない。二人のときはサ・エ・カでいいよ」


「サ……サエカ」


 震え声で、名前を呼ぶと、ウフフと、サエカが笑った。


 気恥ずかしさをごまかすために窓の向こうを眺めようとしたが、あいにくブラインドが降りていた。気持ちの逃げ道が遮断されて、彼女の視線に動転するばかりだった。


 ブラインドが降りた窓の向こうで、サッカー部のホイッスルが響いた。


「え、えっと、それでオレは何で呼ばれたの?」

「昔ソウくんが言ったんだよ? 困ったときはいつでもオレを頼れって」

「困ったことって具体的には?」

「何だと思う?」


 サエカの挑戦的な逆質問に、口角が釣り上がる。


「ココネのことで、頭を悩ませているんだろう?」

「すっごい!? 何でわかったの?」

「サエカこそ、何をいまさらそんなこと言ってるんだよ。昔からの付き合いだろ?」

「わぁ、やっぱりソウくんだ。観察力ある! 相談して良かったぁあああああ」


 フフン、と鼻を鳴らしながら言った瞬間、サエカに体を引き寄せられてムギュぅとされた。男の厚い胸板なら、きっとプレスに掛けられたような苦痛を味わっていたに違いない。だけど、彼女の胸は新品のクッションのようにフワフワしていた。


 これは……良いムードじゃないか?


 さりげなく彼女の背中に手を回す。なにか背中に堅い物がついていたことがわかった。

 あれ、これってあれじゃ、ブラの――。


「ダメ」


 囁きかけられて慌てて手を放して見上げると、サエカが頬を赤らめながら、顔を背けた。


「ぎゅっとされるのは、ちょっと、恥ずかしいなぁ」

「サエカがぎゅっとしたんだろ?」

「するのはいいけど、されるのは恥ずかしいの。心のハードルが高いの!」


 ……何、この生き物。美人なだけじゃなくてなんか可愛い。虐めたくなる。


 頭の中でも、悶々とした気持ちが雪のように積もっていく。最初はそれほどじゃないけど、徐々にもどかしさが積もって大きくなる。

 でも、ここでオオカミになってはいけない。


抑えろ、抑えろ、抑えろ抑えろ抑えろ抑えろ抑エロオサエロオサ……エロ。


 抑えろ、がゲシュタルト崩壊を起こしそうとしていた。

 サエカに囁かれながら胸元を指でなぞられ、心臓の鼓動が速くなった。


「ソウくんも知ってると思うけど、ココネちゃん、新学期に入ってから一度も学校に来てないの。電話しても、出ないし。ご両親が仕事の都合で海外に引っ越しちゃってるから、実質一人暮らしでしょ? 心配で、家を訪ねたんだけど。顔を出してくれないの。だから、ソウくんに相談したの」


「なるほど、だからオレに相談を持ちかけてきたわけですね」


 ココネとは、中学生の頃からの付き合いだ。中学一年生の冬。父親の都合で、彼女が転入してから、今に至るまでクラスメイトとしての関係が続いている。そのソウマがココネを訪ねれば少なくとも、顔くらいは出すかもしれない。


 だけど、あまり気乗りはしなかった。


 別に、仲が悪いわけじゃない。むしろ、家族ぐるみのお付き合いをするくらい仲が良い。ココネの母親からは「娘を末永くよろしくお願いします」と、彼女の部屋の合い鍵を差し出された。そういう意味では、生まれた頃から付き合いのあるサエカとの関係に匹敵するものがある……サエカにはおよばないけど。


 声をかけづらいのは完全に私情で、彼女に対して一方的に苦手意識を持っているだけだ。

 さて、どうしたものか。

 悩んでいるとサエカにこう囁きかけられた。


「もしソウくんが、私を助けてくれるなら……ギュっとされるの我慢できるかも」

「やります! ココネを学校に投降……いえ、登校させます!」

「本当!? ソウくん、ありがとう、大好き!」


 再びムギュウとされ、意識はサエカの豊満で張りある胸の中に沈んだ。

 

 今日説得に成功したとしてもココネが明日一人で学校にくるとは思えない。

彼女の家を訪ねるのは明日にしよう。


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