始まりと結婚
「…リリィ、話がある」
「…なんでしょう、お父様」
チラリと周囲に目を配りながらお父様の問いかけに答えると、周りにいる使用人たちがあからさまに緊張感を走らせた。
何かある、と思った瞬間、お父様が狼狽したように声を張り上げる。
「お、落ち着け、リリィ!まずは冷静に話をしよう」
「…私は落ち着いていますよ、お父様。それより家中の使用人を集めてする話というものを教えてほしいのですが?」
その瞬間、コックが巨体をいかすように窓に張り付き、執事が決死の顔でドアに張り付いた。メイドはキーパーのように手を広げてどこにボールが飛んでもいいように腰を落とした。この場合、ボールはあたしなのだろう。
「お前が私たちの娘になって、早三年…。色々な事があったなあ」
「用件だけお願いします」
「………」
「あなたの結婚が決まりました」
ぐうとお父様が言葉を詰まらせたのを見て、すっと小柄な体が割り込んできて簡潔に言葉を紡いだ。お母様だ。
「けっ…こん…?」
「ええ、結婚です」
結婚…。結婚っすか?
それって血の跡とか?というベタなボケさえも言う気にならず、私はきょとんとお母様を見つめる。
「…あのー、結婚って私のですよねぇ?」
「ええ」
「え?本当に?嘘だよーんとかではなく?」
「ええ」
「………」
いやいやいや、予想だにしなかった事を言われると、人間固まってしまうものだ。
「すまないっ!リリィ!!」
「…いや、まず、根本的に、それって私で大丈夫なの?」
「……………」
リリア・エアデール・ヴァイスハイト。これが三年前からの私の名前だ。
三年前、私はこの家のリリアの部屋に落ちた。部屋にいたお父様やお母様、そして使用人たちはそれは驚いただろう。だけど私だって驚いた。
だって落ちた目の前にとってもきれいだけど、もう息をしてない女の子がいたんだから。
しかも私は別に魔方陣や黒魔術をしてたわけじゃないんだよ?ただ普通にベッドで寝そべって漫画を読んでただけだ。
叫びあって、物を投げ合って、罵りあって、お互いの状況を説明しあった後、私たちは互いの状況の苦しさに沈黙した。
お父様は小さいながらも領地というものをもっており、裕福ではないが堅実に管理をしていたらしい。だが、お父様たちはリリアしか子供を授からなかった。そしてそのリリアは生まれた時からいつまで生きられるかわからないほど病弱。リリアが死んでしまったら、領地を治めるのはお父様の妹の息子らしいのだが、妹一家は絵に描いたような屑一家なのだそうだ。
「リリアは自分の命よりも、死んだ後、領地の民たちがどうなるのかを心配していた」
「はぁ、それは立派な娘さんですねぇ」
「貴様はこれから行くあてなどないのだろう?」
「貴様て…。まあないけど」
「では、私と取引をしないか?」
というように、私たちは取引をした。
簡単にいうと、私を保護する代わりに、私はリリアとして生きるというものだった。
この時リリアは14歳、私は17歳だったが、体つきはほぼ一緒。私はもうほとんど成長しないだろうが、リリアは病弱だからちょうどいいとのこと。
「リリアにしては品がなさすぎるが、本物のリリアに会った事のあるものなど皆無だからな。大丈夫だろう」
「一言多くない?」
領地の問題はお父様たちが時間をかけて解決するらしいし、私は病弱設定だから領地の娘としてしなきゃいけない事はない。
リリアとして生きれば、この家の中ならという条件だが自由にしていいし、不自由はさせない。
そんなちょっと怪しんでしまうほどの破格の条件で、私はリリアとして生きることになったのだ。