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―転―

話を分割するのはやめて、一つにまとめました。

その為、ちょっと長めかもしれません。

 勇者シトリーは左手に持つ短剣を、魔王の脳天に突き刺そうとしました。

「ッ!?」

 ですが、咄嗟にシトリーは異変を察知し、素早く後方へ飛んでその場を離れます。

 シトリーが飛んだと同時に、彼女が元いた所を黒い何かが高速で通り抜けました。もしあのまま魔王にトドメを刺そうとしていたら、あの黒い物体に頭を貫かれていたかもしれません。

「バエル!!」

 入り口の方から男の声がしました。その男はかなり特殊な姿をしていました。

 腰から長いスカートのような布を二重三重に巻いていて、上半身は素っ裸でした。


 そして何故か、体中がテカテカ光っています。


「誰だそこの変態ッ!!」

 思わずシトリーは叫んでしまいます。

 しかし男は無視して胸の中心を貫かれた魔王の元へ駆け寄ります。

「バエル! 大丈夫か!?」

「お、おお……ヴァイル……。ゆ、勇者が現れた……」

 魔王が震える手で男の頬に触ります。ベトリ……と彼女の血が男の頬に付きました。

「ヴァイル? ……じゃあ、お前がヴァイル・オリアスか!?」

 シトリーが確かめるように男に聞きますが、やはり無視されます。ですがシトリーの中ではもう確信を得ていました。

 彼こそが、裏切りの元・勇者ヴァイル・オリアスであり、シトリーの暗殺対象であることが。

 そうと分かれば、もう無視されようが任務を遂行するだけです。

 魔王の方にはまだとどめを刺していませんが、心臓を刺したはずなのでそう長くないとシトリーは判断します。ならば、次の狙いは裏切りの元・勇者ヴァイル・オリアス

 勇者シトリーは左手に持つ短剣を魔法で見えなくし、こちらに背を向けているヴァイルへ走り出しました。

「お前か。オレの妻にこんなことをした輩は!!」

「ッと!?」

 ヴァイルは振り向きざま右手に持つ黒いギザギザの剣で薙ぎ払ってきました。狙いはシトリーの首。

 勇者シトリーはそれを無理矢理グイッと背をそらして回避します。

 その直後もヴァイルによる連続攻撃が上、下、横から繰り出されますが、シトリーは軽やかな身のこなしで避けていきます。

「この城に足を踏み入れた以上、お前に逃げ道はないぞ。直、妹達や娘達がここに駆けつけてくる」

「へぇ、そりゃいいこと聞いたぜ。ここにいるのはもはや、そこで死にかけている魔王の一族しかいないってことか。魔族根絶も、もはや夢物語じゃねえな」

「逆だ! オレが、魔族繁栄の一時代を築く男になるんだよ!」

「そりゃある意味お前は伝説の男だよ。――歴史に汚点を残す方でなッ!!」

 シトリーは何も持っていない右手で払うように腕を振ります。すると突如として短剣が現れ、ヴァイルに向かって飛んで行きました。

 ヴァイルはそれを首を動かすだけで避けます。すると、もう目の前にはシトリーが迫っていて、何も持っていない右腕を勢いよく振りかざしてきました。

 ――どうせまだ短剣を隠しているんだろ。

 そうヴァイルは思い、一歩後ろに下がって短剣の間合いから外れます。そして、空ぶったところで必殺のカウンターをしようと考えていました。

 ですが。

「おめぇも甘いな!」

 シトリーの右手はヴァイルの遙か手前を横切りました。短剣では決して届かない距離です。

 しかし、シトリーの右手の動きをなぞるように、ヴァイルの素っ裸な上半身に赤い一筋の線が走りました。

 斬撃。つまり、ヴァイルは斬られたのです。

「痛ッ!? な、なに!?」

 シトリーは魔法を解除して右手に持っている物を露わにします。彼女が右手に持っていた物、それは短剣よりも刃が長いロングソードでした。

「オレの得意な戦法は〝騙し〟。騙された、と気付いた頃にはもうあの世行きさ。次のターンでお前を殺すぜ」

 言うとシトリーはどこからともなく、また新たに短剣を取り出し、左手に持ちます。そして右手にはロングソードが握られています。

 シトリーはそれらを魔法で見えなくし、両手を後ろに持ってきて、まるでシャッフルしているような動きをワザと見せつけました。

「さぁて。どっちの手にどの剣が握られているかなぁ~? クイズは好きか?」

「どうせ、短剣ダガーとロングソードの二択と思わせることが〝騙し〟なんだろ? お前の性格を考えると『槍』がでてきてもおかしくはない」

「それはどうかな? もしかしたら弓とか隠しているかもよ?」

 シトリーの口元が緩みます。

「フン。舐められたものだな。これでも元勇者。――そして。魔族と交わることで更なる力を手に入れたオレに、そんな小細工など通用しない!」

 そう叫んだ直後。ヴァイルは聞き慣れない言葉を早口で小さく呟きました。

 それは呪文。すなわち、魔法の発動を意味します。

 いち早くシトリーは異変を察知し、後ろへ大きく跳躍しました。しかし、ヴァイルは無意味だといった表情で、冷たく言い放ちます。

「無駄だ。オレからは逃げられん」

 ヴァイルが右手をかざしました。

 すると、シトリーの周囲に手の平大の黒い渦が数個発生し、そこから影のような黒い手が幾つも出てきました。

「なんだコレはっ!?」

 それら黒い手はまるで蛇のようにシトリーの体に巻き付きました。両手、両足、胴体、両肩とシトリーの自由を奪い、大の字の状態で拘束したのです。

「動けなければ、お前の見えなくなる魔法も関係ない」

 ヴァイルは再びギザギザの黒い剣を取り出し、投擲の構えを取ります。

「へっ! まだ頭が動くぜ!」

「頭は狙わん。お前の首もとをえぐり取る。その生首を世界中の都に見せしめとして使う。更には、お前を遣わしてきた都に魔族の総攻撃をしかけ、跡形もなく消し去ってやる」

「ちィッ!」

「三年かかったが魔族は大分増えてきた。いい機会だ。これを機に、人間への〝復讐〟を再開するとしよう」

「復讐だと!? テメェも同じ〝人間〟だろうが! 何故魔族の肩を持つ? 第一、人間への復讐って何だ!?」

「あの世で人間に殺された魔族達に聞いてみるんだな」

 ヴァイルは黒い剣を、シトリーに向けて力一杯放ちました。

 投げる前からシトリーはどうにか黒い手から抜け出そうとしていましたが、抜け出すどころか全く動けません。

 そして。黒いギザギザの剣が、シトリーの喉元を貫こうとしたその瞬間、


 一筋の光が、黒い剣を打ち砕きました。


「なにっ!?」

「?」

 ヴァイルはひどく驚いた様子で、シトリーは何が起きたか分からない顔をしていました。

 更に続け様に何本もの光が、シトリーを拘束している黒い手を消し去っていきました。

「なんだコリャ!? どうなっている?」

「これは『光の魔法』!? くそっ! まだ他にも仲間の勇者がいたな。出て来い! どこに隠れている!!」

 ヴァイルの咆哮が広間に響き渡ります。


「ここです」


 高い声が二人の横から聞こえてきました。

 声の先はこの部屋の両壁にある、採光と外気を取り入れるために開けられた長方形型の穴。そこに誰かが立っていました。

 その人物はそこから飛び降り、ゆっくりと歩きながらシトリーとヴァイルの元へ近づいてきました。

 すると、その人物が近づくにつれ、段々とヴァイルの顔が強ばっていきます。

「き、キミは…………」

 さっきまでとは違う、どこか優しさを含む声でした。

 彼女は、それに応えるように言います。

「お久しぶりです。勇者様」

 ピンク色のふわっとした短めの髪に、大きく盛り上がった胸。スカート姿がとても良く似合う可愛らしい女の子でした。

「誰だテメェ」

 何となく雰囲気で一人蚊帳の外にいると感じ取った勇者シトリーは、その女の子に聞きます。

 するとその女の子は丁寧に自己紹介をしました。

「初めまして。私はルーピー・マーレルと言います。オルティアーニ出身の勇者です」

「ルーピー・マーレルだとォ!?」

 勇者シトリー・バールは目を見開くぐらい、とても驚きました。

 勇者ルーピー・マーレルと言えば、三年前行動を共にしていた勇者ヴァイル・オリアス……そう、つまりそこにいる上半身裸の元・勇者に裏切られ殺されたとシトリーを含め、世界中の人々はそう教えられてきました。

 死んだはずの人間がそこに立っているのです。驚くのも無理はありません。

「おい一体どうなってやがる! オレはお前が殺されたと聞いて――――」

 しかし勇者ルーピーは、シトリーを制止するように手の平を向けてきました。

「色々と聞きたいことがあるかもしれあせんが、それは後ほど。あなたも勇者ならこれくらいで油断してはいけません」

「は?」

 ルーピーはシトリーに向けた手をそのまま天にかざしました。すると、ルーピーの頭上に四本の『光の槍』が出現しました。

 シトリーとヴァイルはその槍に気付きましたが、ルーピーは二人が何か行動を起こす暇を与えず、直ぐさまその槍を放ちました。

 四本の光の槍は目にも止まらぬ速さで、ヴァイルの横を通り抜けます。あまりの速さにヴァイルは全く反応できませんでした。

「何を狙って……?」

 シトリーは最初、勇者ルーピーが何を狙って光の槍を放ったか分かりませんでした。しかし良く見ると、その光の槍はある一カ所に向けて放たれたと分かりました。

 槍が向かった先……それは瀕死で横たわる魔王。四本の光の槍すべてが、魔王の体を串刺しにしていました。

「バ、バエル……? バエルッ!!」

 ヴァイルは一目散に魔王の元へ駆け出しました。そんな姿を横目で見ながら、シトリーは槍を放ったルーピーに聞きます。

「なぜ死にかけの魔王にとどめを刺した? あんなの放っておけば出血多量でその内死んだろ」

「あなた、魔族と戦ったことないですね? 魔族は心臓一つを潰したくらいじゃ死なないんですよ」

「どういうことだ?」

「魔族は心臓を二つ持っているんです。どちらか一つが無事な限り、死にはしません」

「なんだって!?」

 初めて聞いた魔族の情報に、シトリーは大声を出して驚きを口にしました。

「魔族を殺す方法はその二つの心臓を両方止めるか、或いは頭(脳)を潰すかの二択しかありません。それ以外の急所や殺害方法はあまり効き目がなく、大抵死に至る前に異常なまでの生命力のお陰で復活してしまいます」

「つまりあれか……出血や窒息じゃあ死なねーってことか?」

「はい。それに魔族に効く毒もまだ見つかっていません」

「化け物か」

「ですが今、確実にもう一つの心臓を『光の槍』で貫きました。あなたがあそこまで魔王を追い詰めてくれたお陰です。きっと、魔王もやられたフリをして回復に専念していたのでしょう。だからスキが生まれました。ありがとうございます」

「…………」

 人形のような可愛らしい顔をしている割には冷徹なことを口にするんだな、とシトリーは自分の事を棚に上げて思いました。

「バエル! バエルッ!!」

 シトリーとルーピーが話している横で、魔王を抱き寄せて叫ぶヴァイルの声が広間に響いています。

 ヴァイルは魔王の体を揺らしながら彼女の名を叫んでいますが、魔王に反応はありませんでした。


 静かに目を瞑ったまま、息もしていません。魔王は死んだのです。


「ウソだろ……バエルッ!!」

 ヴァイルの……すすり泣く声が聞こえてきました。魔王という存在はそれだけ、彼にとって大切な存在だったのでしょう。

 しかし同情してくれる人はいません。

 勇者シトリーは音もなく短剣を取り出します。

「待ってください」

「あん?」

 ですが、勇者ルーピーがシトリーを片手で制止させました。そして、背を丸めるヴァイルの元へ近づいていきました。

「勇者様。これでもう私達の魔王を倒す旅は終わりです。ですから私と一緒に行きましょう」

 ルーピーはかつての旅の供に優しく声をかけましたが、ヴァイルはルーピーに背を向けたままです。

「勇者様の噂は知っています。でも、私は気にしません。世界の人々が勇者様をどう言おうと、私の中の〝優しい〟勇者様は決して揺らぎませんから」

「…………」

「でも確かにオルティアーニには帰れませんね。ですからこれからは、二人でどこか静かな所に住みましょうよ! 静かな村や町から少し離れた所でひっそりと……。私、何ヶ所かいい所見つけたんです。そこを一つずつ訪れながら、また二人して旅をするのもいいですよね」

「…………」

 勇者ルーピー・マーレルは三年前裏切られたにも関わらず、それでもヴァイル・オリアスと共にすごしていくと言っています。

「これからの時代はもう勇者は必要なくなります。世界のことでなく、自分達の幸せを考える時が来たのです。私達の使命は、もう私が果たしておきましたから」

「…………今、なんて言った?」

 すると、ずっと黙っていたヴァイルが初めてルーピーの言葉に反応しました。

「キミは今何て言った……? 使命を果たした……だと? それはどういう意味だ?」

 ヴァイルの声が震えていました。

 まるでルーピーの言った事が嘘であってくれと言いたげな表情をしています。

 ルーピーは静かに言いました。

「魔族は滅びました。先程、上の階にいた魔族全てを私が倒したので、もう魔族はいません。世界中に生息する魔物の方は、国の兵達だけで十分対応できるでしょう。だからもう、勇者は必要ありません」

「全て……? 妹達やオレの娘達全てか? まだ……生まれたばかりの幼子もいたんだぞ……。その全てを、キミは殺したのか?」

 倒すということは、殺すということ。

 勇者ルーピー・マーレルは、勇者としての使命を果たすべく、この城にいた魔族全てを『殺し』たと言っています。魔族の殲滅せんめつは人間の悲願であり、勇者の勤めなのです。

『倒す』相手の年齢や容姿は関係ないのです。

「はい。全てです」

 ルーピーはきっぱりと言いました。

 その言葉を聞いたヴァイルは抱き寄せていた魔王を無意識に放してしまい、フラリとよろめきながら立ち上がります。

「ッ!! ッ!! ッ!! ッ!!」

 頭をグシャグシャと掻きむしり、声にならない音を発しながら悶えています。

 そして絞り出すように、彼の言葉は叫びへとなって放たれました。


「おまえ悪魔かァァァッ!!」


 ヴァイルの体から出たものは、叫びだけではありません。

 彼の体の中心から黒い火のようなものが出てきました。――それは闇。

 目で見えるその闇が、次第にヴァイルの全身を包み、竜巻のように渦を発生させています。ヴァイルはその中に飲み込まれました。

「なんだこりゃあ!? 何が起きてやがる!」

「これは……まさか……!」

 渦はやがて人型の形へと変わっていきました。

 四本の手足に、図太い体。背中からは不定形の羽のようなものも生えています。体は大きくてシトリーの三倍くらいはあります。上の方にある赤く小さな二つの光が、まるで眼光のようにシトリーとルーピーを捉えました。

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 野太く、そして圧力がある咆哮。

 シトリーはその黒い物体から放たれる〝気〟を全身に浴びました。殺気でもなく威圧でもありません。

 憎悪。

 そして、それを放つ者をシトリーは良く知っています。

「おいおい、まさかこいつは……魔物か!?」

ヴァイルとルーピーは前作『大人な勇者伝説』の主人公達です。

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