―承―
「ィよっと! 潜入成功」
ワイバーンから飛び降りた勇者シトリーはものの見事に魔王が住む城へ忍び込むことができました。
「しっかし何で見張りがいない? 一応オレの『魔法』を使っていたにしろ、警備なしってオレら勇者をナメすぎだろ」
勇者シトリーは飛び降りたテラスから、適当な出入り口を探し、城の中へと入っていきました。
中はとても静かでした。
物音一つしません。照明として使われている松明が、パチパチ、と燃える音しかしません。
勇者シトリーは足音を消して通路を歩きながら、通りかかった部屋一つ一つを確認していきました。ですが、誰もいません。魔族の手下である魔物すら。そして、今回の暗殺対象である魔族と裏切りの勇者さえも。
「(魔族総出で村や町を襲っているのか? いや、もし総戦力なら都に攻めている可能性も……)」
この世界には『都』と呼べる大きな城下町はいくつかあります。勇者シトリーもそのいくつかある『都』の出身です。勇者シトリーの頭には都に残してきた家族が思い浮かばれました。
しかし勇者シトリーは焦ることなく、着実に城の中を探索して行きましす。
階を二つほど上がった所で大きな広間に出ました。ここは他の所よりもかなり明るい所です。
両壁には、採光のための長方形型の穴が等間隔にあり、ここから外の光が入っていました。
床には赤と黄の絨毯がひかれていて、この部屋の奥まで伸びています。その奥は少し段差があり、まるで壇上のようになっていました。
勇者シトリーはその部屋の中央まで来て、辺りを見回しましたが、やはり誰もいません。
「ここもナシか……」
別の部屋に行こうと、踵を返した直後でした。さきほど入って来たこの部屋の入り口に誰かが立っています。
「誰だッ!!」
言うより速く勇者シトリーは腰を落とし戦闘体勢に入ります。
入り口に立っていた〝それ〟は、ゆっくりと勇者シトリーに近づいてきます。
「妾は魔王ぞ」
魔王。
魔族の長で、人間を苦しめる存在の頂点に君臨する者です。
外見は人間の女性に酷似しています。色は人間より少し黒めでした。そして〝ないすばでぃ〟な体は、世の男を虜にしてしまいます。
三年前、その美しすぎる魔王の容姿に心を奪われた勇者ヴァイル・オリアス(♂)は魔王側に寝返りました。そして、その時まで行動を共にしていた勇者ルーピー・マーレル(♀)をその手にかけたのです。
勇者ヴァイルの裏切りは世界を震撼させました。たちまち彼の名は悪の代名詞として世界中に知れ渡ったのです。
「テメェから出向いて来るんなら、も少し早く出て来て欲しいね」
「フフ。威勢のいい奴じゃ。ここで殺すのは少し惜しいかのォ」
「裏切りの勇者はどこにいる?」
「妾の夫のことかの? それなら今は上で、妹たちと宴の最中じゃ」
「ケッ。近親相姦かよ。反吐が出るぜ」
勇者シトリーは一度小さく溜息をつき、そしてギンッ!! と魔王を睨みつけます。
「なら、まずはテメェから殺すか」
シトリーの視線からあふれ出す禍々しい〝それ〟――。
まともな動物なら逃げだし、まともな人間なら失禁し、まともな魔物なら怯えるほど〝恐ろしい〟と称される勇者シトリーの殺気。
ですが魔王はそんなシトリーの殺気に臆することなく、平然な顔で微笑み返します。
「フフ。強がるな勇者よ。何の武器も持たないお主が、妾をどう殺すというのだ?」
魔王の言う通りでした。勇者シトリーは剣や盾、杖や槍といったお馴染みの武器を何一つ装備していません。
「オレの武器はこの拳一つなんでね」
自分の胸の前にもってきた右手を、シトリーは強く握りしめます。
「そうかそうか。ならばお主がシトリー・バールか。何も武器を持たず魔物の幹部共を殺している勇者がいると報告は聞いてはいたが……。まさか本当に素手で妾の部下共を殺していたと言うのか」
「…………」
間がありました。時間にして約一秒ほどの。
そして。
魔王は今まで以上に、不気味な笑みを浮かべます。
「決めた。そなたのような強い男を妾は好む。――勇者よ。妾の夫になれ。妾と子を成し、命果てるまで欲望に生きるがよい」
「ああ? オレを誘っているのか?」
「そなたの好きなようにしてよい。安心しろ、子を成した後そなたを切り捨てることなどせぬ。現に、そなたの言う裏切りの勇者であり妾の夫は、今も生きて妹達と子作りに励んでおる。――そろそろ妾も、他の男が欲しておったところじゃ」
「魔族も浮気するのか? ワリィがオレにはもう、愛すべき存在がいるんだよ」
「そう強がる男も、妾の好みじゃ」
一歩一歩。魔王はゆっくりと勇者シトリーに近づいてきます。
勇者シトリーは半歩後ずさりしました。
「オレの間合いに入ったら、直ぐさま必殺の一撃が飛ぶぞ」
「妾に恐れるな勇者よ。どれだけ威勢を放ったところで、お主の視線は先程から妾の胸を凝視しておる」
豊満な胸を自分で持ち上げながら強調してきます。シトリーはあそこまで大きなおっぱいを見たことがありません。
「触りたいか? 揉みたいか? 顔を埋めたいか? ……好きにしてよいぞ。なにせ、妾以上の胸を人間は持ち合わせていないからの」
魔王はすでに勇者シトリーと体を密着させるほど、近くまで来ていました。大きな胸をシトリーの体に押しつけ、優しくシトリーを抱き寄せます。
「胸の鼓動が高鳴っておるな。緊張しているのか? ならば、気持ちよくなれば、緊張もほぐれよう」
魔王は右手でシトリーの足と足の間…………股間へと伸ばし、いやらしい手つきでそっと愛撫し――、
そこで初めて〝違和感〟を覚えました。
「お、お主、まさかッ……!!」
「遅ェよ間抜け」
次の瞬間、魔王は吐血しました。
勇者シトリーは強めに魔王を突き飛ばしましたが、辛うじてバランス維持した魔王は転ばずに、しかしよろめきながら必死に立っています。
魔王の胸の中心に刺し傷がありました。そこからドクドクと人間と同じ、赤い血が流れています。
「しぶてぇな。心臓刺したのにまだ生きてんのかよ」
そして勇者シトリーの右手は魔王の血で赤く染まっています。更に左手には、いつの間にか短剣が握りしめられていました。
「き、貴様……いつ、武器を出した……?」
魔王が胸を押さえながら必死に声を出します。
「最初からだよバァカ。オレの魔法で見えなくしてたの。油断して近づいてきた所に、短剣で一差し。まさかこんな上手く行くとは思っちゃいなかったけど……ま、お前がもう一つ騙されてくれたおかげだね」
魔王がもう一つ騙されたこと。それは――、
「ぐっ……貴様……女か?」
それは、勇者シトリーの性別。
「そうだよ! オレは女! オレを男と間違えて誘惑してきた時はキツかったね。もうー笑いを堪えるのにさ! テメー、いくら勘違いしているとはいえ、ガチでオレに欲情してんじゃねーよ。気持ちワリーわ!」
どこか余裕でもあるのか、勇者シトリーのいつもの毒舌が炸裂します。
「オレさ、生まれつき男っぽい顔してるからみーんな騙されるんだよ。胸も小せぇしな。魔族も騙されるか半信半疑だったけどよ……頭がこんなマヌケッぷりじゃ簡単に騙せそうだな。今も上で乱交している残りの魔族も全部」
今度は勇者シトリーが一歩一歩魔王に近づいていきます。理由はもちろん、とどめを差すために。
「ぐぅ…………ハァ、ハァ……」
「ワリィがオレにレズの気はねえ。任務の方も、お前ら全員殺さねぇといけねえし、あんま時間かけられねーんだ」
もはや魔王は立っていられなくなり、膝をついていました。自分の流した血でいっぱいの、真っ赤な床に。
「そんじゃ、死ね」
更新遅れてスミマセン。どこで区切ればいいかずっと迷ってました。
もしかしたら次の『転』を二つ三つに分割するかもしれません。