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第8話 ただいま

 

「ただいま……」


 新しい部屋のドアを不慣れな手つきで開けながら、雅臣は中に声をかけた。


「おかえりぃ~」


 奥から声が聞こえる。健の声だ。なぜだかホッとする自分に苦笑する。聞こえはしないが、母親も同じセリフを言っているのかもしれないと想像した。


「わりぃ。先食べてるよ」


 居間に入ると、健が弁当を食べながらこちらに笑顔を向けてきた。雅臣は重たい疲労感とは別に、急速に腹を空かしている自分を自覚して、袋に入った冷めた弁当を取り出した。


「アレ?」


 健が玄関の方を覗き込みながら疑問を口にする。


「どうした?」


 箸を割りながら、ナゾの疑問符について尋ねた。


「ん? いや、まぁいいんだけど。……あ、お茶冷やしてあるよ」


 答えを濁されながらも、健が冷蔵庫までお茶を取りに動いてくれる。雅臣は、その背中に軽く礼を言った。


「あのさ、雅臣ってホントに視えてないんだよね……」


 健がペットボトルのお茶を持って戻ってきた。対象人物を口にしなかったが、この場合母親の事を指している事は明らかだ。取りあえず再確認の為、雅臣は辺りを軽く見てみるが、やはりそれらしきものは見当たらない。


「まったく。……気配すらわからん」


 母親の前で申し訳ないが、視えないものは見えないのだ。親不孝と言われたってどうしようもない。


「う――ん。困ったな」


 健が腕組をしながら何やら思案している。と言ってもこの状況がそう簡単に変るとは思えない。とりあえず腹が鳴るので、雅臣は弁当にがっついた。


「あのさ。先生の再婚の事だけどさ、とりあえず協力するフリだけにしない?」


「はあ?」


 箸で持ち上げた唐揚げを思わず取り落としてしまった。先ほどと意見が真逆じゃないか!と思わず睨んでしまう。


「何いってんだよ、お前」


 しかも依頼人の前で堂々と。どういう神経してんだと、慌てふためいて小声で健を窘めた。


「だってさ。おばさん、願いが叶っちゃったら、成仏しちゃうかもしれないだろ?」



 ……そらそうだろう。成仏してもらう為に叶えるんだから。 何言ってんだ?



 母親の手前、声には出さずに心の中でツッコミを入れた。


「しばらくおばさんに居てもらおうよ。そしたら雅臣にも視えるようになるかもしれないじゃん。 ホラ、慣れ? とか」


「いやいやいや。おかしいだろ。その考え方は」


 全力で否定しておく。


「なんで? 雅臣だって会いたいだろ? おばさんに……」


 その点で雅臣は返事に詰まってしまった。たしかに会いたいけれど、だからと言って願いを蔑ろにするのはどうなんだろう? それこそ親不孝モノではないか? 


「それに言ってたじゃん。聞きたかった事があるっ……」

「バカ!!」



 ……だから! 本人を前にして、そういう話はやめてくれ! 



 雅臣は思い切り健の口を手で塞ぐ。その内容を健経由で聞きだすなんて絶対したくなかったからだ。 すると、塞がれた口でフゴフゴと健が何かを訴え、雅臣の手を無理やり払いのけた。


「何すんだよ! 苦しいだろ!」


「母さんの前で!」

「いないよ!!」


「は?」


「いないっつってんの! バカ!!」


「え? いないの?」


「いたらこんな話するか!! 考えろよ!!」


 よほど苦しかったのか、ゲホゲホいいながら健が涙目で怒ってくる。


「わ、わるい。 視えないからさ。……てか、母さんどこ行ったの?」


「はあ? 知らないよ! 出てっちゃったんだから」


「えええ!! ちょ、待て! いつ出てったの?」


「え? ……いや、二人が出てった後すぐ。 多分、雅臣たちの後を追っかけてったんだと思うけど」


「えええ?! マジで!! ついて来てたの?! 」


 もしかして、別れ際の情事を見られたかも知れない。そう思った途端、雅臣の顔が真っ赤になる。


「たぶん……ね。けどさ、てっきり一緒に帰ってくるかと思ってたんだけど、雅臣一人だし……アレ? みたいな」


「はあ? マジで!? 早く言えよ!! どこ行っちゃったんだよ!!」


「……さあ? 迷ってるのかな?」


「バカ!!」


 そんなバカ二人で顔を見合わせて、母親幽霊の行き先を考えあぐねた。




 * * *




「ただいま」


 理佐が慣れた手つきでドアの鍵を開けて中に入った。声をかけると待ちわびたように奥から歓声と走る足音が近づいてくる。


「ママ!! おかえんなさい!!」


 ギュッと抱きしめると腕の中で小さな笑顔が弾けた。


「おりこうにしてた?」


「うん! してたよ!」


「おやぁ? ママが帰って来るまで寝ないって駄々をこねてたのは、ダレだぁ~?」


 イジワルな声が後ろからやってきた。大家の奈津子だ。


「なっちゃんが、寝なくていいっていったんだもん!」


 頬を膨らませて小さな天使が拗ねる。


「ごめんなさい、奈津子さん。 こんなに遅くなっちゃって」


「かまわないわよ。それより、携帯戻ってきた?」


「はい。返してもらえました」


「そう、よかった。なんなら泊まってきてもよかったのに」


「な、奈津子さん!!」


 思わぬセリフに大きな声を出してしまった。腕の中で小さく震えるのを感じ取った理佐は慌てて我が子を抱きしめなおした。奈津子が舌を出しておどけてみせる。六十歳に見えない笑顔だ。


「もう、変な事言わないで下さい。……佑太、ごめんね。びっくりしたね」


「だいじょうぶ。へいきだもん」


 四歳の誕生日を迎えた我が子の成長に、理佐は涙が出そうになる。佑太の事を一瞬でも忘れそうになった事を深く反省した。この笑顔を見ると、自分にとって一番大切なモノは何なのか……いつも思い知らされるのだ。 改めて理佐は自分の息子をギュッと抱きしめた。


「ママも帰ってきた事だし。なっちゃんは部屋に戻るかな」


 大家の奈津子は同じアパートの1階に住んでいる。早くに連合いを亡くし、息子が独立したのを期に、資産の一つであるこちらに大家として引っ越してきたのだ。


「えええ!! なっちゃん、かえっちゃうの?」


 寂しげな顔で佑太が奈津子を見上げた。佑太は人見知りしない子だが、奈津子には特に懐いている。大人が側にいるだけで安心できるのだろう。


「うーん、そんな顔しないで。また明日遊ぼうね」


 奈津子が笑顔で佑太と約束を交わす。それでも帰って欲しくない佑太が、口を尖らせながら理佐の後ろに隠れた。


「奈津子さん。いつもすみません」


「いいのよ。楽しくてやってんだから」


 奈津子が笑いながら手を振り、玄関でサンダルを履いた。ドアノブに手をかけて、一瞬動きを止めてからゆっくりと振り返る。


「……理佐ちゃん。 預かるのはかまわないんだけどね、いいかげん逃げてちゃダメだと思うの。……まあ、私が言う事じゃないけど、佑くんの為にもね」


 奈津子の痛い一言が、理佐の心に突き刺さる。これまでに、何度か言われてきたセリフだ。


「……はい」


「ごめんなさいね。でも、心配なのよ。お節介が過ぎたけど、許してね。……まあ、年寄りはいつでもヒマしてるから、遠慮なく使ってやってちょうだい。……それじゃあね」


 そう言って、もう一度笑顔を見せて奈津子が部屋を出て行った。


 理佐の生活は今、彼女のお節介で支えられている。だからこそ、今のセリフは無視できない。理佐を現実の問題と否応無しに向き合わせた。それでも今は、佑太の側にいたい。逃げてしまう自分を許して欲しいと願い、理佐は俯いた。



「ママぁ、だっこ」


 足元に絡んだ佑太がぐずり出した。体が熱くなっている。もう眠いのだろう。


「佑太。お布団に入ろう」


 抱きかかえた佑太を部屋に連れて行く。布団に佑太を入れると、奈津子と何をして遊んでいたか、自慢げに話してくれた。


「あのね、ママとなっちゃんはおともだち?」


「え? そうねえ……お友達……かな?」


 四歳児に大家と店子の関係を話してもわからないだろう。


「じゃあ。その、白いヒトもママのおともだち?」


 佑太が理佐の背後を指差す。


「白い?」


 振り返ると、二人の視線の先に、ちょこんと正座した雅臣の母がいた。



読んで下さってありがとうございます。


なんと! 理佐ちゃん子持ちでした。

これを知ったら雅臣くんはどうするのでしょう? ……とその前に

次回、悩む雅臣くんの話です。

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