第5話 こっちは死んでんだ。
「つまり、オヤジが心配でこのままでは成仏できないと……」
「うん」
「オヤジの再婚相手を探せと」
「うん。そう言ってる」
雅臣は健の通訳を聞きながら頭を抱えていた。自分に見えない相手の存在を信じろと言うだけでも困っているのに、お化けの……というか母親の希望している事がひとかたならぬ内容なのだ。
「五年も経って化けて出てきた割に、息子にすごい事頼んでくるよな……」
「いや、ちょっと違うみたい……。え? あ、そうなんすか、ハハハハ」
「なんだよ」
勝手に話が進んで、雅臣がイラっとする。
「おばさん、死んですぐは先生の側に居たんだって。けど、ハハハ。雅臣と同じで、まったく見つけてもらえなかったそうだよ。それで雅臣のトコに来たみたい。霊感が無いのは父親ゆずりだなって、今 笑ってたんだ」
「はあ? なんだよそれ」
霊感がないのは遺伝のせいみたいな言い方はやめて欲しい。父親と一緒の扱いを受けるのは、些細な事でも苦痛でしかなかった。
「あのさ、オヤジの事なんてほっとけばいいじゃん。死んでまで心配する事ないって」
どこを見て話せばいいのかわからず、雅臣の視線が彷徨う。すると、健の表情が途端に暗くなった。
「雅臣……。おばさんが薄情だって泣いてるよ。 あ、号泣だ」
健だけなら無視するのだが、理佐まで冷たい視線を送ってくる。これには居たたまれなくなった。
「……んだよ。 息子がオヤジの再婚相手を世話するなんて、おかしいだろ」
「おばさんの為じゃないか。」
「そもそもオヤジにその気があるのかよ!」
裏をかいて尋ねる。母親の返事がないのか、健の返事が返ってこない。
「だいたい、息子が言うのも何だけど。オヤジは母さんを大切にしてたじゃん。今でも忘れられないんじゃない? 再婚なんてしないって」
「たしかに、そうだよな……。 え? そうなんですか!!」
健が通訳する前にツッコんでいる。やっぱり蚊帳の外な気がして嫌な気分だ。
「先生、そうでもないらしいぞ! それっぽい女性がいるんだってさ」
「ええええ!!」
父親に女の影があることにも驚いていたが、母親が知っているのにも驚いた。
「……なんか、勤めている病院の看護師さんらしい」
「は? 病院?」
雅臣は一瞬戸惑った。父親が自宅の診療所を閉めた時に、医者も辞めたと思っていたからだ。
なんだ。医者、続けてるんだ……。やっぱ、辞められないか。あの人だもんな。
すこし軽蔑的な思いがよぎる。それにしても母親の為に人肌脱ぐのはやぶさかではないが、父親の為に何かする事は、やっぱり躊躇いがあった。
そんな事を雅臣が考えていたら、理佐が突然独り言を話し出した。いや、よく聞くと母親と会話をしているようで、どうやらどんな女性なのかを質問しているらしい。健まで へぇー と感心したように会話に参加しだした。
はっきり言ってオモシロくない。というか、不愉快である。一番の身内に視えないなんておかしいじゃないか。 ますます雅臣は意固地になった。
「俺、やんないから」
「え?! なんでだよ」
健がびっくりして雅臣を見つめた。
「お前が協力してやれよ。直接話せるんだし」
拗ねた様子で雅臣がソッポをむく。その態度に健が口を尖らせた。
「雅臣のお母さんだろ!」
「そんな事言ったって、俺には視えねえし! ……声だって聞こえないんだからやりようがないだろ」
後半は小声になった。要するに雅臣もひとめ母親に会いたかったのだ。それが幽霊だったとしても。
その事に気付いた健が気まずくなって沈黙する。しかも、次のセリフを通訳するのにすごく躊躇った。
「あの……おばさんが“毎日金縛りに合ってもいいのか?”って言ってるけど」
「はぁ?!!!!」
雅臣が目を剥いた。まさかあの仕業が自分の母親とは思いもよらなかったからだ。
「母さんだったのか?! 息子に何してんだよ!! 死ぬかと思ったんだぞ!! 」
「……お、おばさん。それはどうかと思いますが……」
母親の返事に、健がお茶を濁す。
「なんだよ。何て言ってんだよ」
「いやー。その……」
「はっきり言えよ!」
雅臣は、半ば脅しのような形で健につめよった。間に入る健はたまったものではない。
「……『こっちは死んでんだ。死ぬかと思えるだけマシだと思え!』……だそうだ」
目をそらして健が告げてくる。 くそぉー、何て親だ。昔からイタズラ好きな人だったけど頭にきた! そう思いながら視えない母親を睨み返す。
「あの、……一生取り憑くって言ってるよ」
「はあ?! 冗談じゃないよ!!」
そんな事されたら、理佐と結婚できないじゃないか!!
自分と理佐の将来が、死んだはずの母によって暗雲が立ち込めるなんて……。一体誰を呪ったらいいんだ? とオカルト的な状況に、思わずオカルト的な思考に偏る雅臣だった。
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