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第4話 おねしょじゃない!!

 

「電話……なんだかごめんね」


 理佐は、電話で大きな声を出したことを気まずく思っていた。だからとにかく謝っておきたくて、とりあえず謝罪を口にしたのだ。


「ううん。俺の方こそケイタイ、取り違えてごめんな」


 そう言って、雅臣が笑って携帯を渡してくれるが、その後に微妙な沈黙が続いた。やっぱり怒っているのかも知れない。そういう思いで理佐は気持ちが暗くなる一方だった。


「あ、なにか飲む?」


 気を遣って雅臣が立ち上がる。しかし理佐は長居するつもりはなかった。


「あ、ごめんなさい。すぐに帰らなくちゃいけないから」


「え、あ、そうなんだ」


 益々気まずい雰囲気になる。今夜はもう帰った方がいいかも知れないと、理佐は立ち上がってその足を玄関にむけた。


「あ……えっと、送らない方がいいのかな?」


 雅臣のセリフの変化に理佐の心が痛む。これまでは“送っていくよ”と素直に紳士的なセリフだった。それを断り続けたのは理佐の方だ。


 理佐はもう、この関係に限界を感じている。というより、最初から無理だとわかっていた。それなのに、雅臣の優しさに甘えてしまったのだ。




「あ、いや、じゃなくて。そう言う意味じゃ……なんていうか……ごめん」


 俯く理佐に、慌てて言い添えてくる雅臣。それに対して、益々申し訳なさが募る。 これはもう、彼の為にも終わらせなければいけない。そう覚悟を決めて口を開いた


「雅臣くん ……私たち」


 同時に部屋の奥でガラスの割れる音がした。 驚いた二人で目を合わせる。居間に戻ると写真立てが床に落ちてガラスが飛び散っていた。


「うわぁ!! 最悪だ」


 慌てて写真立てを拾う雅臣。ちらりと覗くと写真の中で年配の女性が笑っているのが見えた。


「それ、お母さん?」


 一緒にガラスを拾いながら聞いてみた。 たしか病気で無くなったと聞いたはずだ。


「……うん。母さん」


「綺麗な人だね」


「そうかな? ……う――ん、理佐の方が綺麗だと思うよ」


 雅臣はこう言うセリフを嫌味なくさらりと言う。 変に気取らないけれど、思った事はちゃんと口に出す。嘘がないから言われた理佐はすごく照れてしまうのだ。


 俯いて理佐が頬を赤く染めていると、昼間聞いたあの音が再び耳をついた。



 え? 何?



 理佐が慌てて周りを確認する。すると窓辺に一人の女性が立っていた。昼間見た幽霊だ。二度目だからか、今度はハッキリと見える。


「イャ――――!!」


 悲鳴を放つと共に全身の毛が逆立つのがわかった。横にいた雅臣に思わず抱きついてしまう。


「ど、ど、どうしたの?」


 心配した雅臣が聞いてきた。しかし、理佐は声も出せなくなっている。



 そこへ戻ってきた健が、悲鳴を聞いて慌てて部屋へ駆け込んできた。


「どうしたの!」


 駆け込んだものの、抱き合う二人に面食らっている。しかし、窓辺に佇む女性を見て、健は持っていた弁当をとり落とした。


「お、おばさん?」


「おばさん?!!」


 一人ついていけない雅臣は、健のセリフを繰り返すしかできなかった。




 * * *




「そんな事、あるわけないだろ!!」


 二人の言っている事がどうしても信じられない雅臣は、もう一度窓辺を凝視する。しかし何も見えない。


「いや、そこに正座してるし」


「ダレがだよ!!」


「だから、瑞枝(みずえ)おばさんだって!!」


「お前、ふざけんな」


 雅臣が健のシャツの襟元を持ちあげ睨みつけた。ふざけているなら性質(タチ)が悪い。死んだ母親がソコにいるだなんて。


「雅臣くんやめて! 鈴木さん、冗談で言ってるわけじゃないから」


 慌てて、理佐が仲裁に入ってくる。健だけならまだしも、理佐まで賛同してくるとは。雅臣はどうしたらいいのか判断に困ってしまった。……とりあえず健のシャツから手を離す。


「え、私ですか?」


 突然、理佐が声を上げた。雅臣に困ったような顔を向けてくる。


「おばさんが、この女性はダレだと聞いてるけど……紹介しようか?」


 健が気をつかって通訳(?)をしてくると、許可も取らずに


「この人は雅臣の彼女で、瀬名理佐さんだよ」


 と嬉しそうに、誰もいない窓辺に向かって話しかけた。


「な、何を勝手に」


「せ、瀬名理佐です。雅臣さんにはいつもお世話になっています」


 理佐まで頭を下げる。


 雅臣はお手上げな気分だった。もう、どうにでもしてくれといった投げやりな気持ちである。だいたい、二人して息まで合わせてどういうつもりだ……と、仲間外れにされて拗ねる気持ちも大きかった。


「だいたい、健はお化けが怖くないのかよ」


「だって、おばさんだし」


 健は小さいころから雅臣の家でよく遊んでいた。優しくしてくれた雅臣の母親をとても好きだったのだ。葬儀の時など、雅臣以上に泣いて、周りが引いていたぐらいだ。


「あ、お化け扱いして、おばさん怒ってるぞ」


「知るか!! 化けて出てるんだろ!!」


 すると突然、雅臣は右耳に息を吹きかけられたかのような風を感じた。びっくりして思わずひっくり返ってしまう。それを見て二人が笑った。


「おばさんだよ。耳に息を吹きかけたんだ」


 笑いながら健が実況する。それを聞いて雅臣は青ざめた。まさか、ホントにいるのか? 


「え、そうなんですか! ヤダ、可愛い」


 理佐が口元を隠しながら微笑む。 何ごとか? と雅臣は訝しんだ。


「おばさんが、雅臣が小五までおねしょしてた話を披露してる」


「な!! 母さん!!」


 違う意味でも青ざめた。誰もいない場所へ向けて、思わず怒りをぶつける。


 もう、認めるしかないのだろう。生きてる時から母親は、すぐに誰とでも打ち解けて笑いあった。ホントに明るい性格な人だったのだ。幽霊になってもそれは変らないのだろう。しかし、見えない相手にこれ以上黒い過去を暴露されても困る。しかも話が歪められている。 あれは断じて……


「おねしょじゃない! トイレに間に合わなかっただけだ!!」


 雅臣は、とりあえず訂正しておいた。



読んで下さってありがとうございます。


導入部分が終わりました。

全く自分には視えない母親幽霊に振り回される、そんな息子のお話です。

次回から話の本筋に入っていきます。

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