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epilogue  ― 僕らの未来 -


 八月も終わろうかというのに、まだまだ暑い日が続いていた。そのせいか、親子で少々夏バテ気味になっている。 それでも小奈戸家では、午前の涼しい時間を使って、放置していた庭の草引きが行われていた。


「さて、だいぶ片付いただろう。切りのいいところで休憩にするか……」


 声をあげたのはオヤジだ。さすがに五十八にもなると腰が悲鳴を上げているのか、痛そうに庇っている。


「だったら、ちょっと早いけど昼にしようか。 今日は素麺だから、すぐできるし」


 そう答えて俺も立ち上がる。二人で暮らすようになってから、料理はもっぱら俺の担当になっていた。


「あ、雅臣くん。私も手伝うよ」


 声を添えてくれたのは、手伝いに来ていた理佐だ。正式に離婚手続きも済み、親子二人で小奈戸家によく遊びに来てくれる。


「あ! ボールだ!!」


 小さなゴムボールを片手にはしゃいでいるのは、理佐の息子の佑太だ。最近、オヤジに懐いていて、なにかと側をウロウロしている。まだまだ俺には警戒心を強めたままだけど、こうやって楽しそうにしてくれると少し安心する。


「センセイ!! たまなげっこしてぇ――!!」


「え? 玉? いや、ま、雅臣!!」


 家に上がろうとする俺を、慌ててオヤジが呼び止めた。


「何?」


「お、お前がしてやりなさい。 キャッチボール!」


「え? 何でだよ。 俺、昼飯用意しなきゃ」


「それは私がやる。お前は佑太と遊んでやりなさい」


「はあ? オヤジをご指名なんだから……なあ、佑太?」


 首を大きく縦に振る佑太に、オヤジがしぶしぶ了承する。懐かれてんだから、もっと嬉しそうにしろよ。そう思うけど口には出さない。嫉妬めいたセリフに聞こえるのも癪だからだ。


「佑太、ご飯ができるまでよ」


「は―――い!!」


 母親の注意に元気良く返事をする。雑草が抜かれて広くなった庭を、佑太が駆け出した。 さて、じゃあ素麺を湯がくかな。


 家に入った途端、肝心な事を聞くのを忘れていた事に気付く。腹の減り具合だ。食が細くなっているオヤジだから、どれぐらい食べるのかを未だに掴みきれていない。


 掃きだし窓からそっと顔を出して、オヤジに声を掛けようとして仰天した。


「…………え、……お、やじ?」


 楽しそうにキャッチボールをしている父親の後ろ姿に、目が釘付けになって離れない。


……お、お、オンナ投げ?!


 女子高生か!という父親のぎこちない投球フォームに、めまいをおこしそうになる。思わず窓辺に片膝をついて、倒れそうになる自分を庇った。


「見ぃ~ たぁ~ なぁ~」


 振り返るとすぐ側に理佐が居た。 い、今のセリフは?


「……と、お母さまが言っています」


 え? 母さん?! えええ! 知ってたのか?!


「息子には知られたくなかったそうよ。運動オンチなところ。父親の威厳を保ちたかったのね。……ってお父さま、見かけによらず可愛い人だね」


 にっこり笑って理佐が説明してくれる。 小さい頃、あれほど頑なに、父がキャッチボールを拒んだ理由を……。


「さ、見なかった事にして、お昼を作りましょ」


 何事もなかったように、理佐が俺の手をひいて台所に連れて行ってくれる。 この人を好きになってよかったなと改めて思った。 にしても、長年騙されていたとは……。なんだかそんな自分がおかしくなって思わず苦笑する。 それを見た理佐も一緒に笑ってくれた。




 * * *




 台所で理佐と並んで仲良く手を洗っていると、なんだか新婚みたいで照れてしまう。


「そういえば、健さん遅いね」


 理佐も恥ずかしく思ったのか、誤魔化すように聞いてきた。


「そうだな。昼前には来るって言ってたのに……」


 健の事など、正直どうでもよかったがとりあえず答えておく。 見ると理佐の頬が少しだけ赤くなっている気がして、自分も恥ずかしさが増した。


「あ、そういえば、健に頼んでるんだって? 新しい部屋」


「うん。 親子で暮らせる小さい部屋」


 今は実家に身を寄せているが、弟夫婦が同居しているので、長居はできないと聞いている。 引越しか……。 そんなつもりで話題を振ったわけではなかったが、タイミング的に今じゃないかと思った。


「あのさ……う、ウチに……この家に来ないか?」


「え?」


 理佐が驚きの声を上げる。 それはそうだろうな。いきなり過ぎたかな? それでも、もう後に引けない。


「オヤジも喜ぶと思う。 俺と二人きりだと喧嘩が絶えないから……」


 そうは言ってみるものの、実のところ、あれからオヤジと言い合いになった事はない。お互い引き際を覚えたようで、ぶつかる前にどちらかが折れるようになったのだ。ただ、こう言った方が理佐は「うん」と返事しやすいだろう。


「で、でも……」


 戸惑う理佐の様子に、腹を括ろうと決める。


 奥の棚から隠していた小箱を取り出してきて、理佐に渡した。彼女が不思議な顔で蓋を開ける。と、その目が驚愕の色に変わった。


「こ、これ……」


「婚約指輪……です」


 言葉を失っている理佐に、自分もどう言っていいかわからなくなる。それでも、結婚したいという気持ちを、ちゃんと伝えなくては……そう思って、気合を入れなおす。


「……半年、待たなくちゃいけないのはわかってるんだけど。 せめて約束したいと思って。 仕事も変わって不安定な俺だけど…………」


理佐に真っ直ぐ向き直って、その目を見つめた。 そして心をこめて……


「僕と結婚してください」


 すると、理佐の頬から一筋の涙が落ちた。 ……え! ど、どうしよう。 俺はホントに理佐の涙に弱かった。


「いや、あの、その、返事はすぐにじゃなくていいから。 …………そうだ。 佑太が! あの子が俺と家族になってもいいって言ったら、……その時、左手に嵌めてくれる?」


 情けないけど、伺うように聞いてしまう。……そしたら、信じられない事に理佐が泣きながら笑い出したのだ。 え? わ、笑うところじゃないよ!! 困惑していると苦しそうに理佐が答える。


「ご、ごめんなさい。 嬉しくて泣いてしまったんだけど……そしたら、私以上にお母さまが号泣するんだもの……」


 な、なにぃ!!!  すっかり忘れてた。 母さんが居たんだ。


 そういえば、扉の向こうからすすり泣きが聞こえてくる。 ……って、あれ? 声が聞こえるのはおかしいだろ。 不審に思って扉を思い切り開けた。 


「「わぁああああ!!!」」


 互いに驚いて悲鳴がそろう。 扉の向こうで、泣きはらした目の健が尻餅をついている。


 ……お前まで、立ち聞きか!!


「えへへ」 


健まで泣きながら笑うという、奇妙な現象に取り付かれていた。


「居るなら居るって言えよ!!」


「だって!! 感動してたんだもん!!」


「バカ! お前にプロポーズしたんじゃねーぞ!!」


「っんだよ……照れちゃって」


 つついてくる健の人差し指を、勢いよく払い落としてやった。


「イッて――よ!!」


「うるさい!!」


「そんな暴力振るうんだったら、お前に全部請求するからな!!」


 健が意味のわからない文句をつけてくる。


「どうした? 何があった?」


 大きな声を出したからだろう。オヤジが佑太を連れて家の中に入ってきた。


「先生!! プレゼント持ってきました!!」


 姿を見た健が、喜び勇んで玄関から小ぶりな箱を持ってきた。差し出されたオヤジがソファーに腰掛けて、訝しげに包みを開く。中から出てきたのは、割れたはずのあの湯のみだった。


「これは……金継ぎ」


「はい! 親父の知り合いに金継ぎをしてる人がいて、頼んでやってもらったんです」


「ああ、これはすごいな。 そうか……。 健、ありがとう」


 愛おしそうに湯のみを撫でるオヤジを見て、健に感謝する。 あの後、修復に出してくれていたなんて思いもしなかった。


「でも、金継ぎなんて高かっただろ? 費用はちゃんと払うよ」


 心配したオヤジが健に問う。 たしかに高そうだ。


「いえ! 大丈夫です! 全部、雅臣が払いますから」


 えええええ!!!! 思わぬ流れ弾に倒れそうになる。 さっき吹っかけてきたのはこれだったのか!! って、指輪に貯金を崩したばかりなのに……。


 と、思わず男らしからぬセリフが口をつきそうになるが、グッと飲み込んだ。おれも男だ。 潔く払ってやる!


 そんな俺の様子をじっと見ていたオヤジが、フッと鼻で笑った。


「貧乏人に払ってもらうのは悪い。私が払うよ」


「な! なにぃぃ!!」


 悪態に思わずつっかかってしまう。


「じゃないと、プロポーズが延期になって、理佐さんに恨まれてしまうからな」


 思わぬ指摘に、横にいた理佐が真っ赤になる。 さっきそれをしたばかりだなんて、とても言えやしない。 健なんて、こちらをニヤニヤした顔で見てくる。……後で絶対シメてやる。


 そんな風に、からかわれている俺のところに、小さな天使がやってきた。


「まーちゃん。 ぼくも、センセイとおなじのがほしい」


「え?」


 シャツの裾を引っ張る佑太が、オヤジの湯のみを指差す。


「湯のみが欲しいの?」


 こくっと頷く佑太。最近、オヤジのマネを何でもしたがるのだ。見るとオヤジの目が泳いでいる。多分、佑太に譲ってもいいけれど、直してもらった健の手前で、言い出せないのだろう。 しかたがない。 大元に頼む事にする。


「母さん。 俺の湯のみ……あげてもいい?」


 オヤジに聞こえないように、小声でつぶやく。 すると吊るしてあった赤い短冊の風鈴が、涼しげな音を鳴らした。 ……ありがとう。 心の中で返事する。


 食器棚の奥から、しまってあった湯のみを取り出す。懐かしい緑のチョキだ。


「佑太、俺のをあげる。 センセイとお揃いだよ」


「わあ!! やった!! ぼくのもチョキだ!!」


 はしゃいで飛び跳ねる佑太を、大人四人……いや五人で見守る。


「よし! 雅臣の新しい湯のみは、俺が作ってやるぞ!」


 無邪気な佑太に触発されたのか、なにやら張り切って健が宣言する。 すると「ぼくもつくる!!」 と佑太が同意してさらに飛び跳ねた。


「そうか! よし。 カッコいいチョキを一緒に描こうな!!」


 二人して右手を上げて 「オー!!」 と号令を掛け合う。もはや健も四歳児だ。


 そんな姿を微笑ましく眺めていたら、急に健が青ざめた。 しかも、いきなりあらぬ方向に謝罪を始める。 それを見て直感で理解した。 母さんに怒られているのだ。そんな健の姿に、オヤジは不審がっているが、理佐も佑太も視えるので、もちろん笑っている。そういう俺も想像するだけで、どうにも笑いが止まらなくなっていた。


「雅臣くん……視えるの?」


 笑っている俺に、理佐が小声で尋ねてくる。


「なんとなくね。 ……『うさぎだ!!』って怒ってるんだろ?」


 その答えに理佐が驚いた顔をする。 ……正解だったらしい。


「この調子だと、なかなか成仏しないんだろうな……母さん」


 苦笑しながら理佐にささやいた。 


「ふふふ。 そうみたいね。 ……でも、結婚式に出てもらえるんじゃない?」


 え? ……今なんて? 


 驚く俺に、にっこり理佐が微笑む。


「さあて、美味しい素麺作らなきゃ!!」


 何事もなかったように理佐が台所へと向かった。そんな後ろ姿を今すぐ抱きしめたいと思うのだが、佑太を始め、みんなが居る前なのでグッと我慢する。


 それにしても、初めて目にする心霊写真が、自分の結婚式の写真というのもどうなんだろう。 …………でも、まあいいかな。 


 なんて、母さんが写った集合写真を想像したりした。




< おしまい >




最後まで読んで下さった皆々様!! 本当にありがとうございました!! 感謝です!! 


また別のお話でお会いできましたら、幸せでございます。 ……ぽんぬ


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