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第29話 朽ち落ちて欲しい縁

 有給というものを、雅臣は生まれて初めて使った。


 平日の昼間、実家で荷物を受け取っている自分に、何となく落ち着かない気分である。


「ありがとうございました!!」


 宅配のお兄さんが一礼して去っていった。受け取った荷物を観察する。割と平たい箱で、それなりに重い。 もしかして、川原さんから桃が?! と慌てた雅臣は、送り主の欄を見てホッとした。


「何が届いたんだ?」


 居間に持って入ると、興味津々に父親が聞いてきた。


「伯母さんから……葡萄かな?」


「葡萄? ……まだ早いだろ」


 雅臣もそう思ったが、伯母から送られる荷物で葡萄以外の物は見当がつかない。不思議に思いながらも包みを開ける。 そして、思わず「ギョ!!」っと口にしてしまった。


「……桃だ」


「え、桃?」


 驚いた父親もソファーから腰をあげ、こちらにやってきた。


「桃だな……」


 繁々と桃を見てつぶやいた。 さすがの父親も、多少うんざりした様子である。


「カードだ。……ご迷惑かけました。って、書いてあるけど」


 父親にカードを見せる。 迷惑をかけられた覚えはないが、迷惑になりつつある桃が届いた事に、二人で苦笑しあった。


「近所にわけるか……」


「そうだね」


「あ、午後から片桐が来るんだ。あいつにもわけてやろう」


「え、秀先生が? 何しに来るの?」


「さあ? 自慢話をする以外で来た事がないからな……わからん」


 雅臣は苦笑する。 たしかにウチに来ては自慢話に花を咲かせていた。それでも嫌味がないので、雅臣は秀介の話が嫌いではない。


「オヤジと秀先生も、付き合いが長いよね」


 雅臣が物心ついた頃には、すでに遊びに来ていたので、相当古い仲だ。


「腐れ縁だな」


「そんな事言って……」


「いや、本当に腐敗して、朽ち落ちて欲しい縁だ……」


 ホントか嘘かわからない程、真剣な顔で父親が言う。そんな父親に苦笑いしか返せない。


「ところで、お前は何しに来たんだ? せっかく休みを取ったんだろ?」


「あ、そうだった。 庭を掃除しようと思って」


「庭?」


「さすがにアノ状態は、母さんに悪いかなって……」


 盛夏に近づきつつある季節に、勢いを増した雑草が伸び放題だ。


「ああ、すまない」


「いや、別に。 家の中、綺麗にしてるだけでスゴイって。 んじゃ、長靴借りるよ」


 父親を落ち込ませたいわけではないので、早々に話を切り上げ、長靴のある玄関に向かう。


「雅臣!! 雅臣ぃぃぃ!!」


 待ち受けていたかのように、磨りガラスの扉の向こうから健の声が聞こえてきた。しかもかなり慌てた様子だ。 つられるように雅臣も慌てて鍵を開ける。 すると真っ青な顔の健と目が合った。


「ど、どうしたんだ?」


「……出た」


「出た?」


 するといきなり腕を引っ張られ、雅臣は玄関の外に連れ出された。 しかも扉まで閉めて挙動不審になっている。


「な、何だよ?」


「……出てきちゃったんだよ!!」


 小声なのに、健が必死に怒鳴ってくる。


「だから何が?」


「おばさんが!!」


「なにぃぃぃ!!!!」


 思わず大きな声が出て、慌てて健に口を塞がれた。


「声が大きいよ!」


「ご、ごめん。 だけど、どういう事だよ? 成仏したんじゃなかったのか?」


「本人はその気で昇ったらしいんだけど…………ダメだったみたい」


 肩を落とした健が、そうつぶやく。


「はぁ?! え? う、嘘だよな? いつもの冗談だよな? ハハハハ」


 是非ともそうあって欲しいと願って、雅臣は懇願しながら聞いてみた。


「おばさん、どうぞ」


 健に手の平を向けられたと同時に、覚えのある衝撃が雅臣の耳を襲う。


「ひゃあ!! …………マジか」


 驚きの後に襲ってくる凄まじい失望感に、雅臣もさすがにくじけそうになった。


「何なんだよソレ……」 


「ホントに、勘弁して欲しいよ……。 俺の涙も何だったんだ……」


 玄関先でお互いグッタリした。 まさかの復活劇に言葉がでない。


「……おばさん。 笑い事じゃないっすよ」


 珍しく、健が母親にキレている。 母親がのんきに笑っていたようだ。


「……それでさ、おばさんが墓参りしろって言うんだよ」


 キレた口調のまま、健が雅臣に報告してきた。


「ええ? 墓参り? なんで? ……つうか、自分の墓参りを催促するって、どうなの?」


「知らないよ!! 俺だって貴重な休日を潰して来てんだぞ」


 不動産に従事している健の休日は、普段から水曜日だ。


「とにかく、連れてけって言うんだから、雅臣が責任持ってよ!」


「わかった、わかったよ。 ……オヤジに車借りてくるから」


 ブーブー文句を言う健を宥めて、車のキーを取りに家の中へと戻った。 


「……にしても、どうして成仏できないかな」


 思わず雅臣もつぶやく。 これから先も母親に振り回されるのかと思ったら “恨めしや~”と、雅臣の方が言いたい気分になった。




 * * *




「お、美味そうな桃だな」


 瑞枝の仏壇に線香を上げていた秀介が、居間に戻ってきた。


「お前の好きな“高級品”というやつだからな」


「む! まるで私が、ブランド好きみたい聞こえるぞ」


「違うのか?」


「否定はせん」


 怒りながらも秀介は、高級桃を頬張った。 昼食も終わり、喜一がソファーでまどろみだした頃に、秀介は小奈戸家を訪れていた。


「それで、何しに来たんだ?」


「その迷惑そうな口調は止めろ! わざわざお越し下さったんだぞ」


「相変らず日本語がヘタだな……バイリンガルが聞いて呆れる」


 海外に滞在する事が多い秀介は、英語、ドイツ語、日本語を話すことができた。


「わざとだ! わざと!」


「もういいから、……用件を言え」


 うっとおしさを前面に出して、喜一が先を促す。


「なんだ! いい話を持って来てやったんだぞ!」


 ふくれっ面を前面に出して、秀介が答えた。


「いい話?」


「ああ。……雅臣の彼女、あの子、どっかで見たと思ったんだけど、市井の嫁とは思わなかった」


 喜一が理佐を紹介された時、まさに隣にいたのが秀介だ。そのパーティーも、無理やり秀介に連れ出された喜一である。


「それで?」


「調べてやったぞ。 ……にしても市井の小僧のヤツ、愛人が3人も居やがった」


「さ、三人?!」


「ああ。 隠し子まで居たぞ。……しかも小学生だ」


 つまり、理佐と結婚する前に出来た子供になる。

 探せば一人ぐらい出て来るだろうと踏んでいた喜一も、その報告には驚いた。


「さすがにボンクラ医者なだけはある ……いつ患者を診てるんだって話だ、な?」


「……羨ましいのか?」


「バカを言うな! 私はみーちゃん一筋だ」


 そのセリフは黙殺し、喜一は先を促す。


「その人達の居場所は、わかるのか?」


「小奈戸……。私をバカにするのも大概にしろ。もう、全てを終わらせて来てやった」


「は? ちょっと待て」


「心配するな。 ちょっとボンクラを脅してやっただけだ。 ……本妻と離婚してやらないと、愛人達に後釜を狙うよう仕向けるぞ……ってな。 多分、離婚成立まで時間の問題だろ」


「お前、そんな事で離婚しても……」

「ノープロブレム!! 問題ない!!」


 珍しく秀介が、喜一のセリフを遮る。


「佑太くんを家に残したら、小菅教授にバラす……と言い残して置いたからね」


 秀介の得意げな顔が、さらに自信に満ち溢れた。 唖然とする喜一に説明までしてやる。


「潔癖症の小菅さんを怒らせたら、市井病院の医者の半分は……」


「居なくなるだろうな……」


「イエース! ザッツライト! そういう事だ」


 喜一の出した答えに対し、大変ご満悦な秀介は、わざとヘタな英語を使って締め括った。


「……お前、相当の悪だな」


「それは違う! ボンクラの身から出たカビだ 」


「……(サビ)な」


「む! ……うるさいぞ。 コトワザは苦手なんだ」


 だったら使うなと言いたい喜一だが、敬意を表して黙っておく。


「ほら、受け取れ」


 むくれたままの秀介が、一枚のメモを突き出した。受け取った喜一が内容を確認する。そこには住所が一件書かれていた。


「理佐ちゃんの実家だ。……今は子供とそこにいる。 雅臣に、父親になる覚悟があるのなら……渡してやれ」


 思わず驚いた顔を喜一は見せた。 完璧主義者の秀介に、辟易する事の多い喜一だが、今は感謝しか言葉がない。


「手間を取らせてすまなかったな……。 にしても、お前、俺の頼みは聞けないんじゃなかったのか?」


 実は喜一は、顔の広い秀介に、理佐の夫の身辺を探って欲しいと連絡を取ったのだ。そして無下に断られていた。


「別に、お前の頼みを聞いてやったわけじゃない」


「は? だったらなんだ?」


「決まってるだろ。 みーちゃんの頼みだからだ!」


 またかと喜一は思った。 みーちゃん、みーちゃん、うるさいな……と正直うんざりしている。


「……はいはい。 瑞枝も天国で喜んでます」


「体よく受け流すな!! ……あ、さては小奈戸。 お前、亡くなってからみーちゃんに一度も会ってないだろ?」


 ……どうやって会うんだ? くだらない問答に喜一が苛立つ。


「私はすでに、二回もみーちゃんに会っている。 いや、三回か」


「は?」


「一度目は、お前が医者を辞めると言った時だ。 みーちゃんが、喜一さんに医者を辞めさせないで……ってせがむもんだから、仕方なくな。ほら、病院を紹介してやっただろ?」


「な、そうだお前! 頼んでもないのに何してくれてんだ! いきなり呼び出されて断れない状況なんて、おかしいだろう!!」


「普通に紹介したらお前は断るだろうが! いまさらゴタゴタ言うな! この医者不足の世の中で、六十前に引退できると思ってるほうが間違ってるんだ」


「なっ……」


「それに、枕元で泣いて縋ってくるみーちゃんの頼みを、誰が断れるんだ!! 私は何があっても彼女の望みを叶える!!」


「……お前、やっぱりその歳で手術(オペ)のやり過ぎなんだよ。……大丈夫か?」


 喜一は労わりを持って、秀介に声を掛けた。 本気で心配になったからだ。


「む! 幻覚じゃない! 老人扱いするな!! ……お前、みーちゃんが私のところにしか来ないから、妬いているんだろ? 羨ましいとハッキリ言え!!」


「はあ? バカは休み休み言え! 本気でお前を心配してるんだろうが!!」


「余計なお世話だ!!」


「なにおぅ!!」


 睨みあった瞬間、仲裁に入るように秀介の携帯が着信音を響かせた。 慣れた手つきで秀介が電話に出る。


「すぐに行く……」


 いくつかの指示をして通話を終えた秀介は、すでに外科医の顔に変わっていた。喜一も医者なので何の電話か、聞かなくてもわかった。 黙って玄関まで秀介を見送りに出る。


「気をつけて行け」


「ああ、わかってる。 桃、美味かったぞ。ごちそうさま」


「礼を言うのはこっちだ」


「その礼は、みーちゃんにもらうから結構だ」


 相変らずの憎まれ口に、喜一は呆れかえってしまう。 しかし、そんな喜一に構う事なく、秀介は扉から出て行った。


 ひとり部屋に戻った喜一は、嵐の去った後のような、妙に静かに思える部屋で立ち尽くした。 なんとなく、そのままくつろぐ気にもなれず、和室に移って仏壇の前で胡坐をかく。 冷房の効いていない部屋で、しばらく何も考えないまま、瑞枝の位牌をただボンヤリと眺めていた。


「雅臣は、どうするんだろうか……」


 手の中にあるメモに視線を移す。


「一緒になるんだったら、ここには戻らんだろうな……」


 思わずため息をついていた。 蝉の声がやけに大きく聞こえてくる。


「なあ、瑞枝。 ……お前は、俺のトコには出て来てくれないのか?」


 ハッと我に返った喜一は、つぶやいた一言に無性に恥ずかしくなって、思わず自分の口を塞いだ。


「何を言っているんだ、俺は……」


 そして逃げるように、その場を後にした。



読んでくださってありがとうございます。


タイトルどおり、やっぱり成仏できない小奈戸瑞枝さんです。……スミマセン。

さて次回、いよいよ最終話です。


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