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第28話 答えは、教えてもらった気がする


 驚いた事に、雅臣が実家に戻った時には居間がすっかり綺麗になっていた。ソファーの上でグッタリしている健を見ると、どうも彼が手伝った様子だ。


「おかえり。……意外に早かったな」


 父親が労いの言葉を掛けてきた。


「うん。途中で迎えが来てたから。 ……あ、これ川原さんにいただいた」


 もらった桃を父親に預ける。


「おお! これもまたすごい桃だ。 ……なんだか返って悪い事をしたな」


 そう言いながらも、父親は嬉しそうに桃を仏壇に供えに行く。雅臣は、後ろ姿を見送ってから、運転で疲れた体をソファーに投げ出した。


「おばさんが、ごめんね……って言ってる」


 小さな声で健が話しかけてくる。


「ホントだよ。……誰が悪女(ワル)なんだよ。めちゃくちゃいい人だったじゃないか……」


「だよな……。 びっくりした。 人は顔じゃないよな」


 お前も反省しろと健に怒りたくなった。しかし、雅臣も注意できる立場ではない。女性の心情を汲み取れない自分に、つくづく情けないなと、まずは自己反省する。


「やっぱ、美味しい桃を作る人に、悪い人はいないんだね」


「言ってろ。 バーカ」


 この分だと健も結婚できないな……。と、友人ながら哀れに思った。 



「いろいろ心配かけて、済まなかったな……」


 居間に戻ってきた父親が二人に声を掛ける。「別に……」と雅臣が、下を向いたまま返事をした。それを見ていた健が、クスクスと笑いながら立ち上がる。


「俺も、おばさんに線香あげてこーよおっと」


 雅臣の父親と入れ替わるように和室へ向かった。二人きりで話せるように、健が気を配ったのだ。見送った父親が、雅臣の向かい側に腰を下ろす。


 しばらくの沈黙の後に、父親がゆっくりと口を開いて反省の弁を述べた。


「川原さんと話してるうちに、自分も前に進まなきゃだめだと思ったんだが……。上手くいかないもんだな。 ……いつまでもひとりでいる訳にはいかないと、ずいぶん頑張ったんだけどな」


 うな垂れる父親に、雅臣は疑問を一つぶつけてみた。


「なあ、どうしていきなり家を売ろうなんて言い出したんだよ」


「ん? いや、それはまあ……幸太郎が『再婚なんて無理だ』なんてぬかすもんだから、その……つい」


 友人である健の父親と、酒を飲んでいた場での戯言だったようだ。 雅臣が呆れた表情を顔に出すと、慌てて父親が言い訳をする。


「う、売ろうと思ったのは本心だぞ。 ここに川原さんを呼ぶのは失礼だろ。……だから」


たしかに、本当に再婚するのなら、母親の思い出がたくさん詰まったこの場所では、難しいだろうと雅臣も素直に思った。


「手始めに家の要らない物を整理して、捨ててしまおうと思ったんだが、……驚いたよ。 何一つ自分では捨てられないんだ……。 前に進むどころか、忘れていた思い出まで蘇ってきて、後ろに下がる一方だ。 ……ホントにダメだな、俺は」


 そんな、頭を掻いて苦笑する父親を見て雅臣は考えた。 父親は、昔から自分の話をする事が嫌いだった。 その上、嬉しいとか、寂しいとか、そういう気持ちを表に出すのも苦手なようで、こんな風に心を開いて、雅臣に話してくれたのは初めてのような気がする。少し嬉しいような、気恥ずかしさと同時に、だから父親の怒った顔しか覚えていないんだなと、雅臣は父親に対しての偏った記憶の原因が、何となくわかった気がした。



「瑞枝…………あきれてるだろうな」


 父親が掃き出し窓の先に視線を移した。 つられて雅臣も庭を見る。家の中は綺麗だが、さすがに庭までは手が回らないのだろう。雑草が伸び放題になって荒れていた。 母親が生きていた頃は、春はもちろん、冬でも色とりどりの花が咲く綺麗な庭だった。花が好きだった母親は、いつも庭弄りをしている印象が雅臣にはある。父親も、その頃を思い出しているのかもしれない。 荒れた庭を寂しげに見つめていた。


「別にいいんじゃないかな……。 無理して忘れなくても」


 川原の言葉を思い出す。 父親にはもう少し時間が必要なのだ。 


「いや、しかしな……」


「母さんも、そんな事望んでないよ」


 こればっかりは嘘をついた。 まさか再婚相手を探せ!と化けて出てきた事など、父親に言えるわけがない。


「う―ん、そうだろうか……」


 腕を組んで悩む父親を見て、雅臣は帰りの車の中で考えた事を打ち明けようと決心した。


「父さん。 ……相談があるんだ」


「相談? お前が相談なんて珍しいな」


「うん、まあ、そうなんだけど……。 俺、転職しようと思ってるんだ」


「転職?! 会社を辞めるのか?」


「うん……。 以前、お世話になってた先輩に誘われたんだ」


「誘われたって…………うーん。 ちなみに、転職先はどんな会社なんだ?」


「会社っていうか……小さなデザイン事務所なんだけど」


「デザイン?! …… って、お前」


 最初は驚いた顔で聞いていた父親だが、いつしかその表情が曇りだしている。


「俺、学生の頃から、グラフィックデザイナーになりたかったんだ」


「……いや、そんな事を言っても、希望や熱意だけでやれる仕事じゃないだろう。 その、なんだ、センスとか、才能とか、そういうのが必要な仕事なんだろう? そんな突然……」


「わかってる。 才能は無いかも知れない。 ……でもチャレンジしてみたいんだよ」


 誘ってくれた先輩は雅臣の事を評価してくれていた。 それでも、その言葉を真に受けるほど自惚れてはいない。ただ、今はとにかくやってみたかった。失敗したとしても後悔しない自信はある。 いや、挑戦しない方が絶対後悔するだろう。 そんな強い思いが今の雅臣を突き動かしていた。


「ちゃんとした会社に就職したのに……どうしていまさら……」


 小さな声で父親がつぶやく。 その気持ちも分かる。 雅臣も悩んだ事だ。 理佐が側に居た頃なら、安定のある今の会社勤めを手放せなかっただろう。しかし、今は一人だ。失敗したとしても自分しか困らない。 その事も、雅臣の背中を押した理由のひとつだ。


「とにかく、今の会社は辞める。 もう決めたんだ」


 明らかに父親は苦い顔をしている。 それでも今の雅臣は確信していた。 自分が決めた事をきっと応援してくれる。 自分の気持ちを理解してくれる。 医者になった父親だからこそ、そう思えた。


「そういうのは相談とは言わん。 報告じゃないか……」


 聞く耳をもたない雅臣に、拗ねた口調で父親が漏らす。 少しだけホッとした雅臣は笑いながら続けた。


「たしかに、ここまでは報告なんだけど……ここからが相談なんだ」


「ここから? まだ、何かあるのか?」


「……うん」


 雅臣にとっては、こちらの方が言い出しにくかった。 それでも深く息を吸って、覚悟を決める。


「……父さん。 俺、ここに戻ってきてもいい?」


「…………」


 聞こえてないはずは無いが、父親が無反応である。


「いや、デザイナーって言っても、最初はアシスタントなんだ。だから給料も安くて……家賃が払えないかも知れないんだ」


 慌てて説明を付け加えた。 一人暮らしが出来ないわけではないが、苦しくなるのは目に見えていた。 それにそう言ったほうが戻りやすいと雅臣は思ったのだ。……しかし、父親は腕を組んだまま目を瞑り、全く何も言わない。 雅臣はとても焦った。


「そ、それに、ここからのほうが事務所に近いし……。もちろん、家にお金は入れるよ。 ……ごはんだって俺が……作るし……」


 何を付け足しても、その目は開かない。 父親は、いまさら同居なんて嫌なのかもしれない。これはもう作戦失敗かも ……半ば、雅臣が諦めかけた時、父親の目がふいに開いた。


「……お前の家じゃないか。 誰に断りがいるんだ?」


 そう言って父親が笑う。 イジワルな性格だな……。雅臣は胸を撫で下ろしながらも、軽く父親を睨んでしまった。


「それじゃあ……帰ってきます」


 雅臣がそう宣言すると、父親は尚一層、笑顔になった気がした。


「そうだ、雅臣。今日は夕飯を食べて行きなさい。すき焼きにしよう。 お前の転職祝いだ。 極上の霜降り肉を買って来てやるぞ」


 そう言うや否や、父親は立ち上がって、エコバックを掴んだ。これも母親の愛用品だったものだ。


「俺が行こうか?」


「いいから任せておけ」 


 その口調はどこか楽しげで、嬉しそうだった。



 そんな父親の背中を送り出した後、雅臣はその足で和室に向かった。 健と、多分、母親がいる部屋だ。


「健、母さんいるかい?」


 障子を開けながら、雅臣は、中にいる健に聞いた。すると健が頷いて、仏壇の前を指差す。 雅臣はその方角に向かって正座をし、居住まいを正した。 視えない空間に意識を集中し、気配を感じ取ろうと努力する。 しかし、やっぱり何も感じない。こればっかりは仕方がない事のようだ。 諦めた雅臣はゆっくりと言葉にした。


「母さん。 父さんの再婚相手は見つけてあげられないけど、俺がちゃんと側で見てるから……。 それで大丈夫かな?  ねえ、それで安心してくれる? 」


 しばらく待ってみたが、後ろに座っている健から通訳がない。 心配になって振り返って見ると、健が正座した膝の上で、握り拳を震わせていた。


「……健?」


「……なった」


「え?」


「頷いて、いなくなったよ」


 そう言うと同時に、俯いた健の目から大粒の涙がいくつも零れて、膝の上を濡らした。それを見て雅臣は確信した。



 ……ああ、成仏してくれたんだ。



 何も視えない空間を、じっと見つめなおす。


「母さん。 ありがとう」


 そのまま仏壇に向けて、雅臣は手を合わせた。 すると、後ろから聞こえる泣き声が、凄みを増して大きくなっていく。


「……た、健?」


「おばさんが…………おばさんが消えちゃったよぉ」


 子供のように泣き崩れる健の背中に、雅臣はそっと手を置いた。


「ごめんな、健。 …………何度も辛い思いさせて、ホントにごめん」


 自分の代わりに泣いてくれる友人に対し、雅臣は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「お、俺は、いいけど。 雅臣はいいのか? いつか言ってた聞きたいこと、聞けたのか?」


 泣きじゃくりながらも、心配した健が雅臣に聞いてきた。 そう言えばそんな事を言ってたっけ。 ……そう思い出しながらも、すでにその答えを雅臣は知っていた。


「いいんだ。……答えは、教えてもらった気がするから」


 雅臣が母親に聞きたかったのは、父親と上手くやっていく方法だ。 母親は、再婚相手を探したくて来たのではなく、それを教えに雅臣の側に来たんじゃないかと、今になってそう思った。


「そうか。……それならいいけど。 ……けど」


 そう言って、さらに健が泣き続けた。 ……結局、葬式並みのひどい泣き方になる。

多分、母さんが一番感謝してるのは健だろうな……。そう思った雅臣は、後でそう言って健を慰めてやろうと決めた。しかし、とりあえず泣き止んでもらいたいと思う。



「健、今晩、極上肉ですき焼きだぞ」


「へ? ……マジで!?  一緒に食べていいの?  マジかよぉ!!」


 さっきまでワンワン泣いていたのが嘘のように、健が喜んだ。野菜嫌いの彼は、肉しか食べない。そんな無作法なヤツと一緒に鍋を囲みたくないけれど、ここまでかなり世話になったので、肉は健に譲ってやろうと雅臣は思った。 


「それじゃあ、準備するぞ」


「あいあい、サー!!」


 昔から変わらない、全く持って現金な性格。 それが健の憎めない短所だ。




読んで下さってありがとうございます。


とうとう成仏してしまいましたね……。ここまで長かった。

さて、残る問題はあと1つ! 残り2話で怒涛の解決にむかうのだぁ!!


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