第27話 十年もかかったのよ
「本当に失礼な事を言って、すみませんでした」
赤信号で車が停車したのを機に、隣に座る川原に向かって頭をさげた。 わざわざ来てもらった川原を、自宅のある農園に、雅臣が送り届けている途中だった。
「いいんですよ。 ホントの事ですもの。 それに、むしろ感謝してるぐらいですから」
「か、んしゃ? ……ですか?」
「ええ。 だって、一度OKした返事を覆すなんて、言い出し難いじゃないですか……。 貴方に責めてもらったおかげで、むしろ言い出し易くなりましたから」
そんなつもりは毛頭なかったが、結果的に川原の手助けをした形になったようで、雅臣は苦笑いを浮べた。
「本当にすみません……。 でも、あの、やっぱり俺のせいなんですよね?」
「え? 違いますよ、ホントに。 最初からその為に伺ったんです」
「そう、ですか……」
助手席に座っている川原は、決して美人とは言えないが、写真で受けたイメージほど悪くない顔立ちだった。どうも写真写りがよくない人らしい。 こうして本人を見てみると、日に焼けた顔立ちが、凛々しいと好印象に思えたぐらいだ。 さんざん悪女呼ばわりしていた雅臣だが、川原の印象をそんな風に書き換えていた。
「オヤジに話してたんですね……。 借金の事」
「ええ、隠し事は嫌いなので……ですから、返事は断られるとばかり思っていたんですよ。まさかそれでもいいなんて、言ってもらえるとは思いませんでした」
川原は見合いに乗り気ではなかったのか? そのわりには、電話で父親を焚きつけたりしている。 どっちなんだろう? 雅臣は川原が断られると思って見合いをした事に疑問を持った。
「どうして……川原さんはお見合いしようと思ったんですか?」
疑問をそのまま口にしてしまったが、返事はすぐに返ってこなかった。車が走りだしてもしばらく黙っていた川原だが、いつしか友人に話すようなくだけた口調で、自分の心の内を話しだしてくれた。
「私の主人は、1千万を超える借金と桃農園を残して事故で死んだの……。 この十年、その借金を返すのに必死で働いたわ。 主人が大切にしてた農園を、どうしても売りたくなかったから。 ホントに必死だった。 最近になってようやく、その残りが100万を切ったんだけど、……そしたら、急に怖くなっちゃった。」
「怖く、なった?」
「借金を返し終えて…………それから先もずっと一人なのかなって」
川原の言葉に、これまで見せなかった女性のか弱さを初めて感じた。
「私、子供がいなかったから……。主人が死んだ時に、遺産を放棄して別の人とやり直しなさいって、いろんな人に散々言われたの。 でもどうしてもできなくて……。 主人の思い出を手放したくなかったのね。 なのに、いまさら怖くなるなんて……」
川原の声が小さくなっていく。
「そんな時に、由美子さんが声を掛けてくれたの。 弟と会ってみないかって」
伯母は地元でも、とてもお世話焼きな人のようだ。
「由美子さんに先生のお話を聞いたら、すごく会いたくなっちゃって。……桃まで送っちゃった」
明るい声に戻って、川原が笑顔を向けた。
「実際会ってみたら、本当にいい人でびっくりした。それで、私もその気になってしまったの。 再婚してもいいかなって。 借金は農園を売れば完済できるし、私も第二の人生を楽しもう! て」
「そうだったんですか……。 え? だったら、見合いを断らなくても……」
「うん。 そう思ってた。 湯のみの話を聞くまで……」
「湯のみの話って……割ったヤツですよね?」
「そう。 あれ、いいトコみせようと思って食器を運んでたのよね。由美子さんと一緒に。そしたら手が滑っちゃって……。 割れた湯のみを見た時の先生の顔、今でも忘れられないわ。もう真っ青だった」
その様子がありありと脳裡に浮かぶ。父親は、ものすごく顔を引きつらせていたに違いがなかった。
「相当高額な湯のみを割ったんだと思って、平謝りしたの。 先生は、表情とは逆に、全然構わないからって、許してくれた」
ここで川原が深いため息をついた。おもわず出てしまったようだ。
「その時は知らなかったんだけど、帰りの車の中で由美子さんに聞いちゃったの。あれ、亡くなった奥様の手作りなんですってね。 へんな模様だなって思ったんだけど、まさか手作りとは思わなかった。 てっきり高額な湯のみだと思ってたから……」
「す、すみません」 なぜか雅臣は謝った。
「奥様の思い出の品を割って、あの顔をされたら ……とても再婚して下さいなんて言えないでしょ?」
「……そ、そうですよね。 なんだか、本当にすみません」
自分の借金を理由に断ったのは、父親を傷つけないように配慮してくれたのだろう……。 川原がとんでもなくいい人だとわかった雅臣は、重ねて謝罪する事しかできなかった。
「いいのよ。先生の気持ちは痛い程よくわかるから。……私なんて、十年もかかったのよ」
「十年……ですか……」
にっこりと笑って川原が頷く。 どこかさっぱりとした表情だった。
「……先生にはもう少し、時間が必要だと思う」
経験者のアドバイスが、何よりも重く、雅臣の心に響いた。
* * *
「あ、この先に道の駅があるの。 そこに入ってもらえる?」
「え? 何か買うんですか?」
「ううん。 お迎えがそこで待っててくれてるの」
「え? あ、そうなんですか」
「さすがに農園まで送って貰ったら、雅臣くんの帰りが夜になっちゃうからね」
その心配りの細やかさに、今更ながら再婚相手として申し分ない人だったんだと痛切に感じる。 伯母の言っていた“和美ちゃん、いい人なのよ”は、間違いではなかったのだ。
「お迎え、家族の方ですか?」
そうであるなら、父親に代わってちゃんと謝罪の挨拶をしなければいけない。
「ううん。桃作りを手伝ってくれてる人」
「手伝う? ……従業員って事ですか?」
「うーん。 ややこしいのよね。 私、桃作りの才能も技術もないから、知り合いに農園を借りてもらって、その人に桃を作ってもらっているの。 名義は私なんだけど、事業主はその人みたいな……」
「なるほど……ややこしいですね」
「でしょ。 でも、親切な人でね。農園をずっと一緒に守ってくれてるの。 私がお見合いをするって言ったら、農園を買い取るって言ってくれたぐらいだから」
一緒に農園を守ってくれていた人に売るのなら、安心して嫁にいけるのだろう。 新しい人生をやり直そうとする川原に、幸せになって欲しいと、雅臣は心から思った。
しばらくすると川原の言った道の駅が見えたので、左折のウインカーを表示させ敷地に車を入れた。
「あ、あの軽トラ。 雨宮果樹園って書いてあるのがそう」
言われた軽トラの横にステーションワゴンを止めた。相手も気付いたようで車から降りてくる。
「吾郎さん、ありがとう」
そう言って川原が声をかけた男性は、彼女と同じ世代のガタイの大きな人だった。日に焼けた顔が、さらに病気知らずの健康体に見せた。 吾郎と言われたその人と目が合い、互いに会釈を交わす。
「和美ちゃんがお世話になりました」
「こ、こちらこそ。ご迷惑をお掛けして……すみません」
慌てて、よくわからない謝罪になる。雅臣はさらに深々と頭を下げた。
「やだ、そんな事しないで」
笑顔で川原が応えてくれる。 本当に明るくて、すでに雅臣は、父親には大変勿体ない人だった、という気にまでなっていた。
「送ってくれて本当に助かりました。 雅臣くんも気をつけて戻って下さいね。」
「あ、はい。 お二人も気をつけて……」
もう一度頭を下げると、二人も軽く頭を下げた。 雅臣は二人を見送ろうとその場で待つ事にした。こちらが見送るのが礼儀だと思ったからだ。 ところが
「あ、吾郎さん。 私ちょっとトイレ」
そう言って、川原が建物の中に消えてしまった。 ……何となく顔を見合わせて、ぎこちなく笑いあう男二人になる。 このまま待っているのも変な気がして、雅臣は残された吾郎に向けて頭を下げた。
「それじゃあ、僕はこれで失礼します」
運転席のドアに手をかけたとき、不意に声を掛けられた。
「あ、あの!」
振り返って、呼びかけた吾郎をみる。
「ちょっと待ってください」
そう言うと同時に、吾郎が軽トラのドアを開け、中から箱を取り出した。
「これ、ウチで作った、和美ちゃんの桃です。 よかったら召し上がってください」
箱の中には、見覚えがある立派な桃が六つも入っていた。
「いや、そんな、申し訳ないんで……」
「いや、是非、食べてください。和美ちゃんの桃、 世界で一番美味いから」
言われなくても知っていた。 すでに散々食べたのだ。 桃作戦の桃も、バレないように健と二人で平らげていた。そんな雅臣は、少々桃にうんざりした気持ちを抱いている。しかし、吾郎の人懐こい笑顔に、断るのも忍びない状況になっていた。
「……それじゃあ……頂きます。 どうもすみません」
努めて明るい笑顔を見せながら、雅臣は桃を受け取った。……その笑顔が引きつってない事を祈る。
もう一度軽い会釈をしてから、運転席のドアを開け、ひとまず桃を助手席に置く。後は乗り込むだけとなった時。
「あ! あの」
再び呼びかけられて、雅臣は吾郎を振り返った。しかし、本人は俯いている。雅臣はなせ呼ばれたのか、困ってしまった。
「……はい」
仕方ないので返事をするが、やはり、何も言ってこない。 しかもガタイのわりにモジモジしているのが、やけにおかしく見えて、笑いそうになってしまった。
「なんで……しょうか?」
「あ、あの……」
なんだか、じれったい人だな……。 見た目とのギャップに雅臣は少々驚く。
「お、お見合いは……どうなったんですか?」
「は?」
思わずそう言ってしまった。 どうやらこの人は何も聞かされていないらしい。
「あ、白紙に戻りました……けど」
「え! ほんとですか? よかった!!」
その笑顔の反応に、雅臣は驚いた。 しかし、吾郎も驚いたようで、慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
「すみません。 いや、あの、すみません。 申し訳ない」
吾郎はペコペコと雅臣に頭を下げた。 年下の雅臣も、年上者に頭を下げられて、慌てて車から離れて頭を下げ返す。
「いや、こちらこそすみません。 申し訳ないです」
何が済まないのかはよくわからない。 それでも、頭を下げながら、吾郎の左手に指輪がない事が見えると、何となく白紙になってよかったなと、雅臣は初めて思えた。
「二人で何をやってるの? コメツキバッタみたい」
頭を下げあうおかしな二人に見えたのだろう。川原が笑いながら戻ってきた。
軽トラに乗り込む二人を待って、雅臣は頭を下げて車を送り出す。お似合いの二人を見送りながら、雅臣は思わず微笑んでいた。 すると、車道に出る前に助手席の窓が開き、川原が身を乗り出してこちらに叫んでくる。
「帰ったら、桃、送るねぇ――!!」
思わず「やめてくれぇ――!!」 と、雅臣は叫び返しそうになったが、グッと我慢して、笑顔で手を振り続けた。
読んで下さってありがとうございます。
ここから最終話まで、各話が長くなっています。すみません。
けれど、あともう少しで終わりです!!




