第24話 ホントにいない……
母親と健の制止を振り切って、雅臣は理佐のアパートに来ていた。いなくなったと聞いて居ても立ってもいられなくなったのだ。 部屋の前に立って、呼び鈴に答えが無いことはもちろん、ドアの側にある電気メーターが、先程から微動だにしていない事に、雅臣は気付いてしまう。中を見なくても、部屋の住人が越してしまった事を教えてくれていた。
この場所で起きた一週間前の出来事が、まるで嘘であったかのように静かだった。
「雅臣」
追いかけて来てくれた健が、息を切らして呼びかけてくれる。
「……お前、大丈夫か?」
健の心配するとおり、雅臣は真っ青になっていた。
「ホントにいない……」
「……マジか」
雅臣の呟きに、健は苦虫を潰したような顔で答えた。
頭を抱えてしゃがみこむ雅臣。 その背中にそっと手を添えて健が言う。
「俺、こういうのどうかと思うよ。……大事な事は全部隠すし、バレたら居なくなるって……ハッキリ言ってサイテーな女だぞ」
健に言われなくても、雅臣が一番分かっていた。理佐への信頼がガタガタと音を立てて崩れていく。
「もう、忘れろよ。……それがいいって」
好きだと言ってくれた言葉もやっぱり嘘だったのか……。 ただ単に自分は玩ばれていただけなのか……。そう思うと辛さが一層増してきた。
「帰ろう。 おばさんもそう言ってる」
健が何もない虚空を見つめて言った。そこに母親が心配顔で立っているのだろう。
「母さん。……お願いがあるんだ」
健がびっくりして視線を雅臣に戻す。
「市井病院に行って、理佐が居るかどうか見てきて欲しいんだ」
「何言ってんだ、雅臣」
「母さんなら、周りに視えないから理佐の迷惑にならないだろ?」
「なあ、おい、落ち着けよ」
「俺、今から大黒屋に行ってくる。 大将が何か知ってるかもしれない」
「雅臣!!」
立ち上がって階段を降りて行こうとする雅臣の肩を健が掴んだ。
「いいかげん、諦めろって!!」
振り返った雅臣の顔に健が怯む。これまでにない形相で睨んできたからだ。
「できるならとっくにやってるさ!!」
振り払われた手に健が退く。
「嘘つかれたのも、頼りにされてない事もわかってるよ!! ……けど、けど、これはないだろう。 こんな形で忘れられるぐらいなら、好きになんてなってない!」
痛いほど傷ついている雅臣が、涙目になって訴えてくる。
「ちゃんと…………はっきり邪魔だって言ってくれないと……諦められないよ」
肩を落とす雅臣に、健はこれ以上の説得を続ける事ができなかった。 薄暗い闇の中、互いに立ち尽くす。
「雅臣……君?」
すると、階下から女性の声が聞こえてきた。
「あら、やっぱり。よかったわ。大きな声が聞こえたものだから、諍いかと思って見に来たのよ」
階段を昇ってきたのは、先週理佐の部屋で出迎えてくれた女性だった。最初は理佐の親かと勘違いしたが、後にこのアパートの大家と教えてもらった人だ。
「理佐ちゃんに会いに来たの?」
答えていいものか、一瞬迷ったが、素直に頷いた。行き先を知りたいと思ったからだ。
「あの、理佐がどこにいるか、ご存知じゃないですか?」
大家なら何か知っているかもしれないと縋りつく。 しかし、大家の表情は期待に反して、優れないものに変わった。
「うーん。 理佐ちゃんね……」
その先を言いよどむ。しかし、真っ直ぐに見つめてくる雅臣の視線に負けて、硬くなった口を再び開いてくれた。
「ちゃんと話し合いに言ったのよ、あの後すぐに。嫁ぎ先にね。……けれど、ダメだったのよ。……すぐに弁護士さんがやって来て、部屋を引き払っていっちゃった」
「弁護士?!」
「そう、引越し屋さんを連れて……。契約は不動産屋に任せているからよくわからないんだけど、荷造りしてる時に理佐ちゃん達の様子を聞いたのよ。でもああいう仕事は常々薄情よね。何ひとつ教えてくれなかったわ」
依頼人の事をベラベラと話す弁護士はいないだろうが、これで理佐が市井家に居る事が推測できた。
「大黒屋のお仕事も辞めさせられたみたいだしね。 店主は急な事で困ってるでしょうね」
そちらにも手が回っているのか。携帯を解約したのも多分弁護士なんだろう……。 そう思った雅臣は、あまりにも早急でかつ万端な行動に、絶句するしかなかった。
「あ、ちょっと待ってて頂戴」
そういい残して、大家が階下へ降りて行く。急な事にしばらく動けないでいると、封筒を持った大家が息を切らして戻ってきた。
「理佐ちゃん、律儀だからね、……ハア。 昨日、謝罪とこれまでのお礼の手紙を私宛に送ってきたの。……フゥ。 それで私も経緯を知ったってわけよ。……で、そこに貴方宛の手紙が同封されていたのよ」
そう言って、息を整えつつ差し出された手紙には、たしかに『小奈戸雅臣様』と明記されてあった。
「理佐が……?」
「貴方が、アパートに訪ねてきたら渡して欲しいと書いてあったけど…… 来なければ、そのまま預かっていてくれとも書いてあったわ。探してないなら、そのまま思い出さずに忘れて欲しかったみたいね」
そのセリフに、手紙の内容が伺い知れた。 別れの言葉が雅臣の頭をよぎる。思わず出した手を引っ込めそうになったが、グッと我慢して手紙を受け取った。
「理佐ちゃん、ここに暮らすようになってからずっと悩んでたのよ。佑くんの事もだけど、貴方のこともよ」
大家に見つめられて、雅臣は目を逸らした。立ち向かってくれた理佐に対し、逃げ出したとばかり思っていた。そんな自分の愚かさに胸が張り裂けそうになる。
「とにかく、その手紙を読んで、それから先の事を考えたらどうかしら? 私に手伝える事あるなら言って頂戴な。理佐ちゃんの為なら何でもするからね」
大家の申し出に、胸が熱くなって涙が溢れそうになる。
「……ありがとうございます」
雅臣はただ頭を下げ、礼を述べるしかできなかった。
読んで下さってありがとうございます。




