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第23話 どんだけファザコンなんだ


 日曜の夕方、伯母から電話があった。お見合いが上手くいったという報告だ。トントン拍子に事が進んで、結婚を前向きに考えて行く約束までしたそうだ。てっきり話を断ると思っていた雅臣は、何だか複雑な心境でそれを聞いていた。


 オヤジの方が先に結婚するかもしれないな。


 そう思うと、上手く行かない自分の恋にため息をついた。父親の事が思わぬ方向で進展した今、なおさら理佐の事が気にかかりだしたのだ。


 雅臣は持て余す気持ちを和らげるために、鳴ってもいない携帯を確認する。もちろんメールなど来ていない。 というよりもこの一週間、理佐からなんの音沙汰もないと言った方が正しいだろう。


 たわいもない事でもいいから、何か伝えて欲しかった。


 寝坊したとか、卵焼きが美味しく焼けたとか……。 ホントになんでもよかった。繋がっているという事を確認したいのだ。このままでは、糸の切れた凧のように、気持ちが何処かへ飛んでいってしまいそうだった。 



 ……こっちからメールしてみようかな。



 携帯を開いてメールの新規作成画面を呼び出す。その途端、もう一つのイライラの種が鳴り出した。……風鈴である。 さっきから間隔をあけて鳴り続けているのだ。風流を通り越して、騒音状態になっている。 どうやら母親が雅臣に何かを訴えたいらしいのだが、それは無理な話である。


「もうすぐ健が来るから!! 静かにして!!」


 そう言うと、しばらく静かになる。 ……が5分も立たずにまた鳴り始めるのだ。雅臣がせっかちなのも、母親ゆずりなのだなと親子の血を呪った。


 もう一度ため息をついた所で、携帯が鳴り響いた。 理佐?! 喜び勇んで携帯を開いたが……健だった。間もなく到着するとの連絡メールだ。 ……思った以上に自分がガッカリしている事に雅臣は気付く。 そして雅臣は改めて自覚した。理佐に会いたくて仕方が無い自分に。


 躊躇いはあったがどうしようもない。雅臣が理佐の番号を表示させ、通話ボタンを押した。 すると携帯から聞き慣れない応答が流れてきた。


 (現在、この電話番号は使われておりません。もう一度、番号をご確認……)



 ……え? これは、どういうことだろう?



 それからしばらくの間、雅臣は携帯本体をじっと見つめたまま、思考を停止させていた。




 * * *




「悲愴な顔してどうしたの……」


 連絡どおり、5分後に健が部屋にやってきた。手土産にビールを持ってきている。


 とんでもなく暗い顔で出迎えてしまったのだろう。健がビールを冷蔵庫にしまいながら、不審な顔をして問いかけてきた。


 雅臣は、電話の事を相談しようかと思ったが、どう言えばいいのかわからなくなって、結局、口を噤んだ。 すると、さらに健の眉間にシワが寄ったので、慌てて風鈴の騒音問題を打ち明けた。事情を聞いて健が胸を叩く。そのまま、虚空に向かって爽やかな笑顔を向けたと思ったら、右手を上げて大声を出した。


「おばさん! お待たせしました!!」



 数分後。その爽やかな笑顔は健の顔から消え失せていた。 


「いやぁ……。 それをそのまま伝えたら、雅臣怒りますよ」


 なんの話だ? 雅臣が不審に思う。


「わァ――!! 泣かないで下さい!! 伝えます。伝えますから!!」


 だからなんの茶番劇なんだ、これは?  一人芝居を続ける健に苛立ちが募った。


「雅臣。おばさんのセリフをそのまま伝えるぞ。 ごホン! え― …………やっぱりおばさん、これは……」

「タ、ケ、ルぅぅぅ!!! 早く言えよぉぉぉ!!」


 母親に説得し直そうとする健の襟元を掴んで締め上げた。もともと雅臣はイライラが頂点にあったので我慢が短くなっていたのだ。


「お、おばさんが! 先生の再婚を邪魔して欲しいって!! く、苦しい」


「はぁあ?!!」


 あまりの内容に掴んでいた健を投げ飛ばす。 転がる健。 立ち上がる雅臣。


「母さん!!!! どういうことだよ!!」


 慌てて健が、後ろから雅臣を羽交い締めて止める。


「お! 落ち着け!! 相手は幽霊だから!!」


「うっっっせぇ!! 百も承知だぁ!!」


 力の弱い健は、すぐに背中から剥がされて、再び床に転がされた。 雅臣は風鈴に向かって怒鳴る。


「どういうつもりなんだ!! マジ、ふざけんなよ!!」


「雅臣! 雅臣!」


「離せ! コラ!! 離せよ!!」


 起き上がり小法師にも負けない根性で、健が再び雅臣の足に食らいつく。 傍目から見れば、滑稽でしかない寸劇であるが、やっている二人はまさに必死だ。



「おばさんが怯えてるから! 理由を! 理由を聞こ! とにかく理由だ!! おばさん!!」


 しばらくの沈黙が部屋を包む。 健が母親の意見を聞いているのだ。


「ええええ!!! そ!それは…………わかりますけど」


「何だって!!」


「いや、……あの」


「はっきり言え!!」


 雅臣が健に脅しをかける。


「か、顔がヤダ!……って。 相手の……ね」


「はぁあ?」


 怯えて思わず答えた健の答えに対し、雅臣のコメカミにある神経が5、6本切れた音がした。


「……母さん。 いったい何なんだ!! わがままが過ぎるだろ!!」


 雅臣がクッションだの携帯だの、辺りにあるものを風鈴に投げつける。


「再婚させろって言ったのは自分じゃないか!! それを今更なんだ!! 顔がヤダ?! はあ?! いい加減みんなを振り回すのはやめろよ!!」


「雅臣! あぶないって! しかも言い過ぎだし!!」


 健が必死に止めるも、風鈴にガンガン当たってガラスが割れそうである。


「お前は黙ってろ!! もう何もかもうんざりなんだよ!!」


「ま、雅臣……」


「さっさと成仏しちまえよ!!」


 どなり声を上げたと同時に、雅臣は壁に吹っ飛ばされた。 左頬の痛みに目が飛び出る。


「ギャ―――ア!! イっっテ―――え!!」


 悲鳴に近い叫び声をあげたのは、雅臣ではなく健だった。殴られた側ではなく、殴った方だ。右手首を左手で掴み、のた打ち回って必死に痛みを耐えている。一方殴られた雅臣は、本来自分があげるべき悲鳴も忘れて、ただ口を開け呆けたまま、その様子を眺めていた。


 しばらくすると健は痛みがマシになったのか、暴れるのを止めて、手首を構うように小さく丸まった。 ただし、呻き声はもれている。 そんな健に、雅臣は怒る気にもなれず、さらには(うずくま)る健が心配になってきた。


「だ、大丈夫か……」


 殴られた雅臣が、殴った健を気遣う。 おかしな展開であったが仕方が無い。暴力なんて全く無縁の男なのだ。健の手首が折れたんじゃないかと不安になる。背中に手を置いて声をかけてやると、呻き声の隙間に、小さな呟きがもれてきた。


「心配で仕方ないんだよ……」


 それはこっちのセリフだと、雅臣は思わずツッコミたくなった。しかし、顔を上げてこちらに表情を見せた瞬間、その言葉を飲み込む。健の表情があの日と同じ顔だったからだ。……母親がこの世を去った日。 その時に見せた、悔しくて寂しくて仕方がない……そんな顔だった。


「……おばさんは心配なんだろ。先生の事も、雅臣の事も。 だからここに居るんじゃないか。 理佐ちゃんの事でイラつくのはわかるけど、おばさんに当たるなよ。 成仏しろなんて口が裂けても言うな!」


 目を真っ赤にして怒る健に、雅臣は何も言えなくなる。


「……そんな事……言うな」


「……ごめん」


 繰り返される非難の声に、謝る事しかできない。 少し冷静になった雅臣は、健に言われたとおり、母親に八つ当たりしたかもしれないと反省した。 母親の言ってる内容もどうかと思うが、もう少し言い方や態度があったと思ったのだ。



「…………え!」


 一人、雅臣が反省モードに入ってうな垂れていると、突然、健が驚いた声をあげた。雅臣が顔をあげると、健が虚空を見ながら熱心に頷いているのが見えた。


「雅臣、あの…………おばさんが取引しようだって」


「……は? と、取引?」


 突然の提案に、せっかくの反省モードも消え失せていた。 驚いて口を開けていると、健が説明しだす。


「そんなに理佐ちゃんが心配なら、おばさんが様子を見てきてやるってさ。回りから見えないから迷惑がかからないだろうと、自信満々に提案された」


 母親の言っている事はすばらしい提案だった。が、そこは普通、何も言わずに行ってくれるもんなんじゃないだろうか? ……と雅臣は悲しくなった。 が、取引と言われたなら仕方ない。


「……条件は?」


「先生の再婚の破談」


 ……だろうな。 思っていた答えが返ってきて雅臣は再び項垂れる。


「だからぁ……それは……」


「俺もおばさんの意見に賛成だ! 先生の再婚に断固反対する」


「はあ?」


 思わぬ健の援護射撃に、雅臣は一瞬たじろいだ。


 母親を説得する前にまず、健を説き伏せなければならないようだ。面倒な事になったなと雅臣は頭を抱えたくなる。


「いや、あのさ、普通に考えてみろ? 見合いを勧めておいて、いざ上手く行ったら反対って……人として言動がおかしいだろう?」


「いや、あの相手の顔は絶対おかしい」


「……お前、人として最低だぞ。 容姿をアレコレ言うなんて最低だ」


「ち、違うよ! 顔のつくりじゃない。人相だよ! あの顔は悪い事考えてる顔だ!」


 雅臣が鼻で笑うと健が怒りだした。


「おばさんも今日、相手を見てそう思ったらしいぞ!! 相手は相当の悪女(ワル)だって」


「えええ?! ちょっと待て! 母さん!オヤジの見合いを見てたの?!!」


 雅臣が慌てて風鈴を見る。 “チリーン、チリーン” 赤い短冊のガラス風鈴が、当たり前のように響く。 イエスの返事に雅臣は呆れ果てた。


「何やってんだよ……」


 両手を腰に当てて、自慢げに踏ん反り返る母親の姿が脳裡に写った。そのせいか、雅臣はため息しかでてこない。


「とにかく、俺はいやだ。 取引には応じない」


 宣言すると健が目を見開いた。 気持ちも分かるが意見は曲げられない。


「オヤジは子供じゃないんだぞ。再婚するかどうかは自分で決める事だ。息子がとやかく言うことじゃない。 だから俺は邪魔しない」


 正論を唱えると、途端に口を尖らせて健が拗ねた。母親も同じ態度かと思うとげんなりする。それでも辛抱強く母親の返答を待ってみるも、健は何も言ってこなかった。痺れを切らして雅臣は尋ねた。


「母さんは何て言ってるの?」


 健に通訳を頼むと、ぶっきらぼうに「いない」とだけ答える。


「いない? ええ?! って、ドコ行ったんだよ? まさか! また違う人に頼みにいったんじゃないだろうな!」


「違うよ! 理佐ちゃんトコ。 様子見に行くって」


「え? だって俺、取引しないって」


「バカ。 取引なんて言葉の綾だろ。……おばさん、最初から見に行くつもりだったんだ」


 そんな事を言われると、雅臣は何だか自分だけ悪者になったようで落ち着かなくなる。


「なんだよ。そ、そんな事言われても…………再婚の邪魔なんて、二十五の息子がしたらおかしいだろう? どんだけファザコンなんだって話になっちゃうじゃん…………キモいよ」


 今度は雅臣が拗ねて独りごちる。


「……プッ!! た、たしかに……キモいな」


 拗ねていた健も吹き出した。実際想像したのだろう。両腕を抱えて寒がる。調子にのって凍えるマネまで始めたので、雅臣は小突いて止めさせた。


「聞いていいか……?」


 少しの沈黙の後に、健が遠慮しがちに言う。


「何?」


「……理佐ちゃんの事。 雅臣はどうするつもりなんだ?」


「どうするって……」


「あの子の父親になるつもりなのかよ……」


「…………」


 雅臣は情けない事に、それについては未だに即答できずにいる。というのも、離婚が成立していない相手の子供の父親に、果たして『なりたい』と決意する事が正しい事なのか? 曲がった事が嫌いな雅臣にとって『好きだからなりたい!』という考え方は、どうしても受け入れ難い。 だったらさっさと諦めて忘れるべきだと思うのだが、そうなると今度は『理佐に会いたい』という感情が、それを許そうとしない。 結局、いつまで経っても出口のない迷路を彷徨っているのだ。


「せめて……離婚してくれてたらな……」


 どうしようもない希望を呟いてみる。しかし言ったからといって、何か結論が出るわけでもない。


「あのさ……。忘れた方がいいんじゃね?」


 健の思わぬ意見に、雅臣は目を剥いた。


「いや、わざわざさ、子持ちで離婚に揉めてるような女性(オンナ)に構わなくても……。美人なんて世の中いっぱいいるんだし」


 健の慰めの言葉に対して、雅臣は思い切り睨みつけてやった。健が少し怯んだのがわかる。それでも雅臣を思ってなのか、意見を引っ込めようとしなかった。


「だ、だってさ、たとえ上手く行ったとしても、相手は子持ちだぞ。この先苦労するのが目に見えてんじゃん」


「苦労なんて別にいいんだよ! 俺が悩んでるのは……」

「うわぁ!! おばさん!!」


 セリフの途中で健が、急に叫んで仰け反った。


「どうした?」


 健に向かって尋ねるが、あらぬ方向に顔を向け、頷くだけである。どうやら母親が帰宅したらしい。おもったより帰りが早いので驚いた。 ……というかこの流れ、嫌な感じがする。先週と同じじゃないか……。そう思った瞬間、雅臣の眉間にシワが寄る。


「え、いや、おばさん。落ち着いて」


 両手の平を外に向けて、健が落ち着けポーズを繰り返す。すると突然


「ええええ!!! マジですか? ホントにマジですか? ……ま、雅臣」


 難しげな顔で、への字口をした健が真っ直ぐ雅臣を見つめてきた。益々、動悸が早まる。 


「よくわかんないけど ……理佐ちゃんがいなくなったって」


「へ? ……え?  ええええ!!!」



 ああ、さっき携帯が繋がらなかったのは、そういう理由か……。



 健の報告に対し、変な納得をしているのは、雅臣が逆に動揺している証拠だった。




読んで下さってありがとうございます。


この回、長くなってしまいました。 すみません。

お話が佳境に入ってきたので、アレもコレもで大忙しです。


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