第21話 お鈴を鳴らせ
「う――ん。 いないぞ……」
「そうか……」
自分には視えないと分かっていつつも、雅臣は辺りを見回してみる。 母親の言っていた通り、家の中はキチンと片付けられていた。……というより、生活感が感じられないぐらいだ。 そのせいか、久しぶりに帰ってきた実家は、他人顔で雅臣を出迎えていて、ひどく居心地が悪い。ウロウロするのも躊躇って、ソファーに腰掛ける。そんな雅臣をよそに、健は慣れた様子で家中を探索し始めていた。
「ダメだ。やっぱ、いないわ」
「どこ行っちゃったかな……。あんま、アチコチで迷惑かけないで欲しいんだけど……」
思わず本音が洩れる。健も苦笑しながらソファーに座った。
気の重い事はさっさと済ませてしまいたい雅臣は、叔母との対面の後すぐ、健と連絡を取って、その日の仕事帰りに一緒に実家に来た。ここなら母親もいるかと思ったのだが、当てが外れたようだ。
「にしても、見合いの説得って……大変な事 引き受けたな」
「ああ、マジで頭がイタイよ」
「また、作戦が“桃”って……笑えるんですけど」
「うるさい」
「っつか、見合いして欲しかったら桃じゃなくて、もっと美人を用意した方がよくね?」
桃の上に置いていた見合い写真を取り上げて、健が繁々と眺めている。
「お前、失礼だぞ」
「んじゃ、雅臣は、これが別嬪さんに見えるの?」
健が写真をこちらに掲げてみせる。 雅臣は思わず横を向いて視線を外してしまった。
「お前だって充分失礼じゃん」
笑いながら健が雅臣を指差した。しばらく互いに失礼王者を譲り合ったのち、深いため息をつく。
「これはないよな……」
「まあな……」
その事も、雅臣の気が重い理由の一つだった。
* * *
「なあ! 仏壇に向かってさ、おばさん呼んでみたら?」
ヒマを持て余してお茶を飲んでいたら、突然健が妙な提案をしてきた。
「はあ?」
「よくさ、死んだ人と話すのって仏壇か墓の前じゃん。 聞こえるかもよ」
「バッカじゃねーの? 聞こえるわけねーじゃん」
「いいじゃん! やってみろよ! ヒマなんだし、ほら! 手を合わせてさ! お鈴を鳴らせよ」
「え! いやだよ」
「いいから! いいから!」
嫌がる雅臣の背中を健が無理やり押す。向かいの和室に押し込まれ、仏壇の前に座らされた。
「マジかよ……。 もう!」
雅臣が嫌々ながら、鈴を一つ打つ。 高音が和室に長く響いた。手を合わせて目をつぶる。
「……母さん。話があるので実家に帰ってきて下さい」
「わぁ! おばさん!!」
横に並んで正座していた健がひっくり返る。
「え! マジか!!」
「……なんてね」
「こ、のぉぉぉ……」
騙された雅臣が怒り狂って、ひっくり返った健にケリを3発ほどいれた。ゴメンゴメンと謝る健を無視して、さらに2回ほど殴りもいれる。
「マジ、ふざけやがって……」
恥ずかしさの余り、怒りを表に出したまま、雅臣が先に居間に戻ってきた。そのままソファーにドカッと腰を下ろす。
「まーちゃん、怒らないでよ~ぉ~。 遊びじゃん」
その後を、猫なで声の健が追いかけてきた。
「わ! おばさん?!」
またも、ひっくり返りそうになるほど驚いた健の芝居に、雅臣のこめかみがプチプチと音を鳴らして切れた。
「はあ? お前、ふざけんなよ」
立ち上がって健の襟を締め上げる。
「いや、マジ、マジ。そこに座ってる」
締め上げた雅臣の手を叩きながら、健が抗議の声を上げる。
「そう何度も騙されると思っ……わぁ!!」
セリフの途中で、雅臣は耳に覚えのある衝撃を受けた。 ……息だ。 吹きかけられた方向を凝視する。
「マジか……」
「お、おばさんが…………呼ばれたから戻ってきたって。 マジすげぇー 」
仏壇…………侮れぬ。
とりあえず、母親を呼び出す事ができたので、雅臣はこれまでの素行の悪さを注意し、母親に反省を促した。もう二度としないように!……と締め括り、最後に返事を求めると『戻ってくるんじゃなかった』と言われ、雅臣が再びキレて、健が止めに入った。ここまではお約束どおりの流れだ。
「マジ、ふざけんなよ!!」
「雅臣! 落ち着け 雅臣! 」
「前からだいぶん頭にキテたんだ! 母さん!! やっていい事と悪……」
「ただいま。 雅臣、いるのか?」
かぶさる様にして、聞き覚えのある声が廊下から聞こえてくる。
雅臣の背中に緊張が走った。目的の人物が帰宅したのだ。母親にかまってる場合じゃない。慌ててソファに座りなおして何気なさを装う。
こうして、これまでの親子喧嘩は一旦お開きになり、急ながら、新たな組み合わせで親子の対話に入ることになった。
読んで下さってありがとうございます。
仏壇に置いてあるお鈴は、普段は鳴らしません。
お経をあげる時に始めに鳴らすのが一般的なようです。始めますよーみたいな合図でしょうか?……詳しい作法はよくわかりません。(すみません)
よい大人は雅臣くん達のマネをなさらぬように……。




