第20話 可愛い息子!
「あ!そういえば、喜一に聞いたわ。 まーくん結婚したい女性がいるんだって?」
その突然の質問に、雅臣は飲んでいた珈琲を吹き出すかと思った。 伯母は自分の不安が取り除けたらしく、先ほどから楽しげに自分の近況を話していた。今年の葡萄は良い出来なので収穫が楽しみであるだとか、初秋には実家に送るつもりなので、楽しみに待っていて欲しいと言う事など、嬉しい知らせが続いたのだが、女性特有の“突然の記憶の蘇り”がおきたらしく、唐突に伝聞の報告をしてきたのだ。雅臣は、筒抜けの先が伯母の所まで通じている事に心底驚いた。
「いや、それは……」
「困ってる人に手を差し伸べたくなるの、喜一にそっくりね。ま、顔は似なくて良かったけど」
「え? いや、そんなんじゃないってば!」
「ふふふ。 相手の子、すごく美人なんだってね? ホント親子よね――ぇ」
そう言って笑いながら、伯母は傍らにおいた風呂敷包みをテーブルに置いた。雅臣も、これ以上突っ込まれた事を聞かれても困るので、そのまま聞き流す。
「何、これ?」
「金棒」
「は?」
「まーくん!」
「え、何?」
「これを持って、明日、喜一を説得して頂戴」
「は? え? どういう事?」
「明後日には見合い相手を連れて行くから!」
「えええ!!!」
「大丈夫! お相手には話を通してる」
「いや、違う違う! おかしい! 伯母さん、ムチャクチャだよ!!」
すると、ニヤリと笑った伯母が包みを開けて中を披露する。伯母のドヤ顔とともに、甘い香りが辺りを漂いだした。 見るとうぶ毛に包まれた柔らかそうな桃が4つ、緩衝材にくるまれて箱に鎮座していた。
「桃? え? これ?」
「和美ちゃんが手伝ってる農園の“ブランド桃”よ」
だから何だというのだ? 確かに見るからに高そうな桃だ。一個五百円以上はするだろう。値段を聞きたくなるが、はしたないのでやめておく。桃を見つめながら、雅臣は質問を続けた。
「食べ物でオヤジを釣るつもり? 子供じゃあるまいし ……だいたい、和美ちゃんて誰?」
「お見合い相手よ」
「ああ、そういう事か ……って、たしかにオヤジは桃が好きだけど、高級桃が食べられるからって、桃を作ってる人と結婚するほどバカじゃないよ」
「わかってるわよ!! 伯母さんだってね、必死だったから色々考えてきたの! いーい? これはまーくんが取り寄せた事にして食べさせるのよ!」
「はあ?! もう、意味がわかんないんですけど……」
「もう! にぶちん! 可愛い一人息子が、わざわざ見合い相手からお取り寄せして、自分の好物を食べさせてくれるのよ? そこまでして息子は再婚を願っているの! その願いを無下に断れる? ムリ、ムリ、断れるはずがないわ!」
伯母が嬉しそうに、顔の前で手の平を横に振る。
「いや、普通に断るし……。てか、もう伯母さんが持ってけば? 今からウチに寄ればいいじゃん?」
「バカ! 鬼に持たせるから金棒なんでしょ! 猫に持たせてどうすんの! いい? 大事なのは 可愛い息子! 可愛いム・ス・コ!! 憎たらしい姉じゃ意味が無いのよ!」
「わ! わかったから! 大きな声でやめて!」
雅臣の顔は、真っ赤になって一気に発熱した。意味のわからない例えや、二十五にして可愛い息子と指をさされながらの連呼に、これ以上恥ずかしいのは勘弁だと思う。にしても雅臣は、またもや重い難題を背負ってしまった。自分が可愛い息子の立場から程遠い位置に居ることは火を見るより明らかだ。成功は望めない。
「とりあえず、言われた通りにやるけど、たぶんそっちは無理。 もし、上手く行ったら電話いれるから、見合い相手を連れて来るのはそれからにして……」
とにかく、相手に迷惑をかけるわけにはいかない。予防線だけは張っておく。そんな雅臣の弱腰を、伯母は許さなかった。
「まーくん」
伯母が寂しそうな声をだす。
「瑞枝ちゃんの事で困って相談に来たのは確かだけど、でも、喜一の事もホントに心配してるのよ……。喜一、最近すごく痩せちゃったじゃない? 本人はダイエットだぁ!とか言ってるけど、一人だと食べてないんじゃないかと思って……。 だから、見合いの話だってホントは、随分前から喜一に勧めてたのよ」
そうだったのか……。たしかに父親のあの痩せ方を見たら、誰だって心配するだろう。実の姉とは言え、息子よりも親身になっている伯母に対し、雅臣は申し訳なく思う。
「あの子、小さい頃から医者になる事ばっかりで、他の事な――んにもしてこなかったから。ほんと不器用なのよ。……生き方も、……恋愛もね」
苦笑しながら伯母が冷め切った珈琲を口にした。
「不器用過ぎて、まーくんは頭にクルのかも知れないけど ……お父さんの事、見捨てないでやってよ」
「いや、見捨ててなんて……」
見限られたのは雅臣の方だ。 しかしそれを伯母に伝えるのは憚れる。しばらく黙っていると思いの外、長い沈黙が続いた。
「ウチの父親、あんたのじーちゃんだけど、町工場の雇われ作業員だったの」
沈黙を破る伯母の第一声は、祖父の話だった。突飛な話題に雅臣が少し戸惑う。
「父さん、喜一が医者になる事ずっと反対してたわ。お前が医者なんてなれるわけない!って……。まあ、トンビが鷹なんて産まないと思い込んでた感じね。頭ごなしに親にバカ扱いされたものだから、陳ねた子供にもなるってもんでしょう」
雅臣は、祖父が早くに亡くなっていたので全く面識がない。父親もまた、自分の父に苦労していたと初めて知る。
「ホントは、無理して高貴な職に就いて体壊すより、身の丈にあった職を選んで欲しかっただけなの。 でも、そんな父親の思いなんて、息子には通じないのよね。 もう、毎日喧嘩ばっかりで……。 喜一は喜一で、ずっと父さんを見返してやるって怒ってた」
何だか自分と同じ事をしている父親に、雅臣は恥ずかしさがこみあげてきた。
「だからかな、まーくんにも医者になれるって思って欲しかったんじゃない? こんな自分でもなれたものだから。……にしても皮肉よね。自分のやりたい事を親に応援して欲しいって、身を持ってわかってるくせにね。実際自分が親になると、忘れちゃうのね。気が付いたら、自分も父親と同じ事をしてるんだもの。どうしようもないわ」
父親の事を嘲笑されて、雅臣は何故だか居たたまれなくなった。
「おじーちゃんもお父さんも、小奈戸の男はみんな口下手なのよ。言わなくても理解しろ!とか思ってるのよね……。 そういうとこ、まーくんもあるでしょ? アンタも、通じないとか頭から決め付けないで、この際とことん話してみたら? いいかげん仲直りしなさいよ」
またもや伯母が難題を吹っかける。 それができれば苦労はないのだ。
「とりあえず…………頑張ってみます」
それが雅臣の、精一杯の答えだった。
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