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第15話 妊婦さんなんですか?

「……雅臣、あのさ」


「ごめん。今は何も言わないでくれ」


 病院のロビーにある椅子に、二人で腰掛けて待っていた。随分沈黙を守っていたが、痺れを切らしたように健が口をひらく。たぶん母親はすべてを知っていた。あの「覚悟しておけ」はそういう意味だったのだろう。事の真相を、健を介して伝えたがっているのが雅臣にもわかった。 しかし、今は何も聞きたくない。せめて理佐の口から説明して欲しいと願っていたのだ。


「……わかった」


 健とは本当に長い付き合いになる。今では雅臣が何も言わなくても、気持ちをちゃんと理解してくれた。本当に健が友人でいてくれてよかったと、今更ながら感謝する。


 扉が開いて廊下を歩く音が聞こえてきた。ハッとして二人で視線をそちらに移す。渡井看護師が姿を見せた。デートの途中で呼び出された父親と一緒に病院に来てくれたのだ。治療も手伝ってくれたようで、改めていい人なんだなと雅臣は思う。


「診察は終わりました。ただ、発熱で脱水症を起こしていますので、これから点滴を受けてもらいます」


「だ、大丈夫なんですか?」


 雅臣は生まれてこの方、点滴など受けた事がない。点滴を打つイコール重症じゃないかと思ってしまう。


「大丈夫ですよ。小奈戸先生がついてますから」


 にっこり笑う渡井の笑顔に、雅臣は昔の母親の面影が重なった。診察に来る子供の親に、同じセリフを言って笑いかけ、安心させていたのを思い出したのだ。なるほど、そう言われて安心する自分に、父親の偉大さを思い知る。


「あ、あの、……理佐は? 大丈夫ですか?」


 もう一つの気がかりを尋ねる。病院についてからも理佐は随分と取り乱していた。あんな彼女を見たのは初めてだった。


「大丈夫。彼女も落ち着いてます。……お母さんですからね。母親は強いですよ」


 ホッとする反面、その後半のセリフに雅臣は肩を落とす。


病院に着いたとき、患者の名前を聞かれて“市井佑太”と理佐が名乗っていた。苗字が違うので、もしかして他人の子なのでは? と僅かな希望を抱いていたのだ。それも今、見事に打ち砕かれた。彼女は正真正銘お母さんなのだ。覚悟はしていたが、やっぱりへこんでしまう。


「子供の点滴は時間がかかりますので、先生が先にお帰りくださいとおっしゃってました。 お子さんとお母さんは先生が車で送るそうです。安心してください」


 納得できずにその場に立ち尽くしていると、渡井がやれやれといった顔で説得を続けてきた。


「理佐さん、今はお子さんの事で頭がいっぱいだと思うわ。それ以外の事を今聞いても、答えられないんじゃないかしら……」


 事情を察したように、優しい声だった。


「待ってちゃ……ダメですか?」


「雅臣」


 縋る気持ちで渡井に迫る雅臣を、健がとめた。


「今日は帰ろう。……な」


「だけど……」


「何をゴタゴタやってるんだ! お前たちは帰れと言ってるだろ!」 


 気付けば真後ろに父親が立っていた。驚いて仰け反ってしまう。


しかも、父親は相変らずの不機嫌顔だ。やはり、急な呼び出しに怒っているのだろうか?……そんな事を雅臣は心配する。


「ここにいても、何の役にもたたんだろうが!」


 しかし、その物言いに早くも腹が立つ。たしかに何の役にも立たないけれど、邪魔者扱いしなくてもいいではないか……そういう思いで雅臣は父親を睨む。


「彼女は子供の事で頭がいっぱいだ。今は余計な事を聞くな。明日にしろ」


 同じセリフを父親に言われるだけで、こんなにも腹ただしいものなのかと、雅臣は違う意味で感心した。


「健、頼みがある」


 反論しようとする雅臣を無視して、父親が健に話しかける。


「は、はい! なんでしょうか」


「渡井さんを一緒に、車で送ってやってくれないだろうか? 」


「え?」


「先生、私なら大丈夫ですよ」


 慌てたように渡井が辞退する。


「いや、ダメだ。勤務明けで疲れているのにここまで付き合ってくれたんだ。送ってもらいなさい」


「いえ、そんな。本当に大丈夫ですから」


 さらに恐縮して拒み続けた。


「健、頼んだぞ」


「あ、はい!」


「あの先生、ホントに……」

「渡井くん!」


 被せるように名前を呼んで、父親が遮った。


「今の君は、一人の身体じゃないだろう? ちゃんと甘えなさい」


「え?」


 これには雅臣が瞬時に反応した。一人のカラダじゃない? って……え?

 見ると渡井が愛おしそうにお腹をなでている。


「あ、あの! 妊婦さんなんですか?」


 雅臣の替わりに健が質問する。 というのも、雅臣の口は開いたままで、閉じる気配がなく、アワアワ言ってるだけだったからだ。 質問に対して渡井は、頬を薄っすらとピンクに染め、軽く頷くだけだった。


 それを見た雅臣は、気を失いそうになる自分の神経と、再び戦い始めることになった。




 * * *




 後部座席の雅臣をバックミラー越しに確認しながら、健がため息をつく。渡井京子を送るために車を走らせているのだが、雅臣の表情は明らかに疲れ切っていた。無理もない。


 この短時間で雅臣は、彼女がバツイチ子持ちだという事を初めて聞かされ、自分には歳の近い継母と歳の離れた弟妹ができたと知った。そんな彼の心中は察するに余りある。とにかく慰めてやりたいと思うが、状況が特殊過ぎてどう声をかけていいかわからない。しかも、その横で心配げな顔で座っている雅臣の母親に対しても、黙って見守る事しか、今の健にはできなかった。



 ……家族思いのいいお母さんだったもんな……。



 生きている頃の瑞枝を思い出して、健は急に切ない気持ちになる。


 瑞枝が病気で入院している時、健は何度も見舞いに行った。病状が悪化し、辛くて仕方が無いときも、瑞枝は健に笑顔で応対してくれた。そんな瑞枝の最後の願いが「雅臣とずっと友達でいてやって欲しい」だった。自分も望んでいた事だっただけに、健はその時、瑞枝の前で子供みたいに泣いてしまった。そんな情けない自分の背中を優しく撫でてもらった瑞枝の手を、一生忘れる事はないだろう。今でも思い出すだけで涙がこぼれそうになる。


 しかし、運転中に泣くわけにはいかない。仕方なく気持ちを切り替える為、健は助手席でナビをしてくれている女性に意識を戻した。


「予定日はいつなんですか?」


 とりあえず、会話の取っ掛かりに質問してみる。 渡井のお腹はそう目立っていなかった。 言われなければ誰も妊婦だとは思わないだろう。


「ふふふ……12月末なの」


 喜びに満ちた声が聞こえてきた。運転中なので健は見る事ができないが、声色から想像するに、たぶん彼女は幸せ一杯な表情を浮べているはずだ。 あまりの落差に後ろの男が不憫でならない。


「へえ、そうなんですか……。年末の忙しい時で大変ですね」


 適当な相槌をうつ。にしても雅臣は、二十五にしてお兄さんになり、果たしてお父さんにもなるんだろうか?


 眉根を寄せている彼に、到底その質問は出来そうになかった。




読んで下さってありがとうございます。


折り返しになりました。 なのにまだ書き終わっていません。

大丈夫か? 私!! ヽ(TДT)ノ うぉぉぉ!! 

不安を抱えつつ次回へ……

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