第13話 お役に立てるみたいなんですが
「なああ!! 理佐に何があったんだよ?!!」
雅臣が、車を運転する健の腕を掴みながら通訳を懇願する。
「コラ! やめろ! あぶないって!」
「マジで、理佐、大丈夫なのか!!」
「知らねえよ! とにかく理佐ちゃん家に急げって。それしかおばさん言わないんだもん!」
「母さん!!!!」
母親の居場所がわからないので、とにかく後部座席に向かって雅臣が叫ぶ。しばらくして健が、喉を鳴らして唾を飲み込んだ。ゴクリと大げさな音がする。
「……なんだよ。 母さんなんて言ってるんだ?! 健!!」
もちろんだが、健は前しか見ない。運転に支障をきたすからなのか、友達を直視できない内容を母親から聞いてしまったからなのか、どちらとも言えずに張り詰めた空気だけが車内を支配した。
「……雅臣」
「なんだよ!!」
思わず泣きそうな声になる。
「……覚悟しておけって」
「え?」
「おばさんがそう言ってる」
「な!!!!」
その先を聞き出す事など、今の雅臣には出来なかった。気を失わないようにするだけで彼の神経は精一杯だったのだ。
* * *
車から降りてすぐ、健に「ドコ?」と理佐の住まいを聞かれたが、雅臣が知るはずもない。すぐに察して質問相手を母親に切り替えられたが、それはそれで辛い気遣いだった。
「雅臣、コッチだ!」
健に案内される。彼氏としての立場がまったくない。だが、今はそんな事を言っている場合でもない。理佐の身に何が起きているのか? 心臓が張り裂けそうに痛んだ。
少し古びたアパートの外階段を、健が上がりだす。雅臣もそれに続く。一番奥の扉の前で健が振り返った。
「ここだって!! 鳴らすよ!!」
心の準備などまったく出来ないまま、健が勝手にチャイムを鳴らした。緊迫した空気の中、“ピンポーン”と間の抜けた音が室内に響く。しばらく待つと、中からパタパタと足音が聞こえて来た。
生きてる!!
当たり前の事だが、雅臣はそれすら危ぶんでいたのだ。とりあえず心配した最低ラインを超えてくれてホッとする。
「理佐! 理佐!」
扉が開く前に自然に名を呼んでいた。とにかく無事を確認したかったのだ。扉が開いてすぐ、抱きつかんばかりの勢いで前に出る。
「理佐! ……って、え?」
……誰?
目の前には明らかに知らないおばさんが立っていた。慌てていたので確認を疎かにしていたが、本当にココは理佐の部屋なのか? 「間違えました」なんてオチは勘弁してほしいと願う。雅臣は一歩後ずさって表札を確認するが、どこにもなかった。仕方が無いので、目の前の女性に直接確認する。
「あ、あの。こちらに瀬名理佐さんが居ると思うんですけど……」
「どちら様?」
理佐の名前を出した途端、おばさんの眉があがる。所在がここかどうかはわからなくても、明らかに理佐の事を知っている……そういう目に見えた。さらに値踏みされるように睨み付けてこられる。もしかしてこの人、理佐のお母さんか? そう閃いた瞬間、雅臣の背筋が反射的に伸びた。
「あ、あの! 小奈戸雅臣と申します」
名前を名のっただけで、おばさんの顔がパッと明るくなった。
「え! あなたが雅臣君?! あらやだ。意外にハンサム君なのね」
この状況下の中、褒められて喜んでいいのかわからない雅臣は、中途半端にはにかむ事しかできない。それでも理佐が、雅臣の事を自分の親に話してくれていたようで助かったと思った。
「あ、あの。理佐さんは……」
「あ、……ご、ごめんなさい。 今ね、理佐ちゃん、とりこんでいてね。出て来れないのよ」
そう言いながら外に出てきて、後ろ手でドアを閉める。どうも中を見せたくないらしい。
「あの、何かあったんですか? 理佐は無事なんですか?」
状況は逆戻りだ。理佐の無事がわかるまで帰れない。
「え?」「え?」
おばさんと健と同時に声があがる。揃った者同士、顔を見合わせて、二度目の「え?」が再び揃った。
「あ、僕、雅臣の友達で鈴木健といいます。 いきなりすみません。 よくわかんないんですが、こいつの父親が小児科医なんです。どうもお役に立てるみたいなんですが……」
突然言い出した健のセリフに雅臣は驚いた。言っている意味がまったくわからない。しかも、健自身もわかっていないようで、どうも母親に言わされているらしかった。それにしても、今、どうしてオヤジが出てくるんだ?
「それ、ホントなの? あなた、お医者様のご家族なの? 」
両腕をガシリと掴まれ、問いただされる。
「は、はい……」
「ああ、お願い! 佑くんを助けてあげて! 理佐ちゃんどうしても病院は嫌だって聞かないのよ」
……佑くん? 誰だ? え?
頭の中がパニックになって冷静に考えられない。
「とりあえず、中に入っていいですか?」
替わって行動に出たのが健だ。おばさんを促し、ドアを開けてもらったと同時に靴を脱いで、中へズンズンと進んでいく。
「雅臣!! 何やってんだ!」
立ち尽くしていた雅臣は、健に呼ばれて我に返った。慌てて後に続く。
中に入って雅臣は驚いた。奥の部屋で理佐が泣いていたのだ。その腕の中で小さな子供が顔を赤くして眠っている。
「すごい熱じゃん」
健が子供の額に手をのせて確認する。眉間にしわが寄った。
「雅臣、電話して!」
「は? で、電話?」
「小奈戸先生に電話するんだよ! ここに来てもらうんだ!」
さも当然のように健が指示を出してくる。 ああそうだ。目の前の子供を救わないと! 一番にしなければいけない事を言ってもらったおかげで、雅臣はその他の疑問などを一旦押しやる事ができた。震える手で携帯を操作する。
「あ、あの……」
理佐が子供を抱きしめたまま、恐る恐る問いかけてくる。
「理佐ちゃん。大丈夫! 先生は沢山の子供を救ってきた名医だから。その子、小奈戸先生に任せよう。 ね?」
健が理佐の肩に手を置いて安心させる。……本当はその役を俺がしないといけないのに。そう思いながら父親の番号をコールした。なかなか出てくれない相手にイライラが募る。そんな中、雅臣は昼間のやり取りをふと思い出した。
……ああ! しまった! オヤジは渡井さんとデート中だった。
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