第12話 俺だって遊びに行きたいわ
「へえ――。考えたもんだね」
天井から吊るした風鈴に、健がひと息吹きかける。涼しげな音が部屋に響いた。
「なあ、どっちがどっち?」
二種類の風鈴を健が交互に指差す。
「赤い短冊のガラス風鈴が『YES』で、青い短冊の鐘形風鈴が『NO』だよ」
発案したのは理佐だ。耳に息を吹きかける仕草を目撃していた理佐が、風鈴を鳴らす事で、視えない母親とコミュニケーションを取れるのではないかと教えてくれたのだ。さすがである。雅臣には考えも及ばない事だ。
「すっげぇ! 実演してみせてよ」
「やだよ。 今、必要ないじゃん」
健という通訳がいるのだ。逆に恥ずかしい。
「いいじゃん! 練習 練習!」
嫌がる雅臣をつっつく健。完全に面白がっている。やらなければ気がすまない様子だ。
「……たく。 えぇ、ごほん。 『母さん。ココに居ますか?』」
“チリーン” ガラスの音が響いて、赤い短冊が揺れる。
「おお!! 返事になったぞ」
健が手を叩いて喜んだ。基本、単純な男なのだ。
「よし。 ええ、 『今日の事、反省してますか?』」
“リン” 鐘の音が部屋を満たして、青い短冊が揺れた。
「オイこら! ふざけんな! 」
思わず立ち上がって、雅臣が風鈴に突進しそうになる。
「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け!」
慌てて健が雅臣の両肩を押さえつけた。なんとか座らせる。
「お、おばさんが震えてるから。 な! 落ち着こ! 」
頭の上にあげた拳も、健によって下ろされた。
「ったく! こっちはすっっっげぇ! 嫌な思いしたって言うのに!」
雅臣が大げさに息巻く。
「ああぁあ。 待っておばさん!」
健が扉に向かって手を伸ばす。
「もう! 雅臣がきつく言うから! おばさん泣いて出てったじゃないか!」
……小学生か!! 雅臣は、今日一日の疲れがドッと押し寄せてきた気がした。
「……ほっとけよ。どうせ理佐んトコ、遊びに行ったんだろ。 はん!」
全く持って羨ましい限りである。自分がなかなか超えられない壁を、意とも容易くやってのける母親に、雅臣は嫉妬心丸出しで言った。
「俺だって遊びに行きたいわ……」
「妬くなよ……。 親だぞ」
「うるせ」
口を尖らす雅臣に、健は思わず吹き出した。
「で、……病院で何があったの?」
「うっ」
父親の顔が頭に浮かんで、益々不機嫌になる雅臣だった。
* * *
「ビール飲むか?」
「あ、俺いいわ……。車だから」
一人分の缶ビールを取り出して雅臣が健の側に座る。二人きりになった部屋で、健が弁当を食べながらお茶を飲んだ。遅い夕飯だ。
「にしても、小奈戸先生も隅におけないよな……」
今日の午後に起きた病院での話を、雅臣が簡単に話し終えていた。なかなか愉快なイベント内容に解釈したようで、参加できなかった事を健が悔しがっている。
「協力なんて全く必要ねえし。 マジ、ひくわ」
「ええ――。 どうして? いいじゃん。 先生、五十八だろ? この先まだまだ長いんだしさ」
「はあ? 二十七の歳の差婚なんてヤバイだろ……芸能人じゃあるまいし」
実際のところ雅臣は、父親が渡井京子と再婚できるとは到底思えなかった。自分のイメージでは、父親の再婚相手はどんなに若くても四十代の女性だ。渡井京子はさすがに若すぎた。ただ、どう見ても二人はお付き合いをしている。それは否定できない。この先二人の関係をどうするのか、より複雑な問題になりそうである。
「まあ、ちょっとやりすぎか……。でも相手の人、チョー美人なんだろ? しっかし小奈戸家は、親子揃ってメンクイだよな」
似たような事を秀介にも言われた。別に、美人だから理佐を好きになったんじゃない。
好きになった女性が、たまたま美人だっただけだ。 決して顔に惹かれたわけではない。……と思う。いつも健に強く反論する雅臣だが、聞き入れてもらえた事がないので、もういいわけするのも面倒になっていた。
「うるせえ。 一緒にするな」
「ほら、理佐ちゃんの事も、単なる嫉妬だったりして? 」
「はあ? 気持ちが悪い」
「まあまあ、どうせ紹介しなきゃならなかったんだし」
だからってプロポーズもまだなのに、相手の親に結婚をせっつかれたら、彼女だってひくだろ。コレで交際自体がダメになったらどうしてくれるんだ。雅臣が父親のデリカシーのなさにうんざりする。
「でもさ、このまま先生が再婚しちゃったら……おばさんどうなっちゃうのかな」
「いや、再婚はありえないって」
「いや、もしも! の話だよ」
「もしも……か。 でも、まあ、その時は成仏? するんじゃね」
「そうか……。 ああ……なんか、超さみしいな」
とりあえず、俺の親なんだが……。そんな事を雅臣は思うのだが、慕ってもらう分に越した事はない。
そんな健を見て、ふと考える。……自分はどうなんだろう? 寂しいだろうか? 自分の気持ちに問いかけてみるが、それ以前の問題だった。正直、いまだに再会を果たせた気分が雅臣にはないのだ。視えない、聞こえない、いるかどうかがわからない。伝え聞きなのでどうしても母親を身近に感じる事ができない。これだけないない尽くしだと、寂しいという気持ちが湧いてこないのは、当然の事のように思える。
「あ――あぁ。俺、この先ずっと母さんが視えないままなのかな……」
思わずつぶやいた声に健が反応する。
「そうだよな……。 う――ん、なにかいい方法がないもんかなぁ?」
顔をつき合わせて考えてみるが、二人の脳ミソでいい案が浮かぶわけがなかった。
「うわぁ!! おばさん!!」
そのうち考え込んでいた健が急に叫んで仰け反った。
「どうした?」
健に向かって尋ねるが、あらぬ方向に顔を向け、頷くだけである。どうやら母親が帰宅したらしい。おもったより帰りが早いので驚いた。
「え、いや、おばさん。落ち着いて」
両手の平を外に向け、健が落ち着けのポーズを繰り返す。すると突然
「え!!! マジですか? わ、わかりました。……ま、雅臣! 行くぞ!」
「は? 行くって、ドコに?」
「よくわかんないけど! 理佐ちゃんが大変なんだって!」
「へ? ……えええええ!!!」
そういう事は早く言え! バカ!!
のんきに会話が終わるのを待っていた雅臣に、とんでもない事が通達されたのだった。
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