prologue ― 私の過去 -
「ほんとによく頑張ったな。見ろ、男の子だぞ。俺、自分の子供がこんなに可愛いなんて想像してなかったよ」
夫が、生まれてまだ数時間の赤子を抱きかかえながら、感激の涙を流している。少し大げさな気がしたけれど、素直に嬉しかった。
出産した直後だった私は、体も心も疲れ果てていたが、その労いの言葉と涙に救われた気がしたのだ。彼が涙を流すところなんて、これまでに見たことがなかったからかも知れない。今までどうしようもない人だと嘆いていたけれど、少し見直したほどだ。
「ほんと、可愛い」
お互い目をあわせて、微笑みあう。
正直、ここまで来るのに大変な思いをした。
つわりがひどくて何度も挫折しそうになった。さらに陣痛は死んでしまうのではないかという痛みだった。20時間に及ぶ出産に、もう二度と子供なんて産まないと誓ったばかりなのに、そんな夫の笑顔をみると二人目も頑張ろうかなと思えてしまう。
喉下すぎれば、なんとやら……だろうか。
オメデタ過ぎる自分にも笑ってしまった。
そんな幸せな時間を切り裂くように、一人の訪問者がノックもせずにズカズカと部屋に入って来た。夫の母だ。
「ちゃんと男の子だったの? まあ この子ね? 凛々しい顔じゃないの」
突然割り込んで来た訪問者が、ひったくるように夫から赤子を奪う。
「お義母さん。あの、その、まだ生まれたばかりですので……」
“乱暴にしないで下さい”という続きが声にならない。
「何? 大丈夫よ。 私は子育て経験者なのよ。 馬鹿にしないで頂戴」
そう言って、いつものように戒められる。
「……すみません」
無条件に私が頭を下げた。 これもいつもの事だ。
「まあ、今日はいいわ。アナタ、嫁としてどうかと思っていたんだけど、ようやく役に立ってくれたんだから」
棘々しい言葉が私の胸を刺す。
それでも、これまで罵倒されるばかりで褒められる事など一度もなかったから、賞賛の言葉だと思って前向きに受け止めた。
「貴方は将来、医者になるんですよぉー。 うちの病院を継ぐんですからねぇー」
義母が、嬉しそうに赤子に向かって未来を語っている。
その姿を見て、“産まれたのが男の子で良かった”と心の底から安堵した。
しかし、そう思えたのがこの時だけだなんて……幸せを噛み締めていた私は知る由もなかった。
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本編より3人称に変わります。 苦手な方は、ご注意くださいませ。