ハレバレ
「っ夏だー!」
「うるせえぞ。ちったあ、静かにできないのか」
部室で大声で叫んでいるのが、俺の幼馴染の抅井晴天だ。
部員でないくせに、しょっちゅう遊びに来てる。
家は街路を挟んだ目の前。
この前は、休日というのに、突然朝起こされて、買い物に付き合わされた。
だが、買い物が終わったご褒美ということで、なぜかキスをされた。
それからは、特にそういったイベントは発生していない。
「だって夏なんだよ。さわがないでどうするの」
「お前は、年がら年中元気だろ。ったく」
俺は愚痴りながら、部活を続けようとパソコンに向かう。
今しているのは、ペンタブで絵を描いている。
文化祭で出す予定の冊子の表紙絵にするつもりだ。
「ったく、お前の部活はどうしたんだ」
「終わったよ。今日はグラウンドが使えないから、ジムで体を軽く動かすぐらいにしておいたの」
抅井は、そう言って、軽くスクワットをしてみせた。
走るのが大好きということで、いつの間にやら長距離ランナーになっていた抅井は、陸上部に所属している。
いくつかの大会でも、かなり上位に食い込んでいて、1年生ながらに将来が有望視されている逸材だ。
「もっと動いてきてもいいってのに」
「いいよ。そんなことよりも、早く帰ろ」
「ああ、もうちょっと待っててくれ。この絵の下書きだけでも完成させておきたいから」
抅井に言うと、すぐに絵の続きを描く。
「じゃあ腕時計貸してね。これタイマー機能付き?」
俺の腕時計を指さして言った。
「ああそうだ。貸そうか」
「ありがと」
俺から腕時計を受け取ると抅井は、廊下へと出ていった。
ダッダッダッと走っている音が聞こえてきたから、きっと、廊下でシャトルランをしているのだろう。
描き終わる5分間、ひたすらに25秒で反転のペースを崩すことなく足音が聞こえ続けていた。
「帰るか」
ドアを開け、廊下を見ると、ちょうど休憩をしているところだった。
「帰る?」
「帰る」
抅井に言って、彼女の分のカバンも部屋から持ってきて、部屋の鍵を閉めた。
すっかりと晴れ渡ったこの日、俺たちはカバンをもちながら、もうすぐ月が出ようかという感じの空の下で家に向かって歩いていた。
「夏休みはどうするつもりだ?」
「どーしよっかなー」
抅井は、何かを考えているような顔で俺を見た。
「…一緒にどっかにでもいく?」
「それもいいな」
「二人でね」
ちょうど家の前についた時、抅井はそう結んだ。
「また何か考えたら連絡入れるね」
「お、おう」
二人でという言葉の意味を、脳が理解しようとしていない。
「じゃあね」
手を振って、抅井は彼女の家にすぐに入り込んだ。
まるで、俺に言葉の真意を悟られることを嫌うかのように。