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第四話 -Partner-


      ~7月15日『一日目・夜』~


 街が闇に溶けてしまった深夜。

 蛇の様に伸びたケーブルと、それと繋がったモニターの森の中に、ホンゴウとヤマシタはいた。

 ホンゴウはモニターの前にある椅子に座っており、ヤマシタはさほど離れていない壁に寄りかかるように立って、モニターをじっと見つめている。

「眠らなくて大丈夫か?」

「え?」

 いきなり声を掛けられ、ヤマシタは一瞬面食らってホンゴウを見た。

 ホンゴウは体をモニターへ向けたまま、背もたれに体重を預けた状態で首だけをこちらに向けている。

「監視役なら俺がやっとくし、お前は眠くなったら寝ても良いんだぜ?」

 それは、ホンゴウの部下を労わる感情から来た善意だったが、彼が言うと何故か裏がある様な気がしてしまう。

 いつも柔和な態度でいながら心中が読めない彼だからだろうか。

 ヤマシタは曖昧に笑い、軽く会釈をして見せた。

「…………ありがとうございます。でも、大丈夫です。

 それに、寝てないというのなら委員長も同じじゃないですか」

 部下の指摘に、ホンゴウはハハハ、と苦笑う。

「俺は大丈夫だ。それに……やっとゲームが始(・・・・・・・・)まったんだ(・・・・・)

 ここで寝ちまったら、勿体無いだろう?」

 再びモニターを見つめるホンゴウに、ヤマシタはそうですか、と短く答えた。

 廃ホテルの至る所に取り付けられた監視カメラの映像を見つめ、ホンゴウは柔和に微笑む。

「さぁ……『裏切り者の戯れ』の始まりだ」

 時刻は、今まさに日付が変わろうとしている頃だった。


     ■ □ ■ □


 全ての電灯が消され、月が唯一の光を放っている廃ホテル。

 誰も居なくなった廊下に、一つの人影が蠢いていた。

 影が存在するのは、2階。

 その右手には、鈍く輝く刃。

 影は、ある人物(・・・・)の殺害を企て、この時間に暗い廊下を歩いていた。

 階段を下りて、しばらく左に歩いた所に、影の目的の部屋はあった。

 暗闇に目を凝らし、部屋に立てかけてある札を確認する。

 

 「213」


 速筆で素っ気無く表記された看板を見ると、影は音を立てないようにゆっくりと扉を開く。

 窓から差し込む雲がかかった月が、部屋の床を照らしている。

 影はそのまま、ヒタ……ヒタ……と、忍び足で室内を歩いていく。

 U(ユニット).B(バス)を過ぎ、短い廊下を歩き終えると、影の前に現れたのはベッド。

 誰かが眠っているのか、少し膨らんでいる。


 影の目的は、ただ一つ。

 大犯罪者ガモン ユウマの抹殺。


 影は右手に持ったナイフを握り締め、影はゆっくりとベッドへと近づいていく。

 一歩……。

 影の鼓動が、徐々に激しく脈打ち始める。

 一歩……。

 体に汗が走るのを感じた。

 そして、一歩……。

 影はかたく口を結ぶと、そのまま光が掛からないベッドの上に―――――ナイフを、突き刺した。

 狙ったのは、心臓部分。

 鎧でも着込んでいない限り、まず命は無いだろう。

 だが、直後。影は目を見開く事となった。


 突き刺した時の手ごたえが、全くと言って良いほど無かったのである。


 影はナイフを引き抜き、逆手でベッドを剥ぐように投げ捨てた。

 そこにあったのはガモンユウマの死体……などではない。

 それは、U.Bに備え付けられているカーテンが巻きつかれた枕だった。

 直後、 


「どうやら―――――お望みのものはそれじゃ無かったみたいだな」

 

 男の声が、暗い夜闇に沈んだ部屋に響いた。

 影の背筋に、悪寒が走る。

 それは間違いなく、影の抹殺対象ガモン ユウマのものだった。

 影は声を聞くや否や、ナイフを声の方向、自身の背後へと振り下ろす。

 だが直後――――影は軽い衝撃を背中に受け、体を小さく曲げた。

 そして気がつけば、ガモンの手によって壁に押さえつけられていた。

 カラン、と音を立ててナイフが床に落ちる。

 ガモンは何の感情も無くした表情で、影の顔を凝視すた。

 月にかかっていた雲が払われ、月明かりが影の姿を照らす。

 ガモンを狙った影の正体。それは――――――黒髪を持つ、妖艶な雰囲気を持つ美しい女だった。

 神はハーフアップにされ、白く透き通った肌に空いた二つの溝からは、黒の大きな瞳がのぞいている。

 本当に彼女が、重罪を犯し死刑になった人物なのか、と思ってしまうほどに。

 ガモンは一瞬怪訝そうに目を細めた。

 だが彼女、マキムラ アカリは意にも介さないといった様子で、その妖艶で美しい顔立ちに無表情を貼り付け、ガモンを見つめ、


「――――アナタ、何だか哀しそう」

 

 一言、抑揚のまったく無い声色で告げる。

「……何?」  

 ガモンは睨む様にマキムラを凝視した。

 自分の事を「異常だ」という者はいたが、「悲しそう」などと言ってきたのは、彼女が始めてだったのだ。

 しばし、ガモンとマキムラは月光が支配する静寂の中で見つめあう。

 先に目を逸らしたのは、ガモンだった。

 逸らした視線を床に移し、彼女が落としたナイフを拾い上げる。

「これがアンタの『凶器アイテム』か……」

 くまなくナイフを見渡すと、未だ壁際に佇んでいるマキムラの足元に放り投げた。

 マキムラは面食らった様に目を細め、ゆっくりとナイフを拾い上げる。

 そしてそのまま、その大きな瞳をガモンに移した。

 ガモンは目が合うと、やがて淡く微笑み、立ち上がる。

「お前は、俺がこのゲームの「執行人」だと思って、この夜に俺を殺しに来た……そうだな?」

 ガモンの問いを、マキムラはゆっくりと首肯する。

「アナタの様な人が「死刑囚」側でゲームに参加するなんて思えない……皆もそう言ってた」

 その答えに、マキムラは「やっぱりか……」と呟き、マキムラと向かい合わせになる形でベッドに座った。

「だが、その推測は大外れ……断言する」

 そこで言葉を区切り、ガモンは前のめりになってマキムラを見つめる。


「俺は――――このゲームの「執行人」じゃ無い」


 マキムラの無表情が崩れ、蛇の様な目付きでガモンを見つめる。

「…………」

 無言で瞬きもせずにコチラを睨み付けるマキムラに、ガモンは思わず苦笑を浮かべた。

「信じられるか、って顔だな」

 体をマキムラから離し、ガモンは手を後ろに付いた。

「考えても見ろ、マキムラ アカリ……お前等が大犯罪者オレを怪しむのは、当然の反応だ……だが

、もし俺が「執行人」だとしたら、分かりやすす(・・・・・・)ぎないか(・・・・)?」

「……どういう意味?」

 先ほどより少し柔らかくなった表情で、マキムラは問う。

「つまり、だ……明らかに怪しい「死刑囚」がいて、そいつを殺したらハイ終了……じゃ、お粗末すぎないか、と言ってるんだ」

 言われてみれば確かに、とマキムラはふと思う。

 このままガモンを殺してしまえばゲーム終了……では簡単すぎる(・・・・・)

 と、なると――――

「俺は「共食い」を起こす為の餌……と考えた方が妥当だろうな」

 「死刑囚」同士の争乱の火種。

 疑心暗鬼を深めるための薬。

 このゲームにおけるガモン ユウマの、それが使命なのかも知れない。

 そういう事で、マキムラはとりあえず(・・・・・)納得した様だった。

「でも……だったら何で「自分を殺してみろ」なんて言ったの?」

 相変わらずか細い声で問うマキムラに、ガモンはニィ、と笑ってみせる。

ヤツラ(・・・)のシナリオ通りに動くだけじゃ詰まらない……俺も、この状況を利用させてもらおうと思った。ただ、それだけだ」

 マキムラは顔をしかめた。

 ガモンは立ち上がり、窓の方へと歩いていく。

 雲が払われ、綺麗な円形を作り出す青白い鏡を見つめ、告げる。 


「俺はこのゲーム……必ず勝つ」

 

 自信と決意に満ち溢れた声に、マキムラは思わず息を呑む。

「その為には、まず確実に手に入れなければならないものがあった……だから、お前らの前であの態度を取ったんだ」

「……手に入れなければならないものって?」

 ガモンは瞳を月からマキムラへ移し、淡く微笑む。

「『このゲームを共に戦っていく仲間』……だ」

 さらりと言ってのけ、ガモンは再び布団に座り、両手をポケットに入れ足を組んだ。

「そのためにはまず、その仲間となる人物が「執行人」じゃない、と言う事を確認する必要があった。

 だから俺は、そのために一芝居うたせてもらった」

 マキムラは、黙ってガモンの話に耳を傾ける。

「お前らは『ガモン ユウマが「執行人」なのでは無いか?』という確信にも似た懐疑心を俺に対して持っている。

 だから俺はその逆……『本当にガモン ユウマが「執行人」なのか?』という疑念を持たせようと考えた」

「それが……あの台詞?」

 マキムラの問いを、ガモンは黙って首肯する。

「ああ言えば、お前らはお前ら自身の『ガモン ユウマ=「執行人」』という確信が崩れてしまう。いわば、自分自身の考えに疑念を持つ様になる。そして……俺を殺す事をためらう様になる。 

 それは言い換えれば、『俺を殺す事に臆病になる』という事だ。

 俺を殺しに来る移動中に、本物の「執行人」に出会ってしまえば……。仮に無事辿り着けても、俺を殺してしまって首のチョーカーが作動してしまえば……そんな「負の感情」を抱く様になる」

 そこまで言うと、マキムラは目を見開いた。

「つまり……」

 マキムラの言葉に「そう」と相槌を打ち、ガモンは余裕のある笑みを浮かべる。


「今この状況で、しかも「執行人」が出歩き始める可能性が高い深夜に俺を殺しに来るのは「執行人」本人か……「ガモン ユウマが犯人だ」という絶対的自信・・・・・が崩されていない「死刑囚」だけって事になる。

 こうすれば、簡単に『「執行人」では無い者』をあぶり出す事が出来るってわけだ」

 

 だが、とマキムラは思う。

 それでは完璧ではない、と。

「もしかしたら、私が「執行人本人」だって言う可能性がある」

「確かに……だが俺はお前が今日・・俺を殺しに来た時点で、99%お前が「執行人」では無い、と考えている」

 マキムラは思わず目を細めた。

「それは、何故?」

 その問いに、ガモンは「だったら」と逆に問い返す。

「もし「執行人」だったら、おそらく今俺を殺しに来る事は無いだろうからな」

「え?」

 思わず口から言葉が漏れた。

 だが、ガモンは相変わらず余裕げに微笑んでいる。

「「執行人」の疑いを掛けられている「死刑囚」の存在……おそらく「執行人」は、この状況を利用しようと考える筈だ……『俺に疑いの目を向けさせておけば、自分は疑われないまま全員を葬る事が出来る』ってな」

 つまり、と一度言葉を区切り、ガモンは続ける。

「俺を……生かしたまま利用(・・・・・・・・)しようとする(・・・・・・)ってわけだ」

 マキムラは、素直な感心の色を示していた。

 伊達に総理暗殺を成し遂げた青年ではない。

 人並み以上の知力と行動力が、彼には備わっているのだ。

「だがまぁ、「執行人」が俺の行動原理に気付いていてわざと俺を狙いに来た……という可能性もある。俺もまだ、お前を完璧に信じられたわけじゃない」

 だから、とガモンは続ける。

「お前は今日、このまま6時までこの部屋にいてもらう」

 突然の言葉に、マキムラは首をかしげた。

「お前がここに来る途中で「執行人」に会ったり、物音を聞いたりしていないって事は、まだ「執行人」による『第一の殺人』が行われていない、と言う可能性の方が高い。

 もしお前が「執行人」じゃ無いのなら、今出て行けば「執行人」と遭遇してしまうかも知れない。

 政府が用意した「死刑囚」を相手にしようって奴だ……そうとう腕が立つだろう」

「このまま6時まで此処にいた方が安全かつ、その間に「執行人」による殺人が起これば、お互いが「執行人」では無い、という確信も得られる」

 顔色を変えずに言うマキムラに、ガモンその通り、と答える。

「殺人が起こるのを待つなんて、あまり良い気分じゃないけどな……。

 さて、俺の事を教えてやったんだ」

 目を細めて怪しく笑い、ガモンは言う。

「マキムラ アカリ……お前の情報も、こっちに売ってもらうぞ」

「……情報って?」

 決まってんだろ、とガモンは返す。

「俺がこのホテルに来る前から、お前はアイツ等と話してたんだろう? 

 だったらアイツ等に関する情報も少なからず持ってるだろう……それを教えろって言ってんだ」

 あぁ、なるほど。マキムラは一人納得し、やがて口を開いた。

 まずは、イガラシ ジュン。

 彼女は勝気な見た目に見合った行動派で、自分の母が詐欺にあったと言うのに「忙しい」「どうせ老人のボケだろう」と言う適当な理由で取り合ってくれなかった警官五人を殺害したらしい。

 二人目は、イトウ サラ。

 ギャル風の風貌を持つ彼女は、「ウザイ」という理由だけで両親を殺害した挙句、その遺体を家に隠していたらしい。だがその後、彼女は麻薬売買に携わり逮捕。

 その後自宅捜索で両親の遺体も発見された。

 三人目は、オガワ レイタ。

 無感情な印象を受ける彼は詐欺師であり、結婚詐欺から寸借詐欺まで、様々なものに手を染め、騙した相手を自殺にまで追い込んだ事もあると言う。その後逮捕されたが、反省の色が見えない事なども含め、異例でありながら詐欺容疑で死刑となった。

 四人目は、キドウ アスカ。

 ほんわかとした雰囲気を持ち、「死刑囚」のイメージとはかけ離れた彼女は、小学生となった息子がイジメにあっていた事を知るとそのイジメていた少年少女を10名ばかり殺害したそうだ。現在、息子は夫と二人暮らしをしており、自分が「死刑囚」だという事は伏せているらしい。

 五人目は、ナカモリ アキト。

 強面の彼はそのイメージ通り元暴力団組長で、当時の大量殺人のため死刑となったそうだ。

 六人目は、マナベ ヨウイチ。

 寝癖が付いた髪が特徴の飄々とした彼は爆弾魔で、「スリルが味わえそう」という理由で警視庁を爆撃したそうだ。

 そして七人目は彼女、マキムラ アカリ。

 あまり喋らず、オガワにも劣らない無表情の彼女は、とある理由から妹を除いた家族と近隣住民を殺害したそうだ。

 それ以外にも、他の6人と話した事すべてを、一字一句漏らさずにガモンに伝えた。

「持っている情報なんて、これくらい……」

「いや、十分だ」

 ガモンは顎に手を当て、考え込む。

「……何か、わかった?」

「いや、あくまで仮定の話だが……」

 そう前置きし、ガモンは告げる。


「「執行人」の正体はまだ分からない……だが、おそらく今日狙われるであろう「死刑囚」は分かった」


 あまりにも簡単に言ってのけたガモンに、マキムラは目を見開き、珍しく感情を露にして食い入る様にガモンに顔を近づけた。

「誰? 『その狙われている「死刑囚」』って……」

 がっついて来るマキムラをしばし見つめた後、ガモンは一つ息を吐いた。

 そして、口を開く。

 告げる。



「おそらく、今日狙われるのは―――――」




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