第三話 -Diversion-
ここからゲーム開始となります。また、ゲーム時は全ての登場人物をカタカナで表記致します。では、引き続き『Circus』をお楽しみ下さい。皆様からのご感想、お待ちしております。
~7月15日『一日目・夕暮れ』~
コツ……コツ……。
ゲーム開始から数十分後。ガモンは一人、廃ホテルの廊下を音を立てて歩いていた。
向かっているのは、起爆装置付きチョーカーと共に配られた紙に書かれている、今回のゲームで自身の拠点となる自室。
紙には速筆で「213」と書かれている。
つまり彼の部屋は、大広間のある3階から1階おりた「2階」の「13号室」だ。
階段をおりると、扉が左右に広がる壁に、部屋案内用の看板が立てかけている。
ガモンは看板の指示に従い、13号室へ向けて歩き出した。
「…………此処か」
相変わらず抑揚のない低く小さな声で呟くガモンの目の前には、確かに「213」と記された札が貼られた茶色の扉が現れた。
ガモンは取っ手に手を掛けると、それを中へと踏み出していく。
中は廃ホテルとは思えない、まだ営業しているかの様なメイキングがされていた。
2mほどの短い廊下の奥にはシングルベッドと、TV、棚、クローゼットが備え付けられている。廊下の中ほどには、左に続く扉があり、その空間にはユニット・バスが広がっていた。
ガモンは注意深く観察しながら、部屋の奥へと入っていく。
備え付けの小型アナログTVの横をしばし見つめた後、その隣に置いてある薬箱ほどの木箱に気付いた。
ガモンは一度怪訝そうに顔を歪ませると、ゆっくりと箱に手を書け、それを開いていく。
その中には、真っ赤に染まった液体の入った、点滴用の袋が一つ入っていた。その紅は、見様にとっては「血」の様にも見えるだろう。
ガモンはそれを手に取ると、軽く舌打ちをする。
「これが俺の『凶器』って事か……」
ぞんざいに袋を箱の中に戻し、次はクローゼットの扉を開く。
すると今度は、彼の目の前に大量のカッターシャツと黒スーツが広がっていた。
「……ホンゴウが言ってた『着替え』か」
彼は言った。「毎日、必ず着替えを行うように」と。
一体何故そんな事をさせるのかは、まだ分からない。
だが、意味もないルールをホンゴウ達が付け足すとも思えない。
「とにかく……動くしかないってわけか……」
命懸けのゲームに参加し、顔も分からない「死刑執行人」を相手にしているにも関わらず、ガモンは嗤っていた。
■ □ ■ □
同刻。
ガモン以外の7人の「死刑囚」は、未だ大広間から動かずにいた。
だが先程とは違い、7人は互いにコミュニケーションを取り合っている。
とは言え、話しているのは自己紹介程度のものだったが。
「それよりさぁ」
死刑囚の一人、寝癖が特徴の男「マナベ ヨウイチ」が口を切る。
「一体、何で連中はこんなゲームやらせようってんだろうな」
飄々とした口調で、マナベは言う。
「ただ私たちを殺すため……という訳ではなさそうですよねぇ」
豊満な胸と、おおよそ死刑囚とはかけ離れたほんわかした雰囲気を持つ女性「キドウ アスカ」がマナベに続いた。
自分たちは、国家レベルの重罪を犯した「死刑囚」。つまり「悔いる方法は死のみである」と断定された者たちだ。
処刑するのなら、こんなまどろっこしい方法を取る必要も、勝者を再び世に放つ必要も、ましてや大金を渡す必要も無い。
「つまり……」
猫目を持つ攻撃的な女性、「イガラシ ジュン」が割って入る。
「誰かが何らかの目的で、死刑囚に殺し合いをさせている……という事か」
一体誰が? 何の目的で?
様々な疑問が7人の脳内で跳ね回るが、この段階でそれが解決されるわけがない。
「まぁ、それはそれとしてだ……今は、「執行人」を探し当てる事が先決だろ」
黒髪をオールバックにし、顎鬚を蓄えた強面の中年男性「ナカモリ アキト」が言った。
「死刑囚」に混じった殺人鬼「Traitor」。
未だ正体が掴めていないその存在を消さない事には、自分達の自由も訪れない。
だが――――
「怪しい人物なら、もう見当は付いてるんじゃない?」
ギャル風の金髪少女、「イトウ サラ」の言葉に、7人は同様の人物を思い描いた。
「『我門事件』の犯人―――――ガモン ユウマ」
暗い雰囲気の、あまり口を開かない童顔の男「オガワ レイタ」が珍しく言葉を発した直後。
ギィ、と音を立て、大広間の扉が開かれた。誰かが中に入ってきた様だ。
7人の視線が一斉に扉へと集まる。今この状況で、この部屋にいない人物は、一人しかいない。
そして、想像通り。噂をすれば何とやら。
7人の話題の種、ガモン ユウマが戻ってきたのだ。
―――――右手で大量の食べ物が入った皿を持ち、左手に持った骨付きのフライドチキンをほお張りながら。
この下の2階には食堂があり、そのテーブルの上には大量の食料が用意されている。
「死刑囚」と「執行人」との究極の殺し合いを生き抜くために、なくてはならない物だ。
ガモンは唖然とする7人を一瞥した後、先ほど座っていたソファに座り、フライドチキンを食べている。
まるで、「7人の姿など見えていない」とでも言う様に。
しばらくして、ガモンは未だずっとこちらを見続ける7人に視線を向けた。
ゲーム開始以降初めて目が合った、7人とガモン。
明らかな殺気をガモンへぶつける7人。
だがガモンは、そんなもの感じないとでも言う様に平然とした様子で、食物の入った皿を突き出し、
「――――食うか?」
と、問うた。
しばし呆然とした様子の7人だったが、その中の一人「ナカモリ」はやがて鼻で笑い、再び食べる作業に戻ったガモンに近づいて行く。
「おい、やけに余裕じゃねぇか……『ガモン ユウマ』さんよぉ」
どこぞのチンピラの様な口調のナカモリを、ガモンはじっと見つめる。
だがその間にも、ガモンは食べる動作を止めない。
「人間が持つ欲の中で、最も激しい欲求は「食欲」だ……食わないと、これからの殺し合いを生き残れないぞ?」
「そう言う事言ってるんじゃねぇ」
一転。殺気のこもった瞳をガモンへと向け、ナカモリは言う。
「いつ殺されるかも分からねぇこの状況で……よくもまぁ呑気に飯なんぞ食ってられるなぁって言ってんだよ」
その態度から、ガモンを「執行人」と疑っている事は明白だった。
だがガモンはフライドチキンを口から離し、しばし膝に置いた皿に視線を落とすと、
「―――――ッ、ククク……」
と、怪しく堪える様な笑いを発して見せた。
短気で荒い性格のナカモリは瞬時に表情を怒りに染める。
「てめぇ、何笑ってやがる!」
「いや、別に。ただ……」
ガモンは顔を上げると、ニィとチェシャ猫の様な怪しい笑みを浮かべ、ナカモリを見上げた。
「そんなに俺が執行人だと思うのなら――――俺を殺してみればいいだろう?
怖い顔して、意外と臆病者なんだなぁ……と思って」
いきり立つナカモリに皿に乗ったフライドチキンを突き出し、こう言ってのけた。
「っ、この餓鬼が!」
ナカモリはガモンの首元に、今にも殺さんとする勢いで手を掛けた。
もしこのまま放っておけば、彼は間違いなくガモンを絞め殺してしまうだろう。
だが――――ガモンは尚も笑っていた。
「あぁ、そのまま殺してみよな……アンタの首も一緒に吹き飛ぶ覚悟があるんならな」
「……何だと?」
反射的に、ナカモリは握力を弱めていく。
ガモンは皿を自分の横に置き、両手をポケットに突っ込んで立ち上がった。
ナカモリより10cmほど身長差があるにも関わらず、ナカモリを圧倒する雰囲気を醸し出していた。
「どうしたんだ? 俺が「執行人」だと思ってるんだろう?
だったら――――手を緩める必要なんて無い筈だ。なぁ、おっさん?」
あくまで余裕を崩さないガモンは、次第に精神的にナカモリを追い詰めていく。
否。この場にいる「執行人」を除いた全員が、彼の言葉に押されていた。
「もし俺を殺すってんなら……それは同時に『自分の首が吹き飛ぶ覚悟』も持つんだな。
ホンゴウも言ってただろう? ―――――『もし「執行人」ではない者を殺してしまった場合、首の爆弾を作動させる』ってな」
西へ沈んでく太陽が照らすガモンは、不気味に嗤っていた。
「さぁ、お前ら俺が「執行人」だと思ってるんだろう?
だったら殺して見ろよ……この俺を」
ガモンはそう吐き捨てると、再び右手で皿を持ち、大広間を出て行った。
「――――なぁ、アイツ本当に「執行人」なのか?」
しばし続いた重く不穏な沈黙を、マナベの一言だった。
「当たり前だろう! 勝てば釈放ってゲームに、あんな第一級犯罪者を参加させる筈がねぇ!」
ナカモリが、怒鳴り散らす。
だが、7人の空気は重いままだ。
「だったら、何故あんなに余裕なんでしょうかぁ……。
あれじゃまるで、『自分を殺せば殺した者も死ぬ』って断言してるみたい」
キドウの指摘に、ナカモリは「それは……」と口ごもる。
「でも、それがガモンの作戦だって事もあり得るわよね」
イトウの指摘に、ナカモリは「そう!」と再び声を上げた。
「アイツは自分が「執行人」じゃないって俺たちに錯覚させるためにあんな態度を取ったんだよ!
そうに決まってるじゃねぇか!!」
平行線をいく議論が続く中、
「……私に考えがある」
女性にしては低いイガラシの声は、大広間に響いた。
そしてその攻撃的な視線を扉へと向ける。
「私が、今夜のうちにハッキリさせてやろう……ガモン ユウマが「執行人」かどうかを、な」
不敵に笑うイガラシを、6人が見据える。
いや……一人だけは違った。
今まで一言も言葉を発さず、ただガモンだけを見つめていた妖艶な雰囲気を持つ黒髪の女「マキムラ アカリ」だけは、ただじっとガモンが去った後のソファを睨み続けていた。