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第二話 -Opening-

「あの……委員長。ちょっと良いですか?」

 ヤマシタが我門優魔と初の邂逅を果たした朝から3日後。

 ガゴン、ガゴン、と小刻みに激しき揺れを起こすトラックの後部座席に座るヤマシタが、右隣で両手を後頭部で組み、目を閉じて揺れに身体を預けているホンゴウに問う。

 ホンゴウはゆっくりと目を開き、左隣のヤマシタに視線を送った。口では何も言ってはいないが、目が「どうした?」と彼女に問うている。

 ヤマシタは一瞬目線をホンゴウから外すと、「大した事ではないのですが……」と口篭り、やがて再びホンゴウの瞳を見つめた。

「何故、我門優魔をこのゲームに参加させるのでしょうか」

 ホンゴウは態勢を変える事なく、目だけを細める。

それは、ホンゴウから我門の参戦を聞いた時にも出た質問だった。

「そんなに気になるのか?」

「まぁ、はい……」

 普段より少しトーンが下がった声でヤマシタは言い、視線を下に落とし、無意識にスカートの裾を握り締めている両手を見つめた。

「我門優魔は……並外れた行動力と知略で日本総理暗殺をやってのけた人物です。

 それは「上」の方々も分かっている筈でしょう?」

「そうだなぁ」

 視線をトラックの天井に向け、ホンゴウは呟いた。

「今回のゲーム……おそらくアイツが主導権を握る事になる。

 それは上の連中も痛いほど分かってる筈だ」

 ヤマシタは右に身を乗り出し、天井を眺めているホンゴウを食い入る様に見つめた。

「だったら何故! このゲームで彼が勝ってしまえば、それは『日本政府最大の(・・・・・・・)脅威を再び世(・・・・・・)に放つ(・・・)』という事になるのですよ?」

 そう、それが『トレイター・ゲーム』なのだ。

 勝者に与えられる最大の恩恵は、『自由の掌握』。

 それは死刑囚達がこのゲームへの参加を決意する、最大の理由でもある。

 だがそれは同時に、いくらかの細かいルールがあると言っても、『殺人鬼』を世に再び放ってしまうというリスクが伴うのだ。

 何故その様な法律が行使されたのか自体、ヤマシタには疑問でならない。それが総理暗殺の張本人(・・・・・・・・)ともなれば、尚更だ。

 ホンゴウは一瞬視線をヤマシタに移した後、後ろに倒していた身体を起こす。

「さぁな……連中が考える事は、分からん」

 返答を聞き、ヤマシタは「そう、ですか」と曖昧に呟く。

「そんなに気になるのか? 我門アイツの事が」

「え?」

 驚いてホンゴウに目を向けると、彼はただじっとヤマシタを見つめていた。

 しばしその瞳を見つめた後、再びゆっくりと視線を外していく。

「まぁ……少し。だって総理を暗殺するなんて馬鹿げた考え、普通起こさないじゃないですか」

 しかも、とヤマシタはは続ける。

「その考えを実行して、成功させてしまうなんて……」

「理解出来ないか? 我門の事」

「はい、出来ません」

 あまりにもキッパリと、ヤマシタは言ってのけた。

 ホンゴウは苦笑を浮かべると、

「アイツだって、本当は死刑囚になる様な男じゃ無かった」

「え?」

 ヤマシタは目を細め、こことは違う何処かへ思いを馳せている様なホンゴウを見据えた。

 ホンゴウはゆっくりと哀しげに笑って見せると、揺れ続けるトラックの床へと視線を向ける。

「アイツは本来、世界最悪の殺人犯なんかじゃない。

 将来を有望された、普通の男子高校生だったんだ」

「……それって」

 ヤマシタが問いかけた直後。

 キキィ! と甲高い音を立て、トラックがいっそう激しく揺れた。

 ヤマシタは言葉を中断し、急な事に一瞬目を見開くと、咄嗟にトラックの取っ手を握り締めた。

 揺れがおさまり、トラックが停止した事を確認すると、ホンゴウは上体を起こす。

「どうやら着いたみたいだな……ヤマシタ、おりるぞ」

 そういうや否や、ホンゴウはさっさと扉を開き外に出た。

 それに続く形で、ヤマシタも慌ててトラックから下りる。

 下りた二人が真っ先に向かうのは、今自分たちが座っていた座席の後ろ。トラックの荷台部分だった。

 ホンゴウはその中心に立つと、観音開きになっている巨大な銀の扉をゆっくりと引いていく。

 徐々に太陽の光が差していく中に、荷台の奥に座る一人の青年の姿を捉える。

 ホンゴウやヤマシタ等にとって、今回の主役とも言える死刑囚、我門優魔だ。

 我門はポケットに手を入れ足を組み、目を閉じて俯いている。

 それを見ると、ホンゴウは呆れ気味に溜息を漏らす。

「おい、起きろ我門」

 若干叫び気味のホンゴウの声に、我門はゆっくりと目を開き、顔を上げた。

「着いたぜ」

「…………やっとか」

 文句ありげにそう呟くと、我門はゆっくりと腰を上げ、太陽の下へと踏み出す。

 久々に太陽を受け入れた瞳は、反射的に目を煙たげに伏せた。

 おもむろに右手を添え、我門はそれを遮って見せた。

「…………なれねぇな」

「そりゃ、あんだけお天道様と離れた生活してりゃあなぁ」

 ケラケラと笑うホウゴウ。

 ヤマシタはその隣で、我門の事を見つめていた。

 我門優魔は彼女にとって、殺人犯でしかない。

 だが上司であり彼を良く知るホンゴウは、彼は当時、普通の少年だったと語る。

 その当時を知らないヤマシタにとって、その話がどうも信じられなかったのだ。

 その視線に気づいたのか、我門はヤマシタに目線を移す。

「何を見ている?」

「え? いや、別に……」

 いきなり声を掛けられ、少し戸惑いながらも返答する。変な女だと思われたかもしれない。

 だが我門は怪訝そうにするでもなく、彼女を睨み付けるでもなく、

「…………そうか」

 と素っ気無く言い、ヤマシタから視線を逸らした。

 逸らされた視線の先にいるのは、人気のない通りに一際目立って聳え立っている、今回の目的地。

「此処か」

「あぁ……」

 ホンゴウもまた、目的地に目を向けた。

 その顔にはいつもと同じ、ただただ柔和な笑みが貼り付けられている。

「10年前から使われていない廃ホテル……此処が今回の《ゲーム会場》だ」


     ■ □ ■ □


 死刑囚によって行われる、正体不明の刑罰『トレイター・ゲーム』。

 その舞台となる廃ホテルには、既に7名の死刑囚達が、中央の円形テーブルを中心に集っていた。

 一人は、胸元まで伸びた金髪をゆるく巻いているギャル風の少女。緑のタンクトップと、ホットパンツに銀色のヒールを履いている。 

 その隣には、男女共通で着られる様なジャケットとジーンズを身に着けた、鋭く攻撃的な猫目を持つ女性。

 更にその隣には、天然パーマ気味の癖のある黒髪を持つ童顔な男性と、ほんわかした雰囲気を持つエプロン姿の女性が立っていた。

 その向かいには、顎鬚を蓄え、黒髪をオールバックにした、黒のオーバーコートを羽織った強面の中年男性と、寝癖が特徴的な男。そして、妖艶な雰囲気を持つ黒髪の女性がいた。

 全員、ただ黙って同じ時を過ごしている。

 誰一人として、口を開こうという者はいない。

 ハッキリ言って、かなり気まずい雰囲気が流れていた。

 しかし、これは当然と言っていい。何故なら彼らがここに集められたのは、馴れ合いのためではない。

 

 彼らはこの中の誰か一人を、確実に葬らなければ成らないのだから。


 刹那。

 ギィ……と音を立て、大広間の扉が開かれた。

 7人は一斉に扉へと視線を向ける。

 そこには、殺気立った7人とは正反対の柔和な表情を浮かべたホンゴウと、何の感情も纏っていないヤマシタの姿があった。

「お待たせ致しました、『トレイター・ゲーム参加者』の皆様。

 皆様と共にこのゲームに参加する追加者を発表いたします」

 そう言うと、ホンゴウは体をずらし、『彼』を室内へ向かい入れる。

 コツ……コツ……と地を踏む足と共に、一人の青年が7人の前に現れた。

 青年は2、3歩室内へ足を踏み入れると、大きな黒い瞳で7人を一瞥する。

 青年への殺気が鎮まらない室内の空気を全身に受け、ヤマシタは少し顔をゆがめた。

 だがホンゴウは柔和な態度を崩さず、淡々と告げる。

「今回、このトレイター・ゲームに参加する8人目の死刑囚プレイヤー――――『我門優魔』様です」

 直後、7人の顔色が変わった。 

 ある者は目を見開き、ある者は興味津々といった様子で彼を凝視し、またある者は更に殺気だった。

 彼らもまた、我門優魔の名は勿論知っている。

 むしろ彼らだからこそ(・・・・・)、彼の名を知っているといっても良い。

 そして、このゲームに彼が参加するという事が何を意味するのかも、彼らはよく分かっていた。

 我門は無表情を変えず、悪魔のように痩せ細った右手で、首の裏をガリガリと掻いた。

 そして、面倒くさそうに表情を歪ませると、ただ一言こう告げた。


「――――よろしく」


 あまりに簡易的な言葉に、7人が一斉に表情を歪める。

 だが我門は歯牙にもかけず、退屈そうに欠伸をした。

 そんな8人を尻目に、ホンゴウとヤマシタは中央テーブルの前に立った。

「では、皆様。大変長らくお待たせ致しました。

 これより、この場の8人による究極の死亡遊戯デス・ゲーム――――『Traitor・Game』と開催いたします」

 8人の視線が、一斉にホンゴウに向けられた。

「それでは、これよりゲームの大まかな概要とルールを説明いたします。

 まずこの『トレイター・ゲーム』、皆様もご存知かと思いますが、今から18年前。西暦2063年に施行された新たな処刑法です。ルールは一言で言ってしまえば――――『死刑囚に紛れた裏切りを探し出し、殺す事』」

 一旦言葉を区切り、ホンゴウは更に続ける。

「皆様方8名は、重罪を犯し死罪判決を受けた「死刑囚」。

 ただし、この中の一人、皆様を死刑に処する為に我々が用意したTraitorトレイター……俗に『執行人』と呼ばれる者が潜んでいます。「執行人」は「死刑囚」を一日に一人ずつ殺害していきます。なお、殺害のタイミング、殺害順は「執行人」に一任してあります」

 我門はホンゴウから視線を外す事なく、部屋の隅にあるソファに座り、足と腕を組む。

 ホンゴウはそれを視界に捉えつつも、意に介さずに続けた。

「『勝敗条件』は簡単。「執行人」を見つけ出し、殺害する事が出来れば皆様、つまり「死刑囚」の勝利となります。

 反対に、皆様方「死刑囚」を全員殺害されてしまわれれば裏切り者、つまり「執行人」の勝利です。

 皆様「死刑囚」が勝利した時、皆様に与えられる報酬は――――『自由』」

 刹那、部屋の雰囲気が変わった。

 誰もが、獲物を狙う様な目つきでホンゴウを見つめている。

「皆様が「執行人」を殺害し、勝利した暁には、3年間国家の監視の下で生活して頂いた後、晴れて「釈放」となります。 

 此処までで、何か質問はありますか?」

 ホンゴウの問いに、会場内はシン、と静まり返った。

 その時、沈黙を破るかのような声が会場に響き渡った。

「……ひとつ、聞きたい事がある」

 視線が、一斉に一人の男の元へと集められた。

 それは黒髪をオールバックにした、顎鬚を蓄えた中年男性だった。

 ホンゴウは柔和な笑みを絶やさず、中年男性を見据える。

「はい。何でしょう、中森ナカモリ様?」

「その「執行人」ってのは、俺たちと同じ「死刑囚」なのか?」

 中森の問いに、ホンゴウは首を横に振って否定の意を示した。

「いいえ。「執行人」は「死刑囚」とは違い、重罪を犯してはおりません」

「だったら何故、そいつはこんな危険なゲームに参加する? 

 下手すれば死ぬと言うのに」

 中森の問いに、ホンゴウは尚一層笑みを深めた。


「『金』――――ですよ」


 空気が止まった。

 我門は目を細め、ホンゴウを睨む様に見据える。

 だが、ホンゴウは笑みを絶やさない。

「皆様には、一人ずつ『一億円』が掛かっています。

 つまり執行人は、執行人本人を除いた「死刑囚」全員を殺害する事で、総額《七億円》の報酬を得るのです。」

 また逆もしかり、とホンゴウは間髪いれずに続けた。

「皆様「死刑囚」が勝利すれば、一人「一億円×生き残った人数分」の報酬を得るのです。

 例えば皆様が3名生き残ったとしたら、皆様は一人につき「3億円」の報酬を得る、という事になりあます。

 また、「執行人」を殺害した方には特別ボーナスとして、その2倍、つまり「6億円」の報酬をえる事が出来る、という事になります」

 静まり返る空気の中、我門は一人「なるほどなぁ……」と呟く。

 だが、その言葉がみなの耳に届く事はなかった。

「では、大まかなルール説明は以上です。

 これより細かなルールを幾つかご説明させて頂きますが、その前に」

 ホンゴウはヤマシタに視線を向け、目で合図を送る。

 するとヤマシタは8人一人一人の首に、黒く塗られたチョーカーを付けていった。

 最初に、テーブルに集まっている7人。そして最後に、ソファに座る我門へとそれを付けた。

 同時に、四つ折にされた一枚の紙が、それぞれに手渡されていく。

「今お配りした紙には、皆様の自室の番号が書かれています。詳しくは後ほどご説明いたします。

 そのチョーカーは、ゲーム終了まで外す事は出来ませんので、ご了承下さい」

「おいおい、これじゃまるで犬みたいだな」

 寝癖の付いた男が、冗談交じりに答えて見せた。

 するとホンゴウは笑みを深め、淡々と告げた。

「そう受け取って頂いても構いませんよ。

 それは「起爆装置付きチョーカー」となっておりますので」

 8人の視線が、再びホンゴウへと集められた。

「皆様が誤って「執行人」では無い人物を殺害した場合や、この廃ホテルからの脱出を図った場合は、ルール違反とみなし、起爆装置を作動し、その場で処刑させて頂きます。

 また、「死刑囚」が「執行人」に狙われた際、「執行人」を返り討ちに殺害した場合でも、当然「死刑囚」の勝利となります。逆に「執行人」が「死刑囚」に正体を見破られたとしても、その後「死刑囚」を全員殺害する事が出来れば、「執行人」の勝利となります。

 更に、「死刑囚」の犠牲が確認された時、こちらから皆様へ、殺害された「死刑囚」の死亡推定時刻が発表されます。

 そして、先ほどお配りさせて頂いた紙に書かれている皆様の自室には、それぞれ『凶器アイテム』が配られております。「死刑囚」が「執行人」を殺害する場合、「執行人」が「死刑囚」を殺害する場合はそれをお使い下さい。

 それと、毎日22時になりますと「消灯」となり、全館全ての電気が、翌日6時までシャットダウン状態になります。その間の部屋の行き来は自由ですが、必ず22時ちょうどには、一度自室に戻る様にして下さい。もし戻られていない場合は、ルール違反となり起爆装置を作動いたします。

 また皆様の自室のクローゼットには、それぞれ服をご用意させて頂きます。一日一日、かならず着替えるようにして下さい。

 ――――――以上で、説明を終わらせて頂きます」

 言うと、ホンゴウとヤマシタは出口へ向けて歩き出す。

 そしてギィ……と音を立て、扉を開いた。

 出て行く直前、ホンゴウとヤマシタは再び8人に向き直る。


「では――――これよりゲーム開始となります。皆様のご健闘、心よりお祈りいたします」


 二人は会釈をすると、部屋の外へと踏み出し、バタン! と音を立てて扉を閉める。

 7人が成す術も無く沈黙に身を任せる中、我門は一人ポケットに手を突っ込んで立ち上がり、窓付近へと歩み寄り、窓の外をただじっとのぞいていた。


 

 7人の「死刑囚」と、1人の「執行人」とのサバイバル・ゲーム《Traitor・Game》が今、幕を開けたのだった―――――。

 

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