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第一話 -Participation-

ここから、本編スタートとなります。重く痛々しい内容になっておりますので、ご注意下さい。皆様からのご感想も、心よりお待ちしております。

 西暦2073年。この年、日本の歴史を揺るがす大事件が起きた。

 当時日本を治めていた総理大臣が、何者かに暗殺されたのだ。

 死因は毒物が混入された紅茶を飲んだ事による毒死。

 国家はすぐさま総力を上げて事件解決に乗り出したが、一向に犯人を捕らえる事は出来なかった。

 首相官邸内の人物から総理と日頃敵対していた議員や、更には警察、総理親族……考えられるすべてのルートを血眼になって探したが、それと思しき人物は特定できていない。

 いくら手を尽くしても犯人を捕らえられないこの事件は、迷宮入りになるかと思われた。

 だが5年後、事件は思わぬ進展を見せる事になる。

 事件の犯人が、自ら警察に出頭して来たのだ。

 警察は当初、その人物が本当に犯人であるか疑っていた。

 

 何故ならその人物は、事件当時まだ16歳の少年だったのだから。


 こんな少年に、世界最高峰の警備体制を突破出来る筈がない。

 有名人になりたいガキの戯言だ。

 誰もがそう思っていた。

 だが、彼らのそんな考えは、すぐに打ち砕かれる事となる。

 少年が口にした犯行手口が、あまりに簡単で、そして警備の盲点を突いた見事なものだったからだ。

 このニュースは瞬く間に世界中に広まっていき、60億人近くの人間を震え上がらせる事となった。

 少年は自首であったにも関わらず、日本政府は国家の権力誇示のために「死刑判決」を受けた。

 人々はこの恐ろしい事件を、犯人である少年の名を取ってこう呼ぶ。

 

 『我門事件』と―――――――――


     ■ □ ■ □


 トゥルルル――――……


 けたたましく鳴り響く電話の音が小部屋の中で跳ね回る。

 その音に反応するのは、時代遅れな黒電話が置かれた机から少し離れた所にあるソファに寝転がっている1人の男性。

 灰色に近い銀髪と紅色の瞳を持ち、古びたリクルートスーツを着ている。上着を着用せず、カッターシャツをだらしなく着こなしているのは、本人曰く「面倒くさいから」らしい。

 眠そうに垂れた眼とほんわかとした雰囲気を持つ事から、柔和な印象を受ける男だった。年は、三十路に入るか入らないか程度だろうか。

 男はゆっくりと立ち上がり、未だ耳を劈くほどに鳴き叫ぶ電話の元まで歩み寄ると、悪魔の様な白く細長い指を受話器に掛けた。

 男の名は「ホンゴウ」。ある委員会(・・・・・)の最高責任者を務めている男である。

「……もしもし?」

 少年とも少女とも取れる様な、どちらにせよ年不相応な声色で電話の相手に応じるホンゴウ。

 しばらく眠そうにぱちくりさせ首元を掻いていたホンゴウだったが、しばらく経つとその顔つきを少し

ひきしめた。

「あぁ……アンタでしたか」

 どうやら電話の相手は、彼のよく知った人物の様だ。

「えぇ……はい……」

 右手をポケットに突っ込みながら、適当に相槌を打っていくホンゴウ。こうして見るとかなり不真面目な対応だが、これは彼なりに真剣に聞いている状態の様だ。

「……え?」

 突然、ホンゴウは相槌を打つことをやめた。

「それ、本気でいってます?」

 代わりに不機嫌そうな声で返答し、表情も明らかに歪んでいる。

「……そうですか、分かりました。では」

 再び表情と声色を戻し、ホンゴウはそのまま受話器を戻した。

 静寂が小部屋の空気を支配する中、ホンゴウはふぅ、と溜息を漏らす。

 その時、ガチャリと音を立てて部屋の唯一の扉が開かれた。

「委員長、戻りました」

 抑揚のない声で淡々と告げるのは、20代前半程の、ホンゴウと同じくリクルート姿の女性だった。

 ワイルドに切り揃えられたショートヘアと同色の黒い瞳が、ボーッと立ち尽くしているホンゴウの姿を捉えている。

 ホンゴウは彼女の姿を見るなり、やんわりと微笑んで見せた。

「おぅ。お疲れさん、ヤマシタ」

 ヤマシタと呼ばれた女は、いいえ、と素っ気無く答え、先ほどホンゴウが眠っていたソファの向かいにあるもう一つのソファに座った。

「それで、どうだったんだ?」

 机の上に後ろ手に付いた両手に体重を預けながら、ホンゴウは問う。

「はい。アナタの読み通り、あの方(・・・)は了承して下さいましたよ」

「そうか……」

 ホッとした様に天井を見つめるホンゴウを、ヤマシタは無感情な瞳で見つめる。

「これで、役者は揃いましたね。次のゲーム(・・・・・)のための」

「いいや。まだだ」

 予想外の反論に、ヤマシタは一瞬目を細めた。

「何故ですか? あの方の了承も得て、これでいつでも始められる状態(・・・・・・・)ですよ?」

「いや、実はな。今、上の連中から連絡が入ってな」

 上、という単語にヤマシタは「まさか」とでも言いたげな表情を浮かべた。

「……追加ですか?」

「あぁ、追加だ」

 もうウンザリだ、といった調子でヤマシタは頭を抱える。

 その様子を見てホンゴウは苦笑を浮かべると、手を机から離した。

「この土壇場で追加だなんて……あの人たちの気まぐれには困ったものですね。

 また手続きが面倒だと言うのに……それで?」

 溜息交じりに、ヤマシタはホンゴウに問う。

「その追加者というのは、誰なんです?」

その言葉は呆れと傍観の色が大半を閉めていたが、かすかな願望の色も見受けられた。

 まるで、自分をこの繰り返される平凡であり非凡な毎日から解放して欲しいと望んでいるかの様な。

 そんな彼女の想いを知ってか知らずか、ホンゴウは柔和に微笑んで見せた。

 そして、一拍。

 目を丸くしてこちらを見つめるヤマシタに、ホンゴウは告げた。

 おそらく、彼女の願望を叶えてくれるであろう人物を。


「『世界中を震え上がらせた《我門事件》の犯人』―――――と言ったら?」


 ヤマシタの目が、大きく見開かれた。

 日本に――――いや、世界に住まう人間ならば知らぬ者はいないであろう人物だ。

「でも、まさか……何故〝彼〟が?」

「それは俺も分からん。上の連中の気まぐれか、それとも……」

 ホンゴウは一瞬目を細めたが、またすぐにいつもの柔和な笑みに戻す。

「まぁ、考えてても始まらんさ……行くぞ」

 ヤマシタに背を向け、ホンゴウは扉に向かい歩んでいく。

 おそらく彼はこれから、「彼」の元へと赴くのだろう。

「どうした、行かないのか?」

 ホンゴウの一言に、ヤマシタは我に返った様子で顔を上げた。

 先ほどまで背を向けていたホンゴウも、今はヤマシタの目をじっと見つめている。

 しばしホンゴウと見つめあった後、ヤマシタはゆっくりとソファから立ち上がった。

「…………私も、行きます」

 ホンゴウはいつもと変わらぬ笑みを向けると、再び体を扉へと向けた。

「よし、じゃあ行くぞ」

 ガチャ、と音を立てて扉が開かれ、廊下より誘われた日の光が、二人の身体を照らした。


     ■ □ ■ □


 都内某所にある拘置所。

 厳重な警備体制で知られるこの地の更に奥、限られた者にしか侵入が許されていない完全なる隔離を受けた場所に、〝彼〟はる。

 ホンゴウ、ヤマシタの二人は拘置所の門番を勤める警官二人に挨拶を交わすと、拘置所内へ入っていく。

 内部は分厚い壁に囲まれ、狭い正方形の廊下の一本道が、足を踏み入れる者を闇へと誘わんと、不気味な存在感を醸し出している。

 途中、指紋認証ゲートが幾つも設置されており、さほど広くない建物でありながら、最深部に辿り着くのに、かなりの時間を要した。

 だが、この地に初めて踏み込んだヤマシタも、その所要時間に何の疑問を持つ事も無かった。

 何せこの奥にいるのは、『日本犯罪史上最悪の殺人犯』なのだから。

 二人が一本道を歩き出して30分ほど経った頃、突如として闇の中に、一筋の光が差した。

「……そろそろ、着くぞ」

 ホンゴウの急な言葉掛けに、ヤマシタは気を引き締める。

 徐々光は刺激を増していき、思わず目を細めた時、


「――――誰だ?」


 低く、呟く様な小さい声でありながら、暗闇の中に響き渡ったその声は二人の耳にペタリと張り付いた。

 光の中でヤマシタが目を凝らすと、開閉不能な小さな小窓が一つだけ付いた牢獄が前に現れた。

 こちらと向こう側は鉄の策で拒絶されており、まさに『牢獄』という言葉にピッタリの姿をしている。

 そしてその中心にポツンと配置された椅子には、二人が追い求めた青年が座っていた。

 黒くボサボサの髪が朝日に照らされ、前髪の隙間から黒目がちの大きな瞳がこちらを見つめている。

 逮捕当時にはまだ新品だった彼の通っていた高校の制服は既にヨレヨレであり、学ランは壁際に乱雑に放り出されていた。

 カッターシャツと制服のズボンをだらしなく着込んだ格好は、何となくホンゴウを髣髴ほうふつとさせるが、彼の纏っている雰囲気はホンゴウのそれとはまったく違うと、ヤマシタは一人思う。

 ホンゴウが柔和で太陽の様な印象を受けるのに対し、彼はその姿を見た者全てを飲み込んでしまいそうな、ブラックホールの様な印象を受ける。

 だが犯罪者特有の殺伐とした雰囲気は無い。それどころか、この男は何処か影が差している様にも見えた。

 何か、人には言えない様な邪悪な者を背負い込んでいる様な、そんな影が見え隠れしている。

 青年の姿を見るなり、ホンゴウは微笑みを浮かべて右手をかざした。

「よぅ、久しぶりだな。我門ガモン

 ホンゴウの声を聞くと、「我門」と呼ばれた青年は明らかに退屈そうにため息を吐く。

「何だ……お前か、ホンゴウ」

「おいおい、ご挨拶だねぇ」

 久々に来てやったのに、とホンゴウは苦笑する。

 実は我門が警察へ出頭した後、彼の取調べを担当したのは、当時刑事だったホンゴウだったのだ。

 それ以来、ホンゴウは我門に興味を抱き、度々彼と話をしに此処へ来ている。

「どうだ? 調子は。元気でやってるか?」

「こんな所に幽閉されて、元気でやれると思うのか」

 素っ気無く答えると、我門は目を細め、睨む様にホンゴウを見る。

「それで……何の様だ? 

 まさか、そんな世間話しに来たわけじゃ――――無いんだろ?」

 声色は変わっていないにも関わらず、その声に先ほどとは違う殺気じみた何かを感じ、ヤマシタは思わず身体を震わせた。そしてそのまま、ホンゴウの後ろへと隠れてしまう。

「まさか―――死刑執行日でも決まったのか?」

 自嘲気味に笑いながら、我門は吐き出す。

 その笑みをしばし真顔で見つめた後、ホンゴウはゆっくりと口を開いた。


「あぁ……まぁ、そんな所だ」


 淡々とした調子で言うホンゴウに、ヤマシタは思わずギョッとした。

 確かに間違いではない(・・・・・・・)のだが、ここまでさらりと言ってのけるとは、少し驚きだ。

 だが、我門は驚くどころか、甲高い声で笑って見せる。

「そうか、終に俺の死刑執行が決まったのか。 

 それで――――何時いつだ? 俺の死亡日時タイム・リミットは?」


「3日後」


 思わぬ日程に、今まで全く物怖じしていなかった我門の目が見開かれた。

 対するホンゴウは、いつもと変わらぬ柔和な笑みに戻り、彼を見据えている。

 死刑執行の3日前に、死刑囚へ日程報告があった。これが一体何を意味するのか、我門にもよく分かっていた。

「まさか……俺にあのゲーム(・・・・・)に参加しろってのか?」

「そーいう事」

 おどけた調子で、ホンゴウは言ってのける。

 直後、我門は再び、今度は堪える様に笑って見せた。

「なるほど、そうか……俺が、ねぇ」

 勝手に納得するように呟いた後、再びホンゴウに視線を向けた。

 しばし、ホンゴウと我門は見つめあう。

 だが互いの間にある空気は、確かに会話をしている様に、ヤマシタには思えた。

 やがて、我門の唇が徐々に吊り上げられていく。

「まぁ……良いだろう。

 「断る」と言った所で、無駄だろうしな」 

 我門の返事を聞くや否や、再び笑った。

 ようやく緊迫状態の終焉を見て、ヤマシタは安堵の溜息を漏らした。

「じゃあ、此処で正式にアンタの了承を得た、つう事で」

 そう言うと、ホンゴウは懐から一枚の折りたたまれた紙を取り出した。

 その右端を持って一気に開くと、それを我門に突きつけ、その内容を読み上げる。


「死刑囚『我門ガモン 優魔ユウマ』。

 貴殿に、西暦2070年より施行された新所刑法『Traitor(トレイター)Game(ゲーム)』への参加を命ずる。

 実行日時は西暦2081年7月15日。詳細は当日、執行会場にて説明する」


 一通り読み終えると、ホンゴウは再びそれをたたみ、牢獄の中へと放り込んだ。

「それじゃあ、3日後にまた向かえに来るからな……行くぞ、ヤマシタ」

「あ、はい……」

 優魔に背を向けてスタスタと去っていくホンゴウの後を追う様に、ヤマシタは駆け足でその場を後にした。


 二人がいなくなった牢獄に、しばしの沈黙が訪れる。

「トレイター・ゲーム……『裏切り者の遊び』、か」

 足元に放られている紙を見つめながら、優魔は一人、呟いた。




 日本に新しく施行された処刑方法『トレイター・ゲーム』。

 その戦いの果てにあるのは、果たして――――



 

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