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千草の花  作者: 小夜
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6、朝の光

質素な食事の後、時彦から手渡された一枚の布に包まり、洞窟に入ろうとして、春菜ははたと足を止めた。

良く考えれば、今日初めて会ったばかりの人物、それも男と一緒に夜を明かすのだ。

周囲には人もいない。

洞窟は広いとは言え細長いので、自然に春菜が奥で手前が時彦と言う事になった。

半日を一緒に過ごし、時彦の人と為りは少しは分かったつもりではいるが、そうは言っても半日だ。

完全に信用して良いのかは疑問が残る。

一人逡巡する春菜をよそに、時彦は火の後始末をしている。

その姿を見やって、春菜は小さく溜息をついた。

考えたところでどうしようもないと気付いたからだ。

どうせ逃げ場もない。

それだけではない。

逃げたところで追いつかれるだろうし、時彦の下を離れて生きていく術を春菜は知らなかった。

信じるしかないと腹を括り、春菜は洞窟の奥に腰を下ろした。

出来るだけきつく布を体に巻き、壁にもたれかかる。

背を向けるのは、やはり不安だったので、視線は時彦に向けていた。

そんな春菜の様子には気付かない時彦は、焚き火が完全に消えた事を確認すると、春菜と同じように布を一枚持って、洞窟の中に入って来た。

そのまま、春菜と洞窟の入り口のちょうど中間にあたるところに無造作に寝転がる。

春菜には背を向けて、顔は入り口の方向を向いている。

「お休み」

一言だけそう言うと、時彦は完全に寝る体勢に入ってしまった。

安心したような、拍子抜けしたような妙な感覚に捕らわれながら、春菜もまた横になった。

「…馬鹿みたい」

意識しすぎた自分が少し恥ずかしくなり、小さく呟く。

気が抜けた途端に歩き通しだった疲れが襲ってきて、すぐに瞼が重くなってきた。

「お母さん達心配してるかなぁ…」

無意識に呟くと、急にたまらなく寂しくなり、春菜は体を小さく丸めた。

晩ご飯、何だったんだろう、とか今日見たいテレビがあったのに、とか『今』とはかけ離れたことばかりが頭に浮かんできた。

帰れる保障のない事に、たまらなく心細くなったが、それでも睡魔に勝つ事は出来ずに、春菜はすぐに眠り込んでしまった。


-------------


早朝特有の、張り詰めたような澄んだ空気の中で、春菜は目を覚ました。

春菜は朝が弱い事もあり、これ程朝と言うものをすがすがしいと感じたのは、久し振りの事だった。

胸いっぱいに空気をすいたくなるような何かが、ここの空気には満ちていた。

時彦は既に起き出しているらしく、洞窟の中は、春菜一人だった。

少しの間ぼうっとしてから、春菜はのそのそと起き上がると、洞窟の外に出た。

一歩外に出て、春菜は息を呑んだ。

まだ、陽は昇ってはいないようだ。

薄墨を流したような、仄青い不思議な色合いの静かな空気に包まれ、森は静まり返っていた。

動物達も息を潜めてしまったような静けさの中、春菜には、木々の呼吸が聞こえるような気がした。

森中の木々が深呼吸をしている。

枝を震わせ、朝の空気を取り込み、吐き出す。

不意に、高い鳥の囀りが響いた。

たった一声のそれに反応したかのように、今まで静まり返っていた鳥達が一斉に囀りだす。

静まり返っていたのが嘘のようだった。

数分の間、鳥達が囀っていたかと思うと、すぐに太陽が昇り始めた。

薄墨色だった周囲は、すぐに鮮やかな色を見せ始めた。

「…きれい」

思わず呟いて、春菜は、その様子に見入っていた。

気のせいだろうか。

昨日よりも、木々の緑が濃いように思える。

気がつけば、太陽は昇りきり、鳥の囀りは収まっていた。

「何してんだ?そんなとこで突っ立って」

振り返ると、どこから現れたのか、いつの間にか時彦が立っていた。

「綺麗だな、と思って」

その返答に時彦は軽く首を傾げた。

この風景を見慣れている彼は、特別に美しいと思い、目を奪われる事はないのだろうか、そう思いながら春菜は時彦を見た。

それは、とても勿体無い事に思えた。

この風景を、常に見る事が出来ない世界も勿体無いが。

そんな事を考えながら、時彦が朝ごはんの準備をするのを眺めていた。

手伝おうにも、勝手が分からないので、ぼんやりと眺める事しかできない。

初めは手伝おうとしたのだが、時彦に余計に時間がかかると追い払われてしまったのだ。

昨夜と同じように、時彦は火を起こす。

荷物の中から取り出した袋の中身を、春菜が起きる前に汲んできていたらしい水にいれる。

干し飯を水で戻したものに、道すがら摘んでいた山菜を一緒にいれ、粥にしたようなものが朝ごはんだった。

春菜は、初めて口にするものばかりだったが、元来好き嫌いのない性格なのもあり、特に不満も抱かずに食べ終えた。

食べ終えた椀を、簡単に水で流し洗い、その水で火の始末をしている時だった。

突然、この世界にはあまりにも不釣合いな音が響いてきた。

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