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千草の花  作者: 小夜
5/37

5、違い

初めて履いた草鞋が、履き心地が良いと思ったのは最初だけだった。

初めのうちこそ、畳の上にいるような感触は、足に心地よく、靴を履くよりも土の感触が良く伝わり舗装されていない剥き出しの地肌を歩くには、歩きやすくもあった。

しかし、一時間もしないうちに、紐が肌に擦れてずきずきと初めは鈍く控え目に、しばらくたてば鋭い痛みとなって、足を一歩踏み出す毎に春菜に襲い掛かってきた。

とうとう、痛みに耐え切れなくなって、春菜は前を行く時彦に声をかけた。

どうした、と問いかける時彦に、言おうか言うまいか、最後に逡巡してから春菜は口を開いた。

「…足、痛い」

まだ、二時間ほどしか歩いていないのに、泣き言を言うのは、負けず嫌いの春菜には、酷く癪なことだった。

何より、旅の足を引っ張って、面倒な奴だと思われるのが嫌だったのだ。

そんな春菜の気持ちを知ってか知らずか、時彦はすぐに春菜の足元にしゃがみ込んだ。

「あー、血が出てるな…」

呟くと、荷物の中から、一枚の布を取り出すと、草鞋の紐と肌の間、挟むと、少しきつめに縛る。

「これで、多分少しはマシになるだろ。お前、草鞋履いた事なかったんだよな。悪かったな、気付かなくて」

「…ごめん」

小さく言うと、ふっと笑う気配がした。

「何だよ、急にしおらしくなって」

行くぞ、と声をかけて歩き出した時彦の歩調は先ほどよりも大分ゆっくりで、春菜は、胸が熱くなるのを感じた。

初めに思ったほど、本当に悪い奴ではないのかもしれない。


-----------


「参ったな…」

そう呟くと、時彦は急に立ち止まった。

「どうかしたの?」

「いや、ちょっと野宿になりそうで。俺は良いんだけど、あんた大丈夫か?」

「あたしのせい?」

足が痛いと言ってから、歩調が遅くなっていたのに気付いていた春菜は、小さくそう尋ねた。

「まぁな。でも、俺一人なら、わざわざ人里に寄ったりしないからな。別に俺は困らない」

「そう…。あたしは良いよ」

「…ま、野宿は良いんだ。問題は、物の怪だ」

聞きなれない単語に、春菜は首を傾げる。

勿論、意味は分かる。

物の怪。

妖怪のようなものだろう。

しかし、実際問題として真剣に物の怪の心配をする人物になど出会った事がなかった。

「物の怪?……本当に、いるの?」

半信半疑で聞くと、時彦は大真面目に頷いた。

「迷信じゃないの?」

大真面目な時彦に不安を覚えながら、最後の願いを込めて春菜はもう一度尋ねた。

「お前の世界に物の怪はいないのか?」

逆に不思議そうに問われて、春菜は首を傾げた。

「…いない、と思う。いろんな逸話は残ってるけど、信じてる人には会った事ないし、見た事もない。…時彦は、会った事あるの?物の怪に…」

「当たり前だろ。俺、物の怪の退治しながら旅してんだし」

その答えに、春菜は全ての動きを止めた。

さすがにこの答えは予想外だった。

開いた口の塞がらない春菜をよそに、時彦はさっさと歩き出す。

「ちょっと待ってよ。物の怪って良く出るの?」

慌てて後を追いながら、尋ねると時彦はそうでもない、とにべもない答えを返す。

「昔は、もっと出たみたいだけど、最近はあんまり。それでも、退治する職業が必要なほどは出るがな。ま、出たとしても俺がいるんだし、心配ないさ」

そう言われたところで、安心できる訳がなかった。

春菜にとって、物の怪とは妖怪変化の類の事であり、話しで聞くとおりのものであれば、人間が太刀打ちできるとは到底思えなかった。

そんな事を一人心配するうちに、いつの間にか太陽は傾き、辺りは薄暗くなっていた。

森の中にいるために、木々に光を遮断され、余計に周囲は暗い。

その中を時彦は迷いのない足取りで歩いて行く。

春菜には道すらないように思われる森の中を、歩きやすい場所を選んで歩く。

時彦によると、前に一夜を明かした洞窟が近くの崖にあるらしい。

暫くすると、急に目の前にそびえるような崖が現れた。

その崖に沿って歩くうちに、時彦はある一箇所で足を止めた。

「ここだ。中は乾いてるし、なかなか過ごしやすいぞ」

言われて覗き込むと、人一人がやっと通れるくらいの亀裂が崖にあった。

どうやら、細長い横穴のようで、狭くはないらしい。

こちらは、現代よりも寒いようだ。

秋にもなると、夜には涼しいを通り越して寒い。

時彦は、歩きながら拾い集めていた薪を、一箇所に、無造作に積み上げると、手際良く火をおこす。

ちかちかと、火花のようなものが飛び、すぐに枯葉に燃え移った。

その火を消さないように大きくし、細い小枝から順にくべていく。

いつの間に取り出したのか、時彦が手にしている火打石に、春菜は妙な感動を覚えた。

器用なもので、時彦はそれらの動作を、あっと言う間に終わらせてしまった。

「ねえ、それ火打石?」

春菜の問いに、時彦は頷く。

「もしかして、見た事ないのか?」

春菜に石を手渡しながら、不思議そうに尋ねる。

「お前ら、一体どうやって火をおこしてたんだ?」

改めて問われて、春菜は返答に窮した。

マッチや、ライターと言った道具はあるが、実際にどう説明したら良いのだろう。

「…強く擦ると、火が起きるのをうまく使ったり、火打石みたいなのを、燃える液体につけるのとか…とにかく、もっと小さくてすぐ点くような道具があったの。火打石って、大変じゃない?」

上手く言えずに言葉を濁す春菜に、時彦は関心したように声をあげた。

「燃える液体…?どんな水だそれは…だが、まあ、楽そうだな。ま、これはこれで、慣れれば暗闇でもすぐ火はつくからな。そこまで面倒なものでもないさ」

春菜は、見よう見まねで、枯葉に火をつけようと試みるが、見るのと実際にするのはやはり違う。

時彦の時には、あれ程すぐについた火がいつまでたってもつかない。

幾度か試してから、春菜は諦めて石を時彦に返した。

へたくそだな、と笑う時彦に顔を顰めてから、春菜は時彦が荷物をほどくのを眺めていた。

「腹減ったろ?晩飯だ。さっきの村で、ちょっと飯もらってきたから、今晩はちゃんとした飯だ。作る手間も省けるしな」

言って取り出したのは、それこそ昔話しに出て来たような、笹の葉に包まれたおにぎりだった。

素朴な暖かさを感じながら、不ぞろいなおにぎりを一つ、春菜は手にとった。

米も違うのか、普段食べる米とは、味も見た目も違う。

玄米とも違うように感じる。

焚き方の違いだろうか、と春菜は首を傾げながらも、歩き通しで空腹だったお腹には、普段のご飯よりもおいしく感じられる事に驚いていた。

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