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千草の花  作者: 小夜
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4、時代の住人

時彦は、言葉どおりに、本当にすぐに帰ってきた。

やけに大きな荷物を背中に背負って、手には、ふろしきのような物を一抱え持っている。

その姿にほっとするのを感じながら、春菜は時彦が歩いてこちらに向かってくるのを見ていた。

「ほら」

言って時彦が無造作に差し出した風呂敷包みを受け取る。

開けてみると、中には女物の衣装一式が入っていた。

春菜の記憶にある、着物よりは、浴衣に近いような、簡略化された普段着用の着物といった赴きのものと、現代風に言えば、フレアスカートのようなものだった。

使われている色味は多くなく、くすんだ茶や黄、白などの色味をとり合わせたものだ。

ふと時彦の着る物に目を移すと、時彦も黒と白のみの質素な色合いの服装だ。

「早くそこらへんでこれに着替えてこい」

「え!一人で?」

春菜の言葉に、時彦は呆れたように春菜を見た。

「俺に手伝えってか?」

それに、春菜は顔を赤くして勢いよく首を横に振る。

「でもあたし、着物の着方なんか知らない…」

着物ならまだしも、さらに用途不明のスカートまでついている。

いや用途不明ではない。

確かに国語か歴史の教科書の挿絵で見たことはある。

中国風の着物だ。

だが、着方が分からないことには変わりない。

今度は、時彦は困ったように、頭を掻いた。

「着物なんて滅多に着ないし…」

春菜は、今着ている制服のブレザーを見下ろしながら、言った。

見慣れたブレザーだ。

一番最初に、このグレーのブレザーに袖を通し、ブルーのリボンをつけて、登校した時には、胸が高まったものだった。

周囲の中学校の中では一番可愛い制服だと、春菜の中学校での受けは良かった。

春菜も、青いリボンと、同じく青のチェックのスカートは気に入っていた。

しかしそれも、三年も着続けていれば、何も感じないどころか、日々目にするこの制服も野暮ったいものに思えてきていた。

そんな事を思いながら、浴衣だって一人で着れないのに、と風呂敷を見る。

「参ったな…」

ぶつぶつ呟きながら、時彦は、春菜に一枚づつ一通りの着方を説明していく。

男物と同じく、上衣は(ほう)と言う名らしい。

春菜の知る着物と同じように身につけ、その下に時彦曰く()というスカートのようなものをまく。

女物の着物の着方は、あまり詳しく知らないが、と言いながら、それでも春菜にとってはありがたい知識だった。

時彦から教えられた事を、一つづつ確認しながら、春菜は一枚づつ着物を着ていく。

紐の締め具合が、春菜には良く分からなず、苦労したが、それ以上に帯代わりらしい長紐を一人で巻く事に、苦戦し、とうとう諦めて春菜は長紐を手に持ったまま時彦の所へと戻った。

「春菜、お前な…」

長紐を片手に現れた春菜に、時彦は言葉を失ったようだったが、それでも渋々ながら長紐を巻く事を手伝ってくれた。

「よし、少しは見れるようになったな」

大真面目に言う時彦に、春菜は顔を顰めた。

「それと、ほらその変な履物も、脱いで、これ履け」

手渡されたものに、再び春菜は固まった。

草履なら、履くだけですむが、草鞋の履き方など、知らなかった。

それどころか、草鞋を目にするのも、手にするのも始めてだったのだ。

「……どうやって履くの?」

時彦に、紐の回し方、結び方を聞きながら、どうにか履き終える。

格好だけは、この時代の住人になったようで、春菜は、ようやく少しは周囲の景色に溶け込めたような気がした。

着物にしろ、時彦の持ち物にしろ、色合いが周囲の自然と馴染むのだ。

春菜の制服は、どこか自然の風景とはちぐはぐなようで違和感があったのだと、脱いでから春菜は実感した。

その制服や靴を、鞄の中にしまい込む。

教科書や、参考書の少ない日で良かったと思いながら、鞄のチャックを閉める。

行くぞ、と言う時彦の声に急かされるように立ち上がると、春菜は時彦について歩き出した。

どこに行くとか、時彦が何をしている人だとか、春菜はそう言った事を全く知らなかったが、そんな事は小さい事に思えるほど、急激な変化をともなった数時間に春菜は混乱していて、とにかく時彦について行くことしか、考えていなかった。

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