35、大切なモノ
何度目かの溜息に小さくなって、春菜は有間の表情をうかがった。
「まずかった、かな?」
そっと尋ねると、普段の柔らかい表情からは一転して呆れたような視線を向けられた。
「それは、そうに決まっている」
「そうだよね…自分でも、なんであんなに正直に言ったのか不思議で…」
「馬鹿正直にも程がある。もう少し言い様がなかったのか?」
有間は珍しく怒っているのか、しきりに溜息をついている。
「叔母上も、人が悪いが…春菜も春菜だ」
帰る道すがら、大王と話した内容を掻い摘んで説明して以来、有間はずっとこの調子で、今更ながら春菜も大それたことを言ってしまった、という実感を得ていた。
「叔母上が春菜を試そうとしたからと言って、何も真正面から受けて立たずとも、もう少し上手くかわす方法もあっただろううに…」
「そう言うまどろっこしいやりとりには慣れてなくて…。それに、最初にしっかりと振舞わないと、後で困ったことになるような気がして」
「それもそうだが…」
まだ納得いかないのか、有間は厳しい表情を崩さなかったが、やがて諦めたように一つ頭を振った。
「まあ、この時代の常識に囚われることがないのは、春菜の長所でもあるしね。もう終わったことを言っても仕方がない。遅くなってしまったし、今日は休もう」
そう言って、お休み、と言う言葉を残して、有間は屋敷の奥へと消えて行った。
春菜は出迎えに出てくれた八菜女の後について、彼女用に、と宛がわれた離れへと向かった。
「謁見はいかがでしたか?」
足元を明かりで照らしながら、八菜女は柔らかな声音で尋ねてきた。
「うーん、ちょっと言いすぎちゃったかもしれない…」
口元を袖口で隠しながら、八菜女は上品に笑い声を漏らした。
「何やら、有間皇子がお困りのようでしたね。でも、大王は春菜様を気に入ったとおっしゃっていたのではないのですか?」
「仰ってはいたけど、ちょっとね…」
言葉を濁す春菜をそれ以上追及せずに、八菜女は小首を傾げた。
「そうですか?大王はどのような方でしたか?」
話題を変えてくれたことにほっとして、春菜は大王の姿を思い浮かべた。
「綺麗な方だった」
「有間皇子の叔母君ですものね。さぞお美しいことでしょうね」
言って、八菜女はうっとりとしたような表情を浮かべた。
「でも、有間とはあんまり似てなかったかも…。雰囲気が全然違ったから。堂々としていて、厳しさも兼ね備えているような風貌だった」
「国を統べるお方ですものね。きっと、玉依姫にも似ていらっしゃるのでしょうね。叶わないとは思いますが、一目で良いのでお目にかかりたいものですね」
「お会いしたいものなの?やっぱり」
そう尋ねると、大きく頷く八菜女にそんなものなのか、と思い先ほどまで一緒にいた大王の姿を思い浮かべた。
「玉依姫の子孫ですもの。もちろん有間皇子もそうなのですが、そのような神聖な血筋に連なる方がどのような方か、気になるものではありませんか?」
熱心にそう語る八菜女の顔は、純粋な憧れと、畏怖の念に染められていた。
大王との謁見の翌日、昼過ぎのことだった。
「姫様っ!」
久しぶりに耳にする高い声とともに、背中に軽い衝撃が走った。
「姫様っ!」
今度は、突然目の前に上から少女が降ってきた。
と、思うと飛びつくようにして春菜に抱き付いてきた。
「かなた、こなた、どこに行っていたの?」
数日ぶりに現れた二人の少女に驚いて声をかけると、二人は春菜から少し離れてから春菜に見覚えのある荷物を差し出した。
「これ…どうしたの?」
「取りに行ってたのー」
「二人で行ってきたのー」
差し出された細い二つの小太刀を受け取って、春菜は目を丸くした。
確かにそれは、時彦の家に置いてきたはずの小太刀だった。
「姫様の、大事なモノだから」
すっと真剣な表情をして言う二人に春菜は、言葉を失った。
「だから、取りに行ったの」
それで、ここ数日二人の姿が見当たらなかったのか、と納得する。
普段から、すぐ傍にいるかと思えば、しばらく姿が見えずにふらふらとしていることも多い二人だったが、どうしてか二人には春菜の居場所が分かるらしく、必ず戻って来るため、姿が見えないことをあまり心配してはいなかったのだが、まさか退魔師の村まで行っていたとは思わずに、まじまじと手にした小太刀を見つめた。
「それとねー」
「これにも姫様の気配がついてたから、持ってきたのー」
もう一つ、差し出された荷物に気付いて、春菜はさらに驚いた。
「これ、私の持ち物だって、分かったの?」
「うん」
「姫様の気配はすぐに分かるよー」
通学バックを差し出されて、春菜はさらに目を丸くしながらそれを受け取った。
「それ、姫様のでしょー?」
相変わらず交互に喋りながら二人の言葉は重なることはない。
「そうだよ。どうもありがとう」
鞄の中身を確認して、微笑みながら礼を述べると、二人はくるくると春菜の周囲を飛び回った。
鞄を脇に置いて、春菜は改めて小太刀に向き直った。
「ねえ、これ私のって言ってたよね?」
そっと、小太刀を鞘から抜きながら尋ねると、かなたとこなたは興味深そうにそれをじっと覗き込んできた。
「そうだよー」
「姫様のだよー」
二人は何が可笑しいのか、けらけらと笑いながら、言葉を紡ぐ。
「これにも私の気配?がついていたの?」
「うん。それに、その子たちは姫様が創ったモノだから」
「私がつくった?」
つまり、生まれ変わる前、前世の私が造ったと言いたいのだろうか言う、と首を傾げた。
「ずっと前にね、姫様が創られたの」
「だからね、その子達の主は姫様しかいないの」
相変わらず二人の説明は要領を得ないが、春菜もこのやり取りに付き合うのに慣れてきていた。
「どうやって造ったの?」
「炎から」
「水から」
春菜が首を傾げたのを見て、分かっていないと思ったのか、二人はにこりと笑う。
「この子はね」
言って、こなたは黒地に銀の装飾と、空色と乳白色の玉が綴られた刀に手を添えた。
「水から創られたの」
「この子はね」
今度はかなたが、黒地に金の装飾と、桃色と乳白色の玉が綴られた刀に手を添える。
「炎から創られたの」
二人は顔を見合わせると、くすりと笑いあう。
それが、年齢に似合わず妖艶で春菜は思わず目を奪われた。
「だからね、この子たちは双子なの。二つで一対の小太刀」
「本質は、相反するモノだけど、だからこそ、背中合わせの一対」
「それを、私が作ったの?」
そう確認すると、二人はそろって頷いた。
「姫様が、ご自分のために創られた護り刀」
「一番最初にお創りになられたの。鏡と、勾玉と、刀を一緒に」
ね、と二人で顔を見合わせると、二人は言葉を続ける。
「とっても、大事なモノなの」
「この世に二つとない宝物」
だから持っていてね、と言われて春菜は気圧されるようにして頷いた。
「春菜様」
突然背後から掛けられた声に、驚いて首を竦めるようにしてから、春菜は慌てて振り向いた。
「有間皇子がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいでしょうか」
几帳の裏から響いて来たのは、八菜女の声で春菜は慌ててどうぞ、と声を掛けた。
その言葉が終るか終らないかで、すぐに有間が部屋の中へと入ってきた。
「皇子ー」
「皇子だー」
春菜の首に抱きつくようにしていた二人が、揃って声を上げるが、当然ながら有間は気付く素振りもない。
「春菜?どうかしたかい?」
おかしな表情をしていたのか、有間が訝しげにそう尋ねて来て、春菜は慌てて首を横に振った。
それを怪訝そうに見て、有間は春菜の手元に視線を移した。
「春菜、それは?」
今度こそ、はっきりと表情を険しくして、有間が低い声を出した。
「あ、これ?今、こなたとかなたが持って来てくれたの」
なぜ、と重ねて低い声で問われて、春菜は少し戸惑って、首に纏わりつく二人に視線を向けた。
「私の物だから、って。大事な物なんだって」
まだ、詳しい事を聞き出せずにいたため、取り敢えず今の時点で分かっていたことを、そのまま伝えた。
それに何を思ったのか、有間はさらに表情を険しくした。
「少し、見せてもらっても良いかい?」
「良いけど…」
ついぞ見せない厳しい表情に、春菜はおずおずと手にしていた刀を有間に差し出した。
そっと壊れ物を受け取るようにして、小太刀を手にすると、有間は真剣な眼差しを刀身に向けた。
「綺麗な、刀だな」
ぽつりと、そう呟くと、有間は春菜に小太刀を返した。
「装飾も素晴らしい。刀身も美しい」
何か誤魔化すような有間の笑顔に、それ以上追及出来ずに、春菜は小太刀を受け取る。
「大事にした方が良い」
それにこくりと頷いて手の中の小太刀に改めて視線を落とした。
本当に美しい小太刀だった。
装飾品だと言われても、納得出来る美しさだ。
思わず見惚れていると、有間から名前を呼ばれて我に返った。
「今日、叔母上に会ってきた。明日には宮中に移るように、とのことだった」
それにはっとして頷く。
「それと、馴染みの童か采女を付けても良い、とのことだったが、八菜女を連れて行くかい?」
「え、良いの?」
思わず声を上げると、有間の後ろに控えていた八菜女がうっすらと微笑んだのが目に入った。
「あ、でも、八菜女は?私に着いてきても良いの?勝手も違うだろうし、嫌だったら本当に遠慮せずに言って欲しいんだけど」
「私は構いませんよ。春菜様のと共に宮中に上がれるのでしたら、この上ない幸せでございます」
にっこりと、晴れ晴れとした笑顔を見せる八菜女に春菜もまた笑顔を返した。
更新、遅くなってしまってすみません。
しかも何にも進展していないという………
本来なら、この章はもっと先のあんなことやこんなことのはずだったのに…。
いざ書くと文字数が増えて増えて。
次回は、有間過去編…にたどり着きたい。
けれど無理かなぁ。
って感じです。
頑張ります。




