32.都
「女の子?」
険しい表情のまま、そう繰り返す有間に気圧されて、春菜はこくりと頷いた。
「神様?みたい、多分」
春菜は言いながら、本当に彼女達は神様なのだろうか、とふざけ合う二人を見る。
今は全く神々しさのかけらもない。
空中に浮いていることを除けば、ごく普通の幼い少女達だ。
良く考えれば、春菜も空に浮いたことはある。
そう考えれば、普通の少女と言えなくもない。
白い肌に瓜二つの顔。
黒い髪を肩の下あたりまで伸ばし、さらさらと指通りの良さそうな髪を揺らして笑う二人はまるで、この世の不幸などまるで知らないかのように愛らしい。
おかっぱ、というには長いが、まっすぐに切りそろえられた髪形は良く彼女たちに似合っている。
そんなことを思いながらじゃれあう二人を目の端にとらえていたが、神という単語に、有間の瞳が幽かに揺れた。
奥に覗いた感情を読み取る前に、有間は春菜から目を逸らした。
「なぜ、そんなに自信なさげに言う?神と名乗ったのではないのかい?」
表情から険しさを消し、そう尋ねた時には、もう有間の表情からはどのような感情も読み取れなかった。
「風神の末席に連なるもの、って言ってたんだけど…なんか、あまりに神様っていう言葉の印象と掛け離れた二人で…」
春菜の戸惑いを余所に、当の二人は有間から興味を失くしたのか、ふわふわと二人して何がおかしいのかニコニコと笑いあっている。
「なぜ、ここに来たのだろう?何か言っていたかい?」
周囲を見渡しながら、言う有間に、春菜はこくりと頷いた。
「うん。なんだか、人違いみたいなんだけど…。主様、って二人は呼んでるんだけど、主様に言われて私のところに来たみたい…。誰か姫様を探してるらしいんだけど、その姫様を助けて、傍にいるよう言われてるみたい。人違い、って言っても信じてくれなくて。一緒に都に行っても良い?」
尋ねると、ふっと有間は笑みを浮かべた。
「良いも何も。私には存在すら認識出来ないのだ。どうしようもない」
それに、と言って有間はふっと周囲に視線を巡らせた。
「神が取る行動に私のような人が口を挟んでどうなるものでもないしね」
最もな意見に、春菜も押し黙った。
二人と二柱の行程は奇妙なものだった。
神と名乗った少女達は、積極的に春菜たちに関わろうという気はないらしく、いつもふわふわと周囲を気まぐれに遊び回っていた。
有間は連れの神がいることなど、すっかり忘れてしまったかのように今まで通りに振る舞い、春菜は視界に入る彼女達に時々意識を奪われる、といった何とも奇妙な関係の旅の供だった。
最初の夕餉の際に、かなたとこなたは何か食べるのだろうかと思い、問いかけると、いらないけど食べられる、との返答が返ってきた。
食べたいかどうか尋ねると、二人は顔を見合わせるようにして、少し考え、それからちょっとだけいる、と言う。
なくても死にはしないが、やはり食べることは好きなのだという。
かなたとこなたは、何やら春菜に良く懐いた。
こんなに好かれる理由も良く分からないながら、だんだんと春菜は二人が可愛らしいように思えてきて、彼女たちが神だということも気にならなくなってきていた。
何しろ、彼女たちの見た目は幼い。
言動までも幼い少女たちのようで、愛らしく見える。
どうしても人とは次元の違う生き物だとは思えなかったのだ。
「ねえ、有間、都はもうそろそろ近い?」
「ああ。もう数日後には着くと思うよ」
夜、夕餉も食べ一息ついた頃にそう尋ねると、有間は神妙な面持ちでそう答えた。
いまだに有間は、春菜を都に連れて行くことについて思う所があるらしく、時折考え込んでいるような表情を見かけた。
「都ー?」
「姫様、都に行くのー?」
珍しくかなたとこなたが、そう問いかけてきて、春菜は、うん、と頷いて見せた。
「なんでー?」
「どうしてー?」
「なんかね、大君様が、会いたいんだって」
不思議そうな表情の二人にそう言うと、二人は揃って顔を見合わせた。
「おおきみ様?」
「うーん。人間の中で一番偉い人」
天皇の定義について、良く分からず春菜は少し考えてからそう答えた。
正確には神様なのかもしれないが、偉い人であることには変わりないだろう。
「ふーん」
「ふーん」
分かったのか、分かっていないのか、不思議そうな表情のまま二人は春菜から離れて行ってしまった。
「彼女たちかい?」
頷いてそれを肯定すると、有間は周囲を見回した。
「もう、どこかに行っちゃったよ。なんだか不思議そうな顔してたけど」
「そうか…」
思い詰めたような表情のまま、有間は黙り込んでしまった。
「どうかしたの?」
そう尋ねても、何でもない、と言うばかりで、有間はそれ以上何も話そうとはしなかった。
最近、有間はこのように考え込んでしまうことが多い。
都も近いと言うし、有間も考えることが多いのだろうか、と無理矢理に自分を納得させて、春菜もそれ以上詮索しようとはしなかった。
有間の言った通り、二日後には、もう都は目の前と言う位置にまで春菜は来ていた。
山に守られるようにして在る都は、酷く懐かしい光景のようで、春菜は無言でその光景を見降ろしていた。
京の姿は、平城京など、春菜の考える碁盤の目のような様子ではなく、寺院や住居のようなものが緩く集まって都の姿を表していた。
春菜の感覚からすると、村と言う印象を受ける。
しかし、これまでに目にしてきた集落と比べると、規模も大きく建物の作りもしっかりとしていることは、遠目ながらしっかりと見て取れた。
「もう、この山を下りたらすぐに都だ。昼過ぎには、宮に着くだろう」
馬を操りながら、有間はそう言うと、並足で進み出した。
「大君にはいつ会うの?」
「早ければ今日の夜にでも。大君もお待ちかねのようだったから、慌ただしくなるかもしれないが、到着したら、お召しがかかるまでは待機になるね。着物も揃えさせないといけないしね」
着物、と言う言葉に以前有間と共にいた時に身に着けていた豪華な衣装を思い出した。
春菜としては、動きやすい今の着物の方が好きなのだが、仮にも一国の主に会うことになるのだから、このような格好のままと言う訳にもいかないだろう。
そこまで考えて、春菜ははたと思い当たって、有間を見上げた。
「有間、どうしよう。私礼儀作法とか、全然分からない…」
数か月を過ごして大分事情は分かるようになったものの、基本的に春菜はこの時代のことに疎い。
大君に会う際の礼儀作法など分かるはずもない。
「大丈夫。ちょっとやそっとの粗相くらいでは、大君も怒りはしないだろう。何しろ力を扱える者だからね。でも、身のこなしとか、最低限の謁見の作法などはちゃんと教えるから、大丈夫。それに謁見の際には私も共に行くからね。心配することはないよ」
ふんわりと柔らかな笑みとともに、そう言われて春菜は小さく頷いた。
「でも、多分大君もそこらへんは配慮して、完全に私的な謁見になるとは思うから、そう気負うことはないよ」
励ますように付け足して、有間は少し考えるように口を噤んだ。
「春菜、一つだけ、言って置く。都は、策略が多い。誰も信じるべきではない、特に甘い言葉を紡ぐ輩は信が置けない。危ないと思ったら、限界だと思ったなら、その時は何も気にすることはない。私に何も言わなくても良い。迷わず逃げろ」
いつもよりも、強い口調で、強い色を浮かべた瞳で有間はそう告げた。
それに、コクリと春菜は頷く。
きっと、有間は頷かなければ納得しなかった。
もし、逃げたなら有間の立場はどうなるのだろうと思ったが、きっと聞いても有間は答えてくれないことも分かっていた。
それに有間は満足そうに、そして少し悲しげに微笑む。
「さあ、では行こうか。魑魅魍魎の住処へ」
有間の館は、宮にほど近い場所にあった。
宮は、遠目に見ても立派だった。
春菜の感覚では、宮と言うよりも寺院と言うような印象が強かったが、実際に天皇が住む場所など見たこともなかったから、そう感じてしまうのも仕方のないことかもしれなかった。
普通の村の家は、茅葺の屋根が多く、一間か二間ほどの小さな作りが多かったから、塀に囲まれた有間の屋敷も宮も、とにかく大きく見えた。
いくつかある建物の間の空間も広くゆとりがある。
渡り廊下のようなもので繋がれていて、いかにも貴族の屋敷と言う佇まいだ。
寝殿造り、と言う単語を思い出した、春菜は改めて周囲を見回した。
それよりは、少し、というか大分質素な造りなように思えたが、そえでも十分にこの時代からすると豪華なのだろう。
「春菜様っ!よくぞご無事で…」
背後から聞こえた、掠れた声に振り返ると、懐かしい顔が泣きそうにゆがんで春菜を見ていた。
「八菜女!」
思わず、春菜は大きな声を上げて小走りに近づいて来た彼女を迎えた。
「ああ、本当にあの後、私はどれほど心配したか…」
涙を浮かべて言う八菜女に申し訳なくなって、春菜は小さく謝った。
「ごめんなさい。連絡を取れれば良かったのだけど…」
「いいえ、ご無事だっただけで、十分です」
にこりと笑って言うと、八菜女は滲んでいた涙を拭う。
「わたくしがまた、春菜様のお世話をするように仰せつかっていますので、よろしくお願いしますね」
優しい声音に思わず春菜も笑みが零れた。
「嬉しい。よろしくね」
有間も、時彦達も優しいが、やはり同年代の女の子が近くにいると言うのは、それだけで嬉しいものだった。
「では、早速お召し替えを」
促されて、春菜は八菜女の後について歩き出した。
今の楽な着物に慣れていたため、綺麗だが、少し窮屈なあの着物をまた着るのかと思うと、少しだけ憂鬱だった。
本当にお久しぶりです。
ダメ作者です。
きっと、前に読んでくださっていた方がいらっしゃるならば、もう内容忘れたよ!馬鹿野郎!ってくらいな放置ぶりでした…。
申し訳ないです。
飛鳥時代って、何気に資料少ないんですよね。
建物とか、衣装とか、いや、衣装はそこそこあります。
ただ、衣装とか当時の宮の様子とか、貴族はどこに住んでいたのか、とか、役人はどこにいたのか、とか、いろいろ。
私の調べ方が下手なのかもしれませんが。
おかげで、後から「うわっ、これこの時代なかった!」とかたまにあります…。
その都度修正したりはしているのですが、どうも調べが足りていないみたいです。
それにしても、もっとぱっぱと早く書けると良いのですが。
ちゃんと簡潔させるように更新がんばります、ごめんなさい。




