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千草の花  作者: 小夜
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26、釣り合い

「一晩考えたんだが」

そう梓彦は、朝餉を片付け終わった頃に切り出した。

結局昨日も術やら何やらで遅くなり、梓彦は泊まっていたのだった。

「春菜、力の扱い方を時彦に習ったらどうだ」

時彦と梓彦が視線で何やら会話したのを見て取って、二人の間でこの話しは既に話し合われていた事柄なのだと伝わって来た。

「物の怪の気にも、力の感覚にも鋭い。それはおそらく力を扱う上では有利なはずだ。退魔師と行動を共にするならば必然的に物の怪にも出会う。ある程度身を守る術を持っていた方が良いだろう」

時彦が重ねてそう告げた。

春菜は何と答えて良いか分からずに、ただ黙って聞いていた。

彼らを信じていない訳ではないが、酷く微妙な立場なのではないかと思ったのだ。

ここで物の怪が出た訳ではないにも関わらず時彦が力を使った時の梓彦の表情や態度、発した言葉、その全てによって、何の制約も受けずに力を扱える事が、どれほど有り得ない事なのかを身に染みて理解したのだ。

更に退魔師と朝廷は対立関係にあると言う。

そこで、大君の一族の特権とすら思える、力を自由に扱える能力、それを時彦達に告げるのは勇気のいる事だった。

春菜が悪い訳ではないが、何か裏切りのようにすら感じられた。

「何も物の怪と戦えと言っている訳ではない。ただもしもの時のためだ」

春菜が何事か考え込んでいるのを、違った風に勘違いしたのか時彦はそう言って笑ってみせた。

「時彦、違うの。物の怪と戦うのが恐いとか、そうじゃなくて…」

どう言ったものか、と一度口を噤んで春菜はわずかに考え込んだ。

結局のところ、この二人にはいつか告げねばならないだろう。

腹を括ってゆっくりと口を開く。

「あのね、有間と一緒にいた時に知ったんだけど、私……その、有間と同じ、みたい…」

「……は?」

意味を図りかねると言った表情で、二人揃って春菜を見返す。

「だから、私も力を扱えるみたい…。有間は、きっと私もどこかで大君の一族の血を引いてるんだろう、って…」

尻すぼみに小さくなりながら、そう告げた。

二人は何の反応も表さずに春菜を見ている。

さすがに居心地が悪くなってきた頃に、ようやく時彦が口を開いた。

「それはつまり、力を扱う事に何の制約もないと言う事か?」

確認するように問われ、春菜はゆっくりと頷いた。

「私もね、知らなかったの。ただ、有間といる時に物の怪に喰われかけて」

口にした途端、ぎょっとしたように目を見開かれ、春菜は続く言葉を見失った。

「喰われかけた?」

「うん、物の怪の中に入っちゃって。取り込まれる前に何とか出れたから大丈夫だったんだけど」

春菜の説明に、さらに唖然として二人は固まった。

「その時に、力を使えるって分かったんだよね」

「常識外れにも程があるぞ」

ようやくそう呟いたのは梓彦だった。

「なら、力は不自由なく扱えるのか?どの程度出来る?」

時彦に聞かれて、春菜は首を傾げた。

「分からない。実際に力を使ったのは数える程だし、私は知識がないから…。出来るなら、いろいろ教えて欲しい」

それに、時彦は分かった、と頷いた。

「春菜、それは絶対に村では漏らすなよ。大変な事になるだろうから。話せば下手をすれば命の保証はないと思え」

梓彦の厳しい言葉に、神妙な面持ちで頷く。

「とにかく、俺は小太刀について何か分かるかを村で当たってくる」

何か考え込んだ表情で梓彦はそう言い、どこか探るような視線で春菜を見た。



翌日から時彦は、春菜に様々な事を話すようになった。

力の使い方に関しては、何を教えても教えた以上の事をやってのける春菜の様子に早々に教えると言う行為を諦めたのか、世界の理や、春菜にとっては迷信のような常識を教え込むようになった。

「力は全て女神のものだ」

村に滞在して一月が経とうかと言う頃だった。

「引いては、玉依姫のものでもある。八百万の神々のものですらない」

「でも、神様から許可を得たら力を使えるようになるんでしょ?」

胸に浮かんだ疑問を口にする。

自分のものでない力を使用する事を許可するのは、酷く奇妙な事に思えた。

「厳密には、神にも人とはまた違った制限がある、と言う事だ。何の制限もないのはこの豊芦原では玉依姫ただお一人だ」

時彦はいつも、春菜が口にする疑問を一つ一つ解説しながら話しを進めて行く。

「神々には、力が顕現するものに対して制限がある。例えば、火の神であれば、力を持って創造出来るのは火のみだ。山の神なら、山に関わる事、水の神なら、水を、と言ったようになる。司る事象に関わる事にしか力を使えない」

春菜が理解しているか確認しながら、時彦はつまり、と言葉を続けた。

「つまり、神は力による創造の幅に、人は力を自らの意志のみで扱う事に制限がある。だからこそ、神もまた退魔師を必要としている」

春菜が首を傾げると、時彦は口の端を持ち上げた。

「神にとっても物の怪は、やっかいな存在だ。全ての根源である力を喰らう存在など、豊芦原にとって脅威でしかない。物の怪にとって力によって存在している豊芦原は全てが食料のようなものだ。神にとっても厭うべき存在だ。火の神であれば、自力で撃退も出来るだろうが、物の怪に戦うには不利な神は、人に力を使う許可を与える事によって物の怪を祓う」

「…ふーん。じゃ、人と神様は、どっちが本当の神様…女神様?に近いんだろうね。神様なのに、神様の神様がいるって変な感じ」

春菜の言葉に時彦は、苦笑する。

「お前はいちいち考え方が変わっているな。どっちが近いもなにも、人は神の許可がなければ力を使えないんだ。ただの無力な生き物だ、考えるまでもない。人の上に神が立ち、その神々を纏め上げるのが、女神であり玉依姫だ」

時彦の言葉は完結で、何の迷いもない。

事実を、真実と疑わない揺ぎ無さがあった。

「常識ってさ、やっぱり常識の外にいないと、それが真実であるかどうかも分らないよね。別に、疑う訳じゃないよ?でも、私は神様がいるのかいないのか、ってところからここの常識に躓くから」

時彦が少しばかり眉をひそめたのに、春菜は慌てて最後にそう付け足した。

「むしろね、私の世界では、神様がいない方が常識に近くて。大真面目に神様がいるって話す人なんていなかった。習慣は残ってても、それは文化であって形だけのものだったしね。何が真実か、なんてきっと第三者が見極めないとわからないものなんだよね。真実って、一つしかない、っていうけど、本当は一つしかないのに見えないものなんだな、って思って。もう私の常識は壊れすぎて、何が真実かなんてさっぱりだよ」

笑って言うと、春菜は不意に片手を上げた。

ふわり、と風が起こり、髪が揺れる。

「こんなのだって、非常識。この世の成り立ちは、科学や物理とか、そんなことが全て。科学で説明できないものは何一つない。そんな世界。それが当たり前で、常識で、真実だと思ってたんだけどなー」

笑って春菜はそう言う。

不思議なほどに抵抗がなかった。

神の存在にも、力の事にも。

それは、春菜自身が、この世界と春菜の世界を意識的にか無意識的には、別の世界であるとどこかで認識してしまっているからなのかもしれなかった。

春菜には、どうしてもこの世界が春菜の知る世界には繋がらなかった。

「私の時代にはさ、神様とか、力とか、物の怪とか、どこに行っちゃったんだろうね?過去と未来で、繋がってるんだよね、こことあそこは」

半ば独り言のようにつぶやく。

時彦に答えを期待していた訳ではなかったが、思いがけずに返答が返ってきた。

「お前が戻れば、確認できるだろう。何が真実なのか。お前はもう、お前の時代の常識外の事を知ったんだからな」

思わず黙って時彦の目を見た。

見上げる形になった春菜の頭に手を置き、乱雑にかき乱して、時彦は苦笑した。

「そんな顔をするな。お前が望む限り、俺が帰してやるさ、絶対に」

そんなに情けない顔をしていたのか、と顔に手をやりながら春菜はそれに頷いた。

何の保障もなかったが、そう言ってくれる時彦の心遣いが嬉しかった。


梓彦は、毎日のように時彦の家に通っていた。

特に何も資料が見当たらないのか、あまりかんばしい進展はないようだったが、時彦と春菜の様子見がてらに、夕方頃に来ては夕飯を共にして行くのが日課となっていた。

案外まめな性分なのかもしれない、とそんなことを思いながら春菜はそれなりに安穏とした日々を送っていた。

「春菜、お前、力の扱い方はどうなんだ?順調か?」

唐突に発せられた梓彦の言葉に答えたのは、時彦だった。

「どうもこうも。玉依姫の血筋とは恐ろしいぞ」

溜め息交じりに言うと、恨めしげな視線が時彦から送られ、春菜は小さく肩を竦めた。

「まあだが、それならば力について知るのもあながち間違いじゃないかもな」

考え込むように言うと、梓彦はゆっくりと言葉を続けた。

「春菜がこちらにきたのも、力と関係があるんだ。力や術について知れば知るほど、帰る方法に近づくかもしれんな」

「そうは言われても、あまりに漠然としすぎてて、よく分かんないけどね」

春菜は苦笑交じりに呟く。

「あまり力を使いすぎると、村の連中に気づかれるからな。そろそろ村番ではなかった連中も帰ってき始めているしな」

「ああ、もうそんな時期だな」

「何かあるの?」

二人して何か納得している様子にそう尋ねる。

「退魔師の儀式のようなものがあるんだ。正確には真似ごとで、大した意味はないんだが、年末に一日、退魔師の一族が一同に会する。そういう日としての意味合いもあって、続けられてる、物の怪払いの儀式のようなものだ。気休め程度で大した意味はないがな」

時彦の説明に、春菜は曖昧に頷いた。

「お正月の里帰りみたいなもの?」

「まあ、間違いではないな。昔、玉依姫が行っていた大祓(おおはらえ)を真似た退魔師の儀式でな。年に二回、玉依姫は大祓を行って、この地を物の怪から守っていたらしい。それを受け継いで、真似ごとながら、退魔師でその儀式を受け継いでいる。宮中でも似たようなことをしているらしいが、そちらもやはり形式的なもので、どちらにしろ物の怪を実際に払うことはできないようだがな」

気のない様子で簡単に説明すると、時彦は夕飯の片づけに取り掛かかる。

「大祓?」

聞きなれない単語に聞き返すと、梓彦が、頷いた。

「ああ。夏と、年の末の晦日つごもりに二回ある。まあ、読んで字の如くだな。物の怪を払うんだよ。物の怪、つまり穢れを払う行事だ。玉依姫が大祓を行っていた時には、大祓にはおもに二つの意味があったらしい。一つは、国家や民草の穢れを祓い、安寧を祈るもの。もう一つは、物の怪から人々を守ること、だ。実際には後者に重点を置き、穢れを払うだのなんだのは、形式的なもので、神としての玉依姫の姿を示すためにしていたとも言うな。物の怪を払うだけならば、人の前に出ずとも出来たようだったからな。まあ、何分古い時代だ、詳しくはわからんが。とにかく、国家の安寧を祈る祝詞などからなる部分は、朝廷の奴らが受け継いでいる。退魔師は、物の怪の部分だな。もちろん、ただ人の退魔師ごときに、玉依姫が行っていたような大祓はできず、本当に気休め程度の効果もあまりないような大祓だがな」

模範解答のような説明を梓彦はすらすらと口にした。

「…梓彦ってさ、以外と頭脳派?」

一見、梓彦の体格や荒々しい風貌からして、いかにも歴戦の猛者、と言った印象を受けるが、その実梓彦は、たいていの事に知識造形が深く、慎重な性格のようだった。

「頭まで筋肉でできてるような体だけど、以外と頭が切れるんだよ、こいつは。性格も案外繊細な奴だしな」

からかうような調子の時彦に春菜は小さく笑い声を漏らした。

「そう言う時彦は、案外猪突猛進型だよね。考えなしって言うか」

笑い含みに言うと、梓彦がしめたとばかりに口を開いた。

「まったくだ。こいつは頭は悪くないが、使い方を知らん」

「二人って、見た目と役割が反対だよね。釣り合いは取れてるけど」

時彦も体格はしっかりとしているが、端正、というよりは鋭いという表現の合うような風貌をしているため、春菜の印象では山の男のようなところのある梓彦とは役割が逆だった。

「俺は褒めたのに、なんでお前はけなすんだよ」

不満そうな口ぶりの時彦に、梓彦はふん、と鼻を鳴らした。

「あれが褒めてたのか?とにかく、大祓も近いんだ。時彦、あまり揉めるなよ」

最後に釘を刺すと、梓彦は立ちあがった。

「帰るのか?」

「ああ。そろそろな。また明日来る」

短い挨拶をすませると、梓彦はいつものように村へと帰っていった。

またまた大変お待たせいたしました。

読んでいただいてありがとうございます。

次、ですね。

次からちゃんと物語が動き出します。

…遅いですね。

展開が襲いな、といつも反省するのに、結局また遅くなるのはどうした訳か。

今日のは、予備知識補足というか、世界観の補強というか。

そんな要素の強い内容で、読んでる方からするとつまらないのでは、と思ってみたり。

今回のだけでなく、面白いのかつまらないのかなんて、書いてる側にはわからないものですがね。

では、次回こそあまり間があかないようにしたいと思います。

よろしくお願いします。

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