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千草の花  作者: 小夜
25/37

25、術

寝不足と泣きすぎで、腫れぼったい目を擦りながら春菜が朝食をとったのは、普段より少しばかり遅い時間帯であった。

梓彦は、村に一度戻ると言って、起きたばかりの春菜には構わず一人出掛けて行った。

梓彦が戻り次第、また横穴を調べるらしい。

泣き疲れからか、倦怠感を身に纏いながら、もそもそと食事を口に運んでいる最中にその訪問者は現れた。

「その娘は誰だ」

頭に白いものが混じった老齢の男は、家に入るなり春菜を一瞥すると強い声音で時彦に尋ねた。

春菜は一先ず箸を置いて、黙って成り行きを見守ろうと、突然の訪問者に視線をやった。

老いてなお萎びる事なくしっかりと太い声音とたたずまいから、昔は退魔師として腕を鳴らしていただろう事が分かる。

「拾いました」

時彦もまた固い声音で返す。

「ここに連れて来たと言う事は、嫁に迎えるつもりか?みだりに村に人を入れるでない」

「物の怪に襲われている所を助けた身寄りのない娘です。頼る縁者もなく、連れ歩いていたまでです」

聞き慣れない時彦の丁寧な言葉遣いは、何かを拒絶するかのようで、春菜は、訪ねて来た男同様、全くの無表情で対峙する時彦にちらりと視線をやった。

「なぜ適当な村に預けて来なかった」

疑問と言うよりは攻めるような口調で男は続ける。

「むやみに人を入れてはいけない村であるのは分かっていますが、決して余人を入れるなとの掟がある訳ではなかったと記憶していますが。現に今までも外界を封鎖しているはずではないと理解しています」

「それは間違ってはいないが、わざわざ人を招いて歓迎するような村でもない」

あくまで男は突き放すように言葉を並べる。「そうですね。招いたのが、穢れた一族の末裔ともなれば、なおさらでしょうね。近隣の村ともわずかにしろ交流はありますし、人が訪れた程度で目くじらを立てる必要がありますか?」

「その娘に信が置ける、とお前の身を持って保証するなら構わん」

無表情だった顔を、少しばかり不機嫌そうなものに変えて男は忌ま忌ましげにそう言った。

「何かありましたら、そうします。何かあった方が、とうとう私の家系を根絶やしに出来て一石二鳥でしょうね」

相変わらず何の表情も浮かべない時彦を男は睨み付けるようにして見ると、気を落ち着けるように息をついた。

「さて、本題だが」

長い前置きに、あれが本題ではなかったのか、と少しばかり胸を撫で下ろして、春菜は成り行きを見守った。

「年明けまで村に留まれ。村で話し合った結果だ」

「俺がいたところで、いらぬ波風が立つと思いますが」

棘を含んだ言い方をする時彦にちらりと視線をやって、男は鼻を鳴らした。

「だから年内と言っている。あまりに村をあけすぎだ、お前は。分担してやる村内での仕事がある。お前がそれに協力する事を期待している訳ではないが、一年毎に村と外を行き来するのは掟だ。不本意ではあるが、守らぬ者がいると、示しがつかん」

不機嫌そうに言うと、男は時彦を改めて見る。

「とにかく、年内は村に留まれ。そうすれば、こちらも特に関わるつもりはない」

言って男は立ち上がる。

「……わかりました」

渋々と言った様子で小さく頷くと、時彦もまた立ち上がった。

「感じ悪ー」

思わず呟くと、男を見送った時彦が苦笑しながら振り返った。

「言ったところで、どうにもならん」

「だって気分悪いじゃん」

顔をしかめる春菜の隣に腰を下ろして、時彦は無表情のまま言葉を続けた。

「仕方ない。退魔師は、こうやって一族を守ってきた。退魔師の減少はそのまま、仲間の死に繋がる」

そうじゃない、と言う反論の言葉を飲み込んで、春菜は食べかけの朝食をつついた。

「悪いな、しばらくここで足止めだ」

黙り込んだ春菜が怒っていると勘違いしたのか、時彦はそんな事を口にした。

春菜が怒っているのは、村の掟ではなく、あの男の時彦への態度についてなのだが、時彦は見当外れな事を言い、春菜はさらに表情を険しくした。



盆地の気候の特性か、季節が移り変わり始めた現れか、陽が落ちると途端に冷え込み肌寒い。

もう数刻もしないうちに陽も暮れるだろう時間だった。

一日を洞窟の中で過ごしたものの、新たな成果はなく、二人はとにかくもう一度その術を再現しようと洞窟の家の間の少し開けた空き地で動いていた。

特に手伝うことも出来ずに、春菜は座ったままその様子を眺めていた。

簡単な祭壇のような物が組まれていく。

祭壇と言うにはあまりに簡素な印象を受けるそれに、時彦は小太刀を乗せる。

その前に木を積むと、火を焚く。

同時に、それまで手伝っていた梓彦が、火の前に立つ時彦から距離を取り、春菜の横まで下がった。

それが術の始まりのようだと気づいて、春菜も時彦に視線を送った。

小太刀を手に取り、時彦は炎に翳した。

そのまま時彦は動かずに立ち尽くしている。

背後にいる春菜には表情は見えないが、何やら集中しているのだろう様子は伝わり、黙って目を凝らした。

周囲の力に、何か手掛かりはないかと思ったのだ。

良くは分からないが、何となく時彦の周りには力が多く集まっているような気がした。

「違う」

唐突に気付いた。

思わず小さく声を発した春菜に、梓彦が訝し気な視線を向けた。

力は、時彦の周囲に集まっているのではなく、春菜と小太刀の間に緩く集まっているのだ。

一筋の力の道のような物を、どこか視覚や触覚に頼らない別の感覚で感じた。

その道に惹かれるように力が漂ってくる。

不意に、体を引かれるような感覚に襲われる。

その奇妙な感覚にたたらを踏む。

突然よろめくようにして前に出た春菜に驚いたのか、梓彦が春菜の腕を掴んだ。

「おい、どうした?」

慌てたような梓彦の声に、驚いたのか、時彦も振り返った。

「あ、ごめん」

思わず交互に二人の顔を見比べた。

「どうした?」

小太刀を手にしたまま時彦が歩いてきた。

春菜と小太刀の間にある何か。

それが、更に強くなり太くなり、周囲の力を巻き込むようにして、春菜に絡み付くように迫る。

そのような錯覚に襲われた。

「っや、やだっ!」

一歩後ろに下がり、顔を庇うように腕を上げた。

反射的につぶった目を、そろそろと開いた。

春菜に向けて伸ばした手が行き場を無くして、宙に浮いていた。

驚いたように固まっていた時彦は、一度手を握り締めるとすぐに下ろした。

「どうした、大丈夫か?」

微妙な距離間のまま、時彦はどこか傷付いた表情を浮かべていた。

「ごめん、違うの、刀が…」

感じる物をどう表してよいのか分からず、言葉を濁す。

「なんだか、怖くて」

「昨日は普通に触っていなかったか?」

訝し気な時彦に、春菜は困って視線を小太刀に向けた。

「昨日は、違った…今急に…。嫌な感じじゃないの、何か、圧倒されそうで怖い。それに…」

続く言葉を飲み込み、春菜は小太刀を見る。

今もまだ春菜と小太刀を繋ぐように何かがあった。

見えはしないが、繋がっている、と言う確信。

触れる事も出来ないそれに、指を伸ばした。

そこにある、と確信している見えない何かを辿るようにして、小太刀に手を差し延べた。

一瞬躊躇した後に、春菜は時彦から小太刀を受け取った。

「春菜?どうした?」

言われて、始めて春菜は涙を流していた事を自覚した。

「あれ?おかしいな、どうしたんだろ」

拭っても拭っても、次から次に溢れてくる、理由すら分からない涙を止める事は出来なかった。

「何でだろう、すごく、悲しい…。悲しくて懐かしい」

「それ貸せ」

突然背後から伸びてきた逞しい腕に、手にしていた小太刀を奪われた。

途端に、今の今まで感じていた狂おしい程の切なさが跡形もなく消え去った。

ぼろぼろと泣いていたにも関わらず、その感情を唐突に見失って、春菜は反応出来ずに小太刀を取り上げた梓彦を振り返って固まった。

「落ち着いたか?」

こくりと頷くと、梓彦は呆れたように春菜を見た。

「なら早く涙を拭け」

言われて慌てて着物の袖で涙を拭う春菜を見ながら、梓彦は言葉を続けた。

「それで、術は失敗したのか?」

春菜は時彦と顔を見合わせた。

「成功、したよね?」

時彦に尋ねると、時彦もまた自信なさげに頷いた。

「おそらくな」

二人の煮え切らない返答に、梓彦は不機嫌そうに目を細めた。

「で、結局どういう事だ?」

「なんて言うか、急に引っ張られて。ここに来る時も、同じような感覚があったから、きっと成功したんだと思う」

「その後は?」

尋ねられて、春菜は返答に詰まった。

春菜自身にも良く分からない事を説明するのは、酷く難しかった。

「分からない…ただ、なんか小太刀(それ)が怖くて。あれが縁、かな?ちゃんとね、それと私が繋がってるって分かった。それが、強くて力が集まってきて、すごく大きくなって飲み込まれそうで、怖かった。それに、小太刀(それ)を見てると、何だか悲しくなってきて…すごく、悲しい事を思い出しそうで」

今は全然何も感じないけどね、と笑って付け加えた。

「でも、何だったんだろうね?もしかして、前世の記憶かな?」

梓彦から小太刀を受け取りながら言うと、時彦はさあな、と首を傾げた。

「退魔師に聞くな。専門外だ」

「でも、何となくこれは私の物だ、って思った。どうしてか分からないけど、この剣は、二つとも私の物だよ。きっと、私以外持ち主にはなれない」

それに時彦は訝し気な表情を作った。

「なぜ?」

「だから、分かんないんだって。何となくそう思っただけ」

「お前は、何となくが多過ぎる」

呆れたように、溜め息混じりに時彦に言われ、春菜は言葉を詰まらせた。

「それは良いが、何か分かったのか?」

黙って何か考え込んでいた梓彦に言われ、二人は首を傾げた。

「手掛かりなしか」

溜め息混じりに言われ、春菜もまた溜め息を落とした。

「どうする?もう何か分かりそうな当てはないんだろ?」

「……ああ」

梓彦の言葉に、時彦は酷く言い辛そうに同意した。

青冷めた顔をした春菜に梓彦は視線をやった。

「俺は、村でその小太刀と、春菜を呼び出したような術がないかを調べてやる。何か手がかりがあるかもしれんが、時彦では無理だろうからな」

言って、時彦にそれで良いか、と確認を取る。

「…頼む」

珍しく殊勝な態度の時彦は、そうだ、と思い出したように声を上げた。

「朝、村の奴が来た。年内は俺も村にとどまる事になったから、手伝えそうな時には俺も村に顔を出す」

村で何か耳にしていたのか、特に驚いた様子もなく梓彦はただ頷いた。

今月始め目標と言いながら、はや月末…。次こそは早めの投稿が出来るように頑張ります。次かその次か、近いうちにようやく物語も動き出す予定。カンの良い方はもういろいろと気付いてらっしゃるかもしれませんが…。では、よろしければまたお付き合いください。

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